第3話 騎士団長の企み

 聖騎士団の団長室で、二人の男が話を続けている。一人は聖騎士団長であるドグマ。そしてもう一人は副団長であるレイモンドである。


 ソファに腰掛けている二人からは、何か暗い雰囲気が滲み出ていた。


「何? あの子供を殺すことに失敗しただと? 馬鹿野郎! どれだけの金を受け取っていたと思ってんだ?」

「も、申し訳ございませんドグマ様。どうやら今回の件、先日追放した騎士が絡んでいたようでして」

「……シエル、か?」


 忌々しい名前を唐突に聞かされ、ドグマの顔が強張った。レイモンドの背筋が冷えてくるのを感じる。


「はい。青い服を着た、シエルと名乗る腕利きの男が邪魔に入ったという報告を受けております。ここは一旦手を引いたほうが……」

「くそが!」


 ドグマはソファから立ち上がり、近くにおかれていた壺を蹴り転がした。彼らは王や大臣、貴族達には内緒で商人から裏の依頼を引き受けていた。このことはドグマとレイモンド以外誰も知らない。


 どんな頼みでも基本的に断りはしなかったが、殺しの仕事には大きなリスクがある。自分達では行うべきでないと考え、今回は口の硬い傭兵に殺害を依頼し、途方もない額の報酬を副団長と分け合う予定だったのだが。まさか自分達の元部下に邪魔をされるとは想定外だった。


「あの野郎はどこまでも! まあいい。釈だが諦めるか。それより今は……」


 すぐに冷静になった団長を見上げて、副団長はほっと胸を降ろした。しかし膨れ上がった憎悪と焦りは止まらない。商人からの依頼など元より大した問題ではなかった。


 彼は魔物が城下町に侵入してしまった件で、王からの信頼を失いつつある。シエルに責任を擦りつけるだけでは到底足りなかったのだ。何とかして挽回の機会を探していた。


 ドグマは出世欲や物欲、承認欲求の強い男で、いずれはルル姫を自分のものにして国王になる、などという大それた野望を隠し持っていた。勿論誰かに話したことなど一度もないし、漏らすわけにはいかない。


 今回の失態を取り戻すためには、相応の大いなる活躍をせねばならない。

 何か方法はないかと、彼は落ち着きなくソファの周りを歩き出した。彼の様子が変わった様に、レイモンドは嫌な予感を膨らませ始める。


 ちょうどソファの真後ろにあたる位置まできて、忙しない足取りが止まった。


「レイモンド。話は変わるが、呪いの騎士バルドールは知っているよな?」

「呪いの騎士ですか。勿論ですとも。我らが王都に封印されているという、数多の呪われし武具を一度に操ることができるとされた、最強の怪物でしょう」

「そうだ。遡ること五百年前、我が国と今はなき亡国が戦争を行なっていた頃、悪魔とさえ呼ばれた騎士だ。六本の腕にはそれぞれ魔剣、魔槍の類を持ち、たった一人で数万の軍勢を殺しに殺した」


 我が国、という言葉に引っ掛かりを覚えたレイモンドだが、今は話の流れを切りたくはなかった。


「ついには精鋭とされる剣聖や賢者たちでも歯が立たず、彼らの尊い命と引き換えに、王都のとある部屋に封印をすることが精一杯であったという伝説だったな」

「勿論存じておりますとも。して、その伝説が何か?」

「奴の封印を解こう」


 レイモンドは一瞬、時間が止まったような錯覚を覚えた。ふと我に帰ると、狼狽を顔に出さないように振り返る。


「封印を? どういうことです?」

「俺には相応の活躍の場が必要なのだ。先日の失態で失った信頼を取り戻し、お釣りくるほどの場がな。もし、かの伝説の厄災が蘇り王都を襲ったとなればどうなる? 王をはじめ皆が今度こそ恐怖に絶望し泣き喚くだろう。だが、それを我々が救って見せたなら? それはもう騎士という範疇を超え、英雄視されるほどの成果だ」

「お、お待ちくださいドグマ様!」


 堪らずレイモンドは立ち上がり、ドグマへ訴えかける。


「数万という精鋭をたった一人で殺した怪物を、いかにして我々が討伐するというのですか? どれだけの血が流れるとお思いですか。誰も討伐しえなかった怪物を相手に、」

「まあ聞け、レイモンド。俺にはちゃんと手があるのだよ」


 聖騎士団長は口角をあげ、不気味に微笑んでいた。薄暗い団長室のはかない灯に映る顔には、欲深い男の本性が見えるようだった。


「呪いの騎士バルドールを倒せなかったのは、奴を葬る為の手段がなかった。だが現代は違う。不死身とされた体ですらも、簡単に斬り裂く聖剣アガルナスが作り上げられたのだ。皮肉にも決戦には間に合わなかったがな。完成したのはほんの百年前だった」

「聖剣……ですか」

「聖剣さえあれば恐るるに足らぬのだ。そして俺はその剣を秘密裏に手に入れている」


 副団長は先ほどまでとは違い、心の中に興奮の炎が灯っていた。汗が額からしきりに流れている。


「必ず葬る手立てが、今ならば存在すると。では、我々が英雄に……」

「なれるとも! お前はただ戦いの場を作り上げればそれで良い。後は俺に任せておけ。それともう一つ注文をさせてもらうぞ。俺たちに教会潰しの依頼をよこした商人どもを、封印解除の場に招待しておけ。最初の被害者として花を添えてもらおう」

「す、素晴らしい! 口封じにもなるわけですな。ドグマ様、あなたは騎士団長として素晴らしい才覚をお持ちだ!」

「いいや、騎士団長程度ではない。俺は更に上に登れる男だよ。では頼んだぞ」

「は! すぐに用意を致します!」


 レイモンドは一礼をすると、思わずこぼれそうになる笑いを抑えながら部屋を出る。英雄のお供として名が残る。これほど美味しい仕事があろうか。

 先ほどまでの不安が嘘のように吹き飛び、安息すら感じているほどだった。


 ◆


 ハーティア城の地下、螺旋階段を気が遠くなるほど降りていった先にその部屋はあった。


「ふひひ。まさか我々が国の秘蔵品を分けてもらえるなんて。ありがたいものです」

「騎士連中にごねてみた甲斐がありましたね。しかしこの鍵を差し込むだけで、本当にいけるんでしょうかねえ」


 階段を降りていくのは、大商人と呼ばれる二人の中年男と、彼らを護衛する傭兵十数人であった。傭兵達の中には、先日シエル達を襲ったラングリドら五人も含まれている。


 此度の失敗への謝罪と、依頼を途中で降りるという失態を相殺するべく、それなりの品を用意するとレイモンドは断言し、だからこのことは決して他所に漏らさないでほしいと懇願までされたのだ。それも用意しているのは国家秘蔵の財宝なのだという。彼らの心は湧き上がっていた。


「あんな小さな子供でも、聖女ってだけでなかなか手が出せませんでしたからな。きっと聖騎士団でも問題があったのでしょう」


 小太りの背が低い商人がかん高い声で言うと、背の高い痩せ細った商人が鼻を鳴らす。


「ふん。普段は偉そうにしているくせにな。それも自分の元部下に噛みつかれたのだそうだ。全く情けない!」


 ようやく螺旋階段の終わりが見えてくる。レイモンドは二つの鍵だけを渡し、この場には同行していない。あなた達だけのほうが怪しまれない、という言葉にはいささか疑いを持ったが、財宝を前にして冷静な判断力が鈍っていた。


「ほー。これかぁ。いいな、宝物庫って匂いがする」

「いいですなぁ! いいですなぁ!」


 渡されていた鍵の一つを使い、黒く重々しい扉を開いていく。灯り一つないその部屋を、ラングリド達が持っていた松明が照らした。


「これ……は……」


 ラングリドが自然と呟きを漏らしていた。真っ暗な部屋の中には、宝箱も金塊の山も見当たらない。しかしその代わりに、床一面に魔法陣が描かれていた。商人達は目を白黒させている。


「なんだなんだ? 財宝など一つもないではないか」

「ありゃりゃ。いや、ちょっと待って下せえ。この魔法陣を起動させると、お宝の山が現れるっていう仕組みなんじゃ。だからこうして念入りに箱に入れた鍵をくれたんですよ。ほら、隣国ではそうやって財宝を管理しているじゃないっすか」


 彼らがもらっていたもう一つの鍵は、小箱に厳重に管理されていた。箱の中には掌よりも大きいサイズの鍵がしまわれている。魔法陣の前にある台座には確かに鍵穴があった。


「そうかそうか! まあ確かにな。盗賊に入られても、魔法陣の中にしまっていれば安心か」


 彼は納得して鍵をあっさりと台座の鍵穴にいれる。商人達は楽観的だったが、傭兵達は何か不安を感じていた。実戦慣れしていた嗅覚が、警戒するべき何かを伝えているようだ。


 そして傭兵達の予感は、正しく当たった。部屋の中に少しずつ地震と思われる揺れが発生し、徐々に大きくなっていく。


「おわわわ!? なんだ? なんだ」

「宝箱が出てくる時の揺れでしょう、きっと! 多分!」


 よろめいて床に座り込んでしまった商人達を横目に、ラングリドは剣を抜く。


「おいお前ら! 構えておけ。何か妙だぞ!」


 広い室内に黒い雷のようなものが走り、楽観視していた商人達が怯え始める。


「ひぎゃああ!? な、なんだ。なんだ」

「おわあああ! ちょっとこれは、想定外ですねぇええ!」


 黒い落雷はいくつもいくつも降り注ぎ、傭兵達ですらもパニック状態に陥ってしまう。そして魔法陣の中央に雷が集まり、一つの形を成していくのが解った。


 黒い鎧に身を包み、六本の腕にはそれぞれ異なる武器を所持している。魔剣、魔槍、呪われし杖や金槌に妖刀の類。ただの一本ですら常人には触れない禁断の品ばかりだ。

 その男はすでに肉を失い骨だけとなっていた。しかしながら、骨だけであるというのに全てが太く長身で、他を圧倒する存在感を漂わせている。


 傭兵達は剣を持ったまましばらく固まり、商人達は腰を抜かして声を出せずにいた。この場において冷静なのは、魔法陣の中心に立つ怪物のみだ。


「……何が起きたのだ?」


 独り言なのか、こちらへの問いかけなのかが解らない。


「あ、あのー。あなたは一体、どちらさんで?」


 黒い甲冑に身を包んだ骸骨はしばらく黙っていたが、やがて様子見をするように低く呟く。


「我が名はトラウエン国所属の黒騎士、バルドールである。お主達は何者か?」


 彼の名乗りを聞き、ラングリドは全身が震えた。


「嘘だろ……。六本腕の悪夢とか言われた。あの伝説上の怪物じゃねえか」


 商人がなんとかへっぴり腰で立ち上がり、震える口でなんとか語ろうとする。


「わ、わわ。私たちは王都御用達の商人と傭兵でさあ。あなたがバルドールというのは、何かの冗談っすよね。だって奴は封印され……あ」


 まさか、封印を自分たちが解いた? そんな疑惑が浮かぶのとほぼ同時に、バルドールは明らかに驚きの声を上げる。


「なんだと!? 我が封印されたというか!? 覚えておらぬ。しかし一つだけ解る。解っているぞ」


 先ほどまで虚無の骸骨にしか見えなった存在から、黒々とした何かが湧き上がってくる。憎悪の塊、かつてない殺気を浴びせられ、商人二人は再び床に転げた。


「ひいいい! なんだ、なんだ貴様あ」

「お、お助けをお。あんた達、こいつを殺しちゃってください。早くぅ」


 ラングリドは商人の懇願に応じないばかりか、後退りを始めている。自分では到底叶わない強い圧力を前にして、理性よりも生存本能が勝っていた。


「……お主達はかの国の侵略者であるな? そうであろう。ならば斬り殺すのみ」

「畜生め! 逃げるぞお前ら! あ?」


 部屋から飛び出して逃げようとしたラングリドは、いつの間にか自身の目前にバルドールが立っていることに気がついた。そして何の予備動作もなく、傭兵の首は宙に舞う。


 地下室では商人や傭兵達の断末魔が響き渡っていた。

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