第6話 決着
奴の伝説は決して大袈裟なものではなかったらしい。
六本の腕にはそれぞれ凶悪な武器を持ち、隙は一切感じられなかった。
「いいや、お前が挑むのだ。我からは攻めぬ」
バルドールもまた歩みを進め、お互いの距離が少しずつ縮まっていく。あんまり近づかれちゃうと姫様に危害が及んでしまう可能性がある。
ここは一発、度胸を決めるしかないか!
「一つ気になっていることがあるんだけどさ。何で姫様を拐ったんだ?」
「拐ったのではない。ルミナ姫は我らが国の希望。悪しき手から救出するのは当然のことだ!」
ルミナ姫? こいつ人違いしてるのか。
「姫様はさ。お前のこと迷惑がっているみたいだけど?」
「お可哀想に。姫は貴様らの手によって洗脳を施されている。早く何とかせねばならんのだ。姫を安全な場所へ匿い、その後お主達を全て屠る。そして姫の洗脳を解き、国を立て直さねばなるまい」
完全にイカれているようだ。それともルミナ姫っていうのは、本当にルル姫と瓜二つだったんだろうか。
「戦う前に、最後に一つ教えておきたい。俺は知っているんだ」
「……何をだ?」
いよいよ距離がすぐそこまで迫ってきた。ここからなら、一気に詰め寄れば斬れる。
でも焦っちゃダメだ。俺は剣を持っていない左手をズボンのポケットに忍ばせた。
「姫を酷い目に遭わせた張本人をさ」
「! ……それは誰だ? 言え!」
「ああ。もうどうしようもないくらい、ひでえ野郎なんだ。その名も……」
バルドールが次の言葉を待っている。ちょっとだけ焦らしながら、ゆっくりと俺は口を開き、そして叫ぶ。
「デッカイ骸骨野郎だ!」
声と同時に左手を振り、光玉を投げつけた。猛烈な白い輝きが現れ、俺は腕で視界をふさぎ直視をまぬがれる。そしてこの隙に乗じるしかないとばかりに一気に駆け出した。時間にして一、二秒あるかどうかのアドバンテージに全てを駆ける。
だが、あれだけ眩しい光を直視したくせに、バルドールの奴は身を屈めたりすることもなく平然と突っ立っていやがった。でも、ここまできたらそれでも突っ込むしかない。
「はああ!」
掛け声と共に奴の首めがけて剣を振る。斜め上からの斬撃はタイミングもドンピシャで、間違いなく首を斬り落とせるものだった。
だが、奴は本当にギリギリの距離だけ下がって剣の一撃をかわす。かすったのではないかと思うくらいだが手応えはない。そして次にやってきたのは絶望的な反撃だった。
「おおお!」
バルドールの真ん中右手にある槍が、真っ直にこちらに飛んでくる。攻撃モーションが終わった瞬間の、最も隙だらけになるその時だった。最悪すぎるタイミングだ。
まずい、と焦る前に体をそらせてかわそうとするが、とても間に合うものではないことは明白だったけれど、やってみる意外助かる道はない。
どう考えても胴体を貫かれてしまうはずだった。
「ぬうううう!」
「………あ?」
間一髪のタイミングで、槍をかわせた俺は真横へ飛んでいる。
「
しかし、骸骨の騎士は体勢が崩れている好機を見逃さない。
「今度こそ終わりだ!」
自分からは攻めないんじゃなかったのかよ! とか抗議している余裕もなく、悪魔的な破壊力を誇る呪いの武器達が一斉に牙を剥いてくる。
右上から魔剣が、左下から妖刀が、左上から金槌が、真ん中からは槍と斧が、右下からは杖が。あらゆる角度から息もつかせない破壊の雨が降り、俺は完全に攻め手を失ってしまう。
だが、ここで殺されるわけにはいかない。約束だってしてるんだから。ただの意地で、目前にいる竜巻のような攻めを掻い潜り、避けて飛んだ。
どの攻撃も受けようものなら、腕ごと持っていかれるだろう。だから躱し続ける。次第に違和感が胸の奥から湧き上がってきた。
どう考えても上手くいきすぎてる。何でこんなに避けられるんだ? だがすぐに答えは出た。伝説の猛者とはいえ、こいつはまだ目覚めたばかりだ。体がなまりきっていて、本来の動きを出せないでいるに違いない。
だとしたら早いうちに勝負を決めるしかないだろう。俺は手に持った聖剣に力を込める。そして一瞬の隙をついて懐に飛び込み、斜め下から斬り上げようとする。
「ふん!」
やっぱりバルドールは防いだ。右下の腕が持っていた杖に止められ、左上の金槌が頭上に振ってくる。後転して回避した俺は、そのままの勢いで後ろへ飛んだ。すぐにバルドールが続く。隣の長い屋根に飛び移ったところから、乱打戦はより一層激しさを増していった。こいつの反応は相当なものだ。
でも、とにかく戦うしかない。
「くくく。いいぞ、いいぞ貴様ぁ!」
上段から斬りかかる魔剣、頭を潰そうとしてくる金槌、動きを封じにかかる魔の杖、下から首を狙う妖刀、脚を貫かんとする槍、手先を狙う斧。どれも速い……速いが。
俺は全てを回避した。
「フハハハ! いつまでそうして避けていられるのか」
「まだだ。まだ」
時折奴の周囲を回ることで、端に追い込まれる状況から離脱する。しかしバルドールは、全くこちらを逃してくれる暇を与えない。
斬首するべく振られる魔剣、横から水平に肩を狙う金槌、こちらの剣を弾く杖、内臓を突き刺そうとする妖刀、急所を無慈悲にも突こうとする槍。徐々に速さが増している気がしたが……。
俺は全てを回避した。
「まだ息も上がらぬか!? やりおる。本当にやりおる」
「もう少しだ。もう少し」
目の前にいるのは紛れもない達人だ。動けば動いた分だけ、速度が増していくのが解る。
斜め上から鎖骨を狙う魔剣、胸部を陥没させようとする金槌、太腿を打たんとする杖、こちらの目をえぐろうとする妖刀。速いが見える。まだ見える。
俺は全てを回避した。
「まだ終わってない」
「いいや、お主はもう終わりだ!」
胴体を横払いに狙う魔剣、上段から振ってくる金槌……。
俺は全てを回避した。
そして体を回転させた勢いで斬りつけると、金槌を持っていた左腕が斬り飛びレンガの通りに落ちていく。
「ぬうう。貴様……あ……?」
「あと一本」
どう考えても、六本の腕と正面から斬り合ったら負けてしまう。だから俺は、回避しながら一本一本腕を斬り落としていた。最後は一気に二本斬り落とした上に、左上も落とすことができた。痛覚のない存在だったことが裏目に出ている。
斬られた腕には白い光が付着し、まるで侵食しているようだった。これが聖剣の力ってことか。
「馬鹿な……いつの間に。いや、それよりもだ。我が体が再生しないだと?」
次で決める。俺は剣を構え奴に駆け出そうとした。だが奴は不自然な程体を震わせる。警戒から足を止めてしまった。
「くく! フハハハ! ハハハハハ!」
「なんだ……?」
「いや失敬。これほど楽しい戦いは久しぶりでな。つい喜びを抑えられなくなった」
バルドールは最後に残った右腕を振り上げる。何か嫌な予感がした。振り上げられた魔剣からは赤黒い煙のような何かが発生し、徐々に大きくなっていく。
「我が本領をお主に見せてやる。運命の剣を……」
一気に勝負を決めに行きたかったけど、俺は何がくるか解らない緊張で判断が鈍っていた。次第に落とされた呪いの武器達が浮かび上がり、一本の魔剣に吸い込まれていく。
全ての武器達が魔剣に集まり、まるで絵具を掻き回したような混ざり方をしていき、ついには一つになった。
出来上がった魔剣は先ほどまでとは比べ物にならないほど大きく、要所要所が歪に曲がりくねっている。どこかで見た形だと思った。
「……あれは教会の壁画にあったやつか……」
バルドールは、リリィの教会に描かれていた壁画と全く同じ姿、全く同じ姿勢になっている。
「お前にこの一撃は避けられぬ。運命としての死をもたらすこの一撃だけは」
奴は勝ち名乗りみたいに右腕を上げたままだ。恐らくは切り札であり、絶対の自信を持つ一撃を前にして、俺もまた剣を構えて見せる。しかし、本当に避けられないのだとしたらこの勝負は結果が見えている。
斬られることが運命になるとしたら、俺は死ぬしかない。だとしたら、リリィが言うとおりに逃げていることが最善だったという話になる。くそ、なんて皮肉な話だよ。
だが、背後からかけられた声で俺の考えは変わる。
「シエル様ー!」
姫の声が届いている。そうだった。俺に諦めることなど許されない。姫を救出しなくちゃいけないし、リリィとも約束をしているじゃないか。そして逃げるという選択肢はない。
だったら、ただ前に進むのみだ。
「我はバルドールという。お主の名前はシエル、というのだな」
「そうだ。行くぜ……うおおおお!」
「覚えておこう。お主の名前だけは!」
黒い瘴気のようなものが舞っている。しかし躊躇わず走る。俺の気合いに呼応するように聖剣の白い光が増していくのが解った。バルドールもまた一歩を踏み出す。
そして俺達は目前で剣を振るい合う。上から振り下ろすバルドールの剣と、斜め下から振り上げる俺の剣が衝突し、白と黒の火花が散る。
「舐めんなよぉ! 何が運命だあああ」
「諦めるがいい。誰しもが運命の奴隷だ。お主をここで……斬る!」
一本しかない腕の圧力は、体全体を使った俺の力を完全に凌駕している。じりじりと押し込まれる勢いに歯を食いしばって堪え、とにかく気合いを入れる。
「なめん、なあああああ!」
「まだやるか! 貴様は運命に歯向かうというのか? それは許されぬことだ」
「運命、運命ってうるせえ! お前の国が滅びたのも運命か!?」
「……な……」
一瞬、確かにバルドールの体から力が抜けた。いや、というか戦意そのものが消えたようだった。
「うおおおおおおおお!」
この隙に押し返す。そしてもう一歩踏み込み……というところで、奴はハッとしたようにまた動き出してしまう。
次の瞬間、強く強く力を込めていた腕が奇妙なほど軽くなった。奴は鍔迫り合いに打ち勝ち、聖剣は大きく弾かれ俺は体勢を崩した。転びそうな状態にある中、確実とも思える死の予感が迫ってくる。
もう一度奴は剣を振り上げ、仰向けに転びかかった俺に止めを刺すつもりだ。
回避しなくちゃいけない。でも。
体が急激に重くなる。何かの呪いをかけられたような奇妙な感覚、これこそが運命の剣って奴が誇る力かと考えていたときには、バルドールの剣は振り下ろされ————
「覚悟」
——そのまま空を斬った。
「………な、何だと!?」
目前まで迫りくる赤黒い凶刃が、どういうワケか当たる直前にゆっくりとした動きに変化した。本当にあとちょっとのタイミングで後転し回避に成功する。
「運命を回避した……?」
「おおおおおお!」
次はこっちの番だった。奴は剣を持ち上げて応戦しようとする。跳躍しつつ上から振り下ろした聖剣は、バルドールの鎖骨付近から斜めに滑りこむように走っていった。続けて走り抜けつつ横っ腹に一閃。できうる限りの全力の斬撃だった。
「………」
静寂が二人を支配している。奴も俺も背を向けたまま黙っていた。俺は静かに剣を鞘に収めると、まるで会話するタイミングを待っていたかのようにバルドールは嘆息した。
「そうか。お主には神の風が吹いておったな。運命すら、神の前では無意味か」
「神の風なんて、俺は知らない」
「無知なことよ。いや……今になって我も気がついた。気がついてしまった。あのお方はルミナ姫にあらず」
俺は振り返って呪いの騎士と呼ばれた男を見る。消滅が始まったその背中は何か寂しそうで、悔しそうでもあった。
「ああ。そうかそうか。我らの時代はもう、とっくに……」
この男は何のために戦っていたんだろう。滅びゆく国で、最後の最後まで抵抗を止めることはなかった呪いの騎士。そんな奴に、俺は憎悪というよりは何か畏敬の念を抱いた。
「最後に戦えたのが、お主で良かった」
悲しい言葉を最後に、バルドールは完全に消え去った。そしてこの王都を襲った事件もなんとか終焉を迎えたんだ。
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