第2話 聖女と教会
「ホォーウ。それは難儀じゃったなあ」
今はすっかり日も落ちて深夜になっている。なんだか気持ちが落ち着かなくて、結局家には帰らず夜まで街をふらふらしているうちに、顔馴染みの店へと辿り着いていた。王都の外れで占いをしてるおばあちゃんなんだけど。
「うん。本当にキツイことになっちゃったな。俺としてはさ、辞めたくなってもいたから……まあ丁度いいけど」
「なんと! お主には天職じゃと思っとったのに。正義感の塊のようなボーイじゃろ」
「普通だよ俺は。人よりちょっとおかしなところがあるだけ」
「ファッファ! まあ良かろうて。で、何を占いたい?」
少しだけ返答を迷った。実際のところ、話を聞いてくれる誰かを求めていただけなんだ。でも、今ベストタイミングで占ってほしい運勢ならある。
「……進むべき道を」
「カカカ! そうくると思ったわい。ワシの占いが、お主の新しい人生を決めるのかもな」
「最高の人生にしてほしいね」
「元が良くなければ難しいのう。では……始めるぞい」
おばあちゃんは眉を怒らせて怖い顔になると、一心不乱に水晶にぶつぶつ呟き始める。両手をゆらゆら動かして、怪しさの天才って感じだ。でも彼女は偽者じゃなくて、本当に運命を知ることができることは、俺だけじゃなくて街のみんなが知ってる。
「ファッファ。これは面白……」
占いが終わるかというその時、おばあちゃんの手が止まり、体全身の動きも止まった。あれ? なんか生気も感じられないくらいだけど。え?
「ま、まさか! おいおいばあちゃん。まだ死ぬのは早いぜ」
「違うわ! 何という結果……ぬわ!?」
一瞬、まるで太陽の光みたいな輝きが室内全体を照らしてきた。俺は座っていた椅子から転げ落ちそうになりつつも、なんとか堪えていたんだけど、おばあちゃんはびっくらこいて床でコロコロしてる。
「おばあちゃん、おばあちゃん! 大丈夫か!?」
「おお、おお! 大丈夫! 大丈夫じゃが! ほんにのう。占い師としてこんな結果は初めてじゃわい」
差しだした手をつかんでどうにか椅子に座ったおばあちゃんは、いつになく目を蘭々とさせてる。
「お主の占い結果を話そう。心して聞くが良い」
「ゴクリ」
思わず喉がなる。
「お主はこの店を出た後、ティアーモ酒場の裏手にある路地裏に向かうのじゃ。必ずや道が開かれよう。……以上」
「……へ?」
思わず間抜けな声が出ちゃったよ。ちなみにすぐ近くにある酒場だった。
「ちょっと待ってくれおばあちゃん。それ占いか?」
「ふむ。占い……ではないかもしれんの。予言の類じゃな」
「だよね」
「だが、これは大いなる存在からの啓示かもしれぬ。長く占いをやってきたがの。このような具体的な結果を授かるとは。いやはや、長生きはするもんじゃな」
「具体的すぎる気がする……」
「ワシの占いがついに神の領域に到達したか、もしくはシエル坊が特別なのか、どちらかじゃな!」
まだ俺のことを坊や扱いするんだよなぁ。そこはやめてほしい。
「うーん。よく解らないけど。まあいいか! これからだっけ? 行ってみるよ」
「うむ、うむ! あ、そうじゃ! その前にスキル診断でもするか?」
スキル診断かぁ。俺にとっちゃ単なるコンプレックス診断だけど、別にやってみもいい。スキル診断っていうのは、今現在自分が持っているスキルを見てもらうことができる、特別な職業の人だけができる行為なんだ。
でもなぁ。結局のところ何の才能もない俺には……【回避】以外には何もないんだろうよ。以前もそうだったし。
俺のスキル【回避】は、敵の攻撃を2%だけかわす可能性が高くなる……っていう効果らしいんだけど、これって世界中に持っている人が沢山いるんだよ。
「もしかしてさっきの光で、平凡な俺に新しい力が備わったとか?」
「いやいや! さっきの占いではないがの。お主、どうも纏っている空気が変わったからのう。もしかしたら新しい力に目覚めておるやもしれぬと思ってな」
「空気が変わったのは、無職になったからだと思うよ」
「うーむ。しかし悲観的な空気は感じられぬ。むしろ何か晴々としたような」
「嫌な上司から解放されたんだ」
「ファッファッファ! 良かったの。物は試しじゃ。やってみんかえ?」
「まあいっか。手短に頼むね」
「ウッシッシ。追加料金GETじゃ。では始めるぞい」
チャッカリしてるんだから。そう思いつつも俺は、おばあちゃんのシワシワハンドが額の近くで止まったので目を閉じた。
「ふぅーむ。ほうほう」
まぶたから眩しい光が見える。スキルっていうのは、こうやって調べてもらわないと解らないパターンが多いんだ。
「お、お、お、お!?」
どうしたんだろ。もしかして今度こそ生命の危機か?
「なんじゃとおおお!?」
「うわああ!?」
おばあちゃんが近くで叫び声をあげるもんだから、こっちも驚いて飛び上がってしまう。
「今度はどうしたんだよ。おば……」
俺は椅子から立ち上がり、窓から夜景を見渡す。
「いやはや。たまげたわい。まさかこんなことが起ころうとはの。喜べ! 実はお主、たった一つのスキルがかくせ、」
「おばあちゃん、釣りはいらない!」
「ファ!? ちょ、シエル坊!」
急いでお金をテーブルに置いて、俺は扉を開いて駆け出した。誰かの叫び声が聞こえた気がしたんだ。それは夜の闇の中、必死に助けを求めているようでもある。
鎧も兜もないが、脇にはまだ一本のショートソードが残っていた。とにかく声がした方向へ全速力で走る。街の通りは人気がなく、何か不吉さが漂っていた。
◇
微かにだが聞こえた悲鳴。俺は、おおよそ声がしたあたりに向かってダッシュをしていた。
場所が解らないかもしれないと不安だったけど、それはあっさりと見つかった。
真夜中の路地裏って、やっぱり物騒なことが起こる定番の場所って感じがするね。緑髪を肩まで伸ばした、白いローブを身に纏った女の子がへたれ込み、怯えた目で何かを見上げている。
彼女の周りには魔道具と思わしき光玉が転がっていた。当たれば眩しい光で目眩しに使えるっていうアイテムなんだが、どうして転がっているんだろう。
「おーい! どうしたんだ!?」
駆けつけてよく見れば、まだ年齢にして十代前半といったところか。彼女はこちらに気がついていたが、肩は震え息遣いは荒く、応答もままならないという感じだった。
「ちい! なんだよ邪魔者が来やがった」
どうやら俺は少女と荒くれ連中の間に立っているらしい。数にして五人ほどの年齢もバラバラな男達は、みんな揃って体格が良かった。
奇妙なほど殺気に満ちている上に、武器まで持っているようだ。いかにも悪人って表現が似合う。もしかしてさっきの玉を使って、こいつらから逃げようとしたのか。
「俺は聖騎士シエルだ。こんな夜遅くに物騒な物を持ち歩いているようだが。一体何をしている?」
大抵の悪人は聖騎士団の名前を聞いただけで尻込みする。一応今日までは在籍扱いだから嘘ではないよ。でも全然驚いた様子がない。
ボスっぽいスキンヘッドおっさんが、薄い布製の服が破れそうな程の筋肉を揺らしつつ近づいてくる。右手に持った斧は間違いなく戦闘用だ。
「へ! 聖騎士団かよ。だけどな、今はそれどころじゃねえんだわ。お前、死にたくなかったらそこをどきな。俺達はなんとしてもお嬢ちゃんを殺す必要があるんだ」
「よく堂々と言えるね。理由は?」
「一応その聖女ちゃんが、後ろにあるボロ教会の所有者なんだけどよぉ、いつまでも立ち退いてくれねえんだよ」
そうか。恐らくはタチの悪い商人が後ろで絵図を描いているようだ。立ち退かせて教会を取り壊し、新しい土地で何かを始めるつもりかもしれない。一応彼女にも訊いてみるか。
「聞いたかいお嬢さん。立ち退いてくれないって話だけど、そうなの?」
「は、はい……」
背後からかすれた声が聞こえる。いくら何でも暴挙としか思えないのだが、国の目を掻い潜って酷いことをしている奴はいるものだ。胸糞悪い話だと思う。
それともう一つ気がついたことがある。このスキンヘッド、よく見れば有名人じゃないか。
「お前、確かS級傭兵のラングリドだよな?」
奴らの動きが止まる。スキンヘッドは苛立ちを隠さず鼻を鳴らした。
「さあ、知らねえなあ。ってか隠す必要もねえか。殺す奴が一人増えただけだしな」
奴のすぐ後ろに続く男達も、けっこう名のしれた傭兵どもだった。傭兵としてあるまじき行為であり、バレれば普通に処刑されるような真似を平然としているようだ。
しかしこの状況はかなりまずい。ゴロツキが五人だったら普通に勝てたが、こいつらはかなり実戦慣れしているに違いない。とにかく脇に差していたショートソードを抜いて叫んだ。
「命が惜しかったらとっとと去れ!」
「バーカ! お前が去れってんだよぉおおお!」
怒号が戦闘開始の合図だった。奴らは四方に散らばりつつ、俺めがけて突っ込んでくる。ラングリドが斧を大きく横から振ってきた。
どうにか掻い潜ってかわした斧が、続いて上から振ってくる。だがバックステップで回避した。そうこうしているうちに横からは他の男のハンマーが、背後からナイフが飛んできた。
反撃したらやられるかもしれないと思った。今はかわすことで精一杯だ。しかしいつまで回避していられるだろう。殺されかかっているという恐怖は、聖騎士として魔物と戦っているとき嫌というほど体感している。
でも俺は逃げたくなかった。騎士になりたての頃、一度は怖気づいてしまったことがある。でも今はその感情を乗り越えていた。決して逃げないぞ、という意地が俺の中に巣食っている。だから引かない。いや、引けない。
「こ、こんのガキ! いつまでもちょこまかと!」
スキンヘッドおっさんラングリドは完全に頭に血が上っている。連中のなかでは俺を捕まえようとしたやつもいたが、なんとか身を翻して飛び、均衡状態が続く。
ブンブン振ってくる斧を、ハンマーを、ナイフを、あらゆるものを回避する。必死になってかわしているうちに、奇妙な違和感を覚えてくる。
いくらなんでも、当たらなすぎじゃないか?
「はあ、はあ。てめえ、この」
ラングリドも他の連中もさっきまでのキレがなくなってる。俺は一瞬の隙をついてスキンヘッドの斧に刃を走らせ、柄肩部分から上を斬り飛ばすと同時に金的に蹴りを入れる。
「あぎゃおお!?」
スキンヘッドはそのまま倒れ、動揺した連中の武器を同じように斬り飛ばしていく。奴らは武器を失い、徐々に無力化されていった。
なんだろう。有名な傭兵達だと言うのに、意外と弱いじゃないか。いや、もしかしたらピークを過ぎてしまったのかもしれない。
「つええ。なんだ、こいつ……」
誰かが呻きながら漏らしているが、まあそれは気にしない。あまり触れないようにしておこう。人はきっと誰だって、俺はまだまだ活躍できるんだ! って思いたいだろうし。衰えるということから目を逸らしたいんだ、きっと。
「どうする? まだ続けるか? やるなら斬る」
最後の警告だった。武器を破壊したとはいえ、本当に全員を戦闘不能にして捕獲、というのは難しい。これ以上向かってくるなら、もう斬るしかない。
「ちっくしょおおお。おい! 引くぞ!」
スキンヘッドがよろめきながらも必死に逃げ出し、あとの傭兵達も続いて逃亡していった。これだけは言っておかなくちゃいけないと思い、とにかく叫ぶ。
「この土地の件は聖騎士団が覚えておくぞ! 二度と手を出すなと雇い主に言っておけ!」
意味をなさないかもしれないが、奴らを雇った連中への牽制にはなるだろう。あとは盛りを過ぎてしまい逃げ続ける背中を見て、虚しく嘆息しただけだった。
「仕事ができなくなって、ついには犯罪に走ったってことかな。俺もああならないように気をつけないと。お嬢さん、怪我は?」
「大丈夫……です」
振り向いた先、崩れかけにしか見えない教会の前で少女はまだ座り込んでいた。
どうやら腰を抜かしてしまったらしい。とにかく俺は、目が点になってしまっている彼女に手を差し向けた。
「危ないところだったね。とにかくさ。詳しい話を聞かせてもらってもいいかい?」
「は、はいっ。その。ありがとうございます。騎士様」
「ああ……そうだそうだ。実は俺、今日をもって騎士じゃなくなったんだ。だから別にかしこまんなくて大丈夫だよ。シエルって呼んでくれ」
「え? そうだったのですか。私、リリィって言います! 本当に助かりました!」
「リリィか。いい名前だね」
どうやら震えもおさまってきたらしい。声も弾んで、元気を取り戻してきてるようだ。
「立ち話も良くないので、教会の中でお話ししませんか? それと、シエルさんはその蒼い服とか、白いズボンとか、騎士の制服じゃないんですか?」
「え? ああ、この服は自前だよ。オシャレだろ!」
「……あはは! そう、ですね」
「あれ? もしかしてカッコ悪い?」
彼女は困り眉になりつつも笑った。その後はくだらない雑談とかも交えつつ事情を訊いてみた。まあ大体予想していたとおりだったし、明日は傭兵組合に行く事にしよう。このまま放っておいても、きっとあいつらはまた手を出してくるに違いない。
しかしこれは単なる始まりだった。
まさか王都を揺るがす大事件が発生しようとは、この時はまだ想像もしていなかったんだ。
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