第34話 毛玉が現れました!

「……アーマーボアか?」


 南から上がる土埃を見て、俺は呟いた。


「だとしたら、相当な大群……すぐに村へ報せてまいります!」

「ああ……えっ!?」


 俺は突如現れた大群よりも、塔をひょいっと飛び降りたイリアに驚いた。


 イリアはそのまま着地すると、村へと走っていく。


 や、やっぱすごい子だな……十べートルはあるぞ。

 人間なら普通に骨折、いや死ぬほうが多いかもしれない。


「……しかし、アーマーボアの大群か」


 基本的に、アーマーボアは群れない。

 だが、魔王軍は彼らを飼いならし、突撃のため集団行動できるようにしている。


「……魔王軍がここまで迫っているのか?」


 ここらへんは人間側と魔王軍が争う地域。

 過去、幾度となく魔王軍の支配下となっている。

 

 だが、魔王軍がここまで来ることは考えづらい。

 南方には人間の軍事都市や要塞が密集しており、あれだけの部隊を逃すわけがないのだ。


 あるいは、海を越えてきたか……


 それもないだろう。

 魔王軍には造船技術がない。


 一方の人間は南方沿岸に軍港を持ち、海軍を展開させ、水中の魔物と戦っている。

 魔王軍があれだけの大群を上陸させられるとは考えづらい。


「しかし……アーマーボアにしては、なんだか走りが遅いな……」


 アーマーボアなら、十分しない内にこちらまでやってきそうだ。

 しかし、土埃の動きはそこまで速くない。


「何か別の軍隊か……こちらから見に行ったほうが良さそうだ」


 俺は塔を下りると、そこに待機させていた荷馬の一頭に乗り、南へと駆ける。


 やがて隣を並走する者が現れた。

 小さな狼……人狼のメルクだ。


「ヨシュア。イリアから聞いた。皆、戦う準備できてる」

「そうか。でも、あの大群がアーマーボアだとしたら、さすがに俺たちも勝てない。城壁の中でやりすごそう」


 城壁外の天幕や家を失うことになるかもしれないが、命には代えられない。


「だが、どうもアーマーボアにしては遅い気が……っあれは!?」


 近づくにつれ、土埃を起こす正体に気が付いた。


 それは、真っ黒な毛玉……ではなく、羊のような生き物だった。


 それが百体ほどだろうか。

 皆、草をむしゃむしゃ……というよりは、がつがつと食べながら進んできている。土埃の正体は、彼らのせいか。


 彼らはただの羊じゃない。

 二本の渦巻き状の角は異様に大きく、先が刃物のように尖っている。体の大きさも、普通の羊の二倍はありそうだ。


「あれは確か……モープ」


 俺は馬を停め、そう呟いた。


 モープは、魔王軍がより良い毛と乳を得るため、羊を魔物化した生き物らしい。


 モープの毛は火や衝撃に強く、非常に切れにくいことで知られる。

 また、その毛で織られた布は手触りがよく、とても暖かい。


 乳も非常に美味で、甘く濃厚な味がするようだ。


 糸も乳も、人間の間では非常に高値で取引されていた。普通の羊のそれと比べ、十倍の価格が相場だ。

 

 故にかつてはモープを飼いならそうとした人間もいたが、凶暴で知性が高いモープは飼育ができなかったようだ。

 常に反抗的で、角で殺された者が後を絶たなかったという。しかもモープは肉も食べるのだ。


 だから今モープの毛を手に入れようとするなら、殺して手に入れるしかない。


「毛は使えそうだが、これだけの大群を相手にするのは……っ!?」


 気が付くと、先頭のモープの一体が、赤い瞳をこちらに向けていた。


「メッメー!! 人間っす! うちらを邪魔するっすか!?」


 喋れるか……魔王軍側に飼われていたのかもしれないな。


 しかも、こいつは他よりも角が大きい。

 ボスなのかもしれない。


 俺が敵意はないと伝えようとすると、他のモープも「メッメー!」と声を上げた。


「ここの草美味いのにやばいっす!」

「消すっす! やっちまうっす!!」


 すると、モープたちは草を食べるのをやめ、こちらに走ってきた。


「メルク、逃げるぞ!」

「わかったー」


 俺は馬で北へと逃げた。


 しかしこのまま北に向かえば、村が襲われてしまう。


「メルク! 俺は一度西に、そこから南に走って、やつらを振り切る」

「それだったらヨシュアじゃなく、メルクのほうがいい」

「いや、危険だ……もしメルクに何かあったら、皆悲しむ」

「それはヨシュアも同じ……あ」


 メルクは前方から駆けてきた者たちに視線を向けた。


 それは人狼たちだった。


 彼らは、ワンワンと大きな声を上げながら、こちらにやってくる。


「人狼たち!? いや、正面からは危険だ!」


 しかし俺が振り返ると、モープたちはだんだんと減速していく。


「め、メッメー!? なんか体が!?」

「体が、前に進まないっす……! あ、あの犬みたいの、なんか怖いっす……」


 モープたちは、明らかに速度が落ちていた。

 顔もなんだか青ざめているようだ。


 まさか人狼が怖いのか?

 狼は羊を食べる……羊が魔物化したモープだ。人狼に何かを感じ取ったのかもしれない。


「なら、試してみる価値はありそうだ……メルク! 人狼たちに、モープを囲ませるんだ!」

「わかった」


 メルクは狼へ短く吠える。


 指示を受けた人狼たちは、すぐに散開した。


 モープたちはその動きに狼狽え始める。


「メッメー! こいつら、うちらを囲むつもりっすか!?」


 人狼は瞬く間にモープを囲むと、ワンワンと吠えた。


「メッメー!! 怖いっす!」

「やめてくれっす!」


 俺はモープたちが混乱している間に、馬でその周囲を駆けまわる。


 生産魔法で木材から柵を作り、モープの周りを囲んだのだ。


「な、なんすっか、あいつ!? 木に囲まれちゃったっすよ!」

「奥のほうも見るっす! 馬に乗った奴らがやってくるっす!」


 モープたちはいよいよ、どこにも逃げ場がなくなった。

 するとボスのモープが叫ぶ。


「メッメー! お前たち、弱音を吐くんじゃないっす! うちが、あんなの倒してやるっす! ……メッ!?」


 モープのボスは、突如黙り込んでしまった。

 いつの間にか、白銀の髪の女性に刀を向けられていたのだ。


 見えたのは後ろ姿だったが、刀を突きつけたのはイリアで間違いない。


 イリアが何かを喋ったのか、ボスと他のモープは皆、ぶるぶると体を震わせる。 


「め、めめ、メッメー……」


 モープのボスは、そう言って気を失ってしまった。

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