第5話 クロスボウを作りました!

 メッテはイリアが天幕に運ばれるのを見ると、俺を警戒するように睨んだ。


 このポニーテールの子は、イリアに劣らずとても美しい見た目をしていた。

 きりっとした目つきと鍛えられた体つきは、彼女が戦士であることを窺わせる。

 でも幼さの残る顔は、笑えばきっと可愛らしい印象を受けるだろう。


 少しすると、メッテは意を決したように深くお辞儀した。


「姫を……仲間を救っていただき、感謝する!」

「礼には及ばない。俺はすぐに去るから大丈夫だ」

「それは駄目だ。姫に行かせるなと命令されている」

「俺は人間だぞ? 早く去ってもらった方が、君も安心するだろう?」

「確かに人間には恨みがある。でも、あなたは違うようだ。それにあなたには……」


 メッテは一瞬言いづらそうにしたが、再び頭を下げた。


「頼む! 何でもいい、あなたの魔法を私たちに教えていただけないだろうか!?」


 頭を上げて、メッテは深刻そうな顔を俺に向ける。


「他の人間たちは、私たちを相手にはしてくれないんだ……道具が欲しい、魔法を教えてほしいと交易を願っても、誰も話すら聞いてくれない。だが、あなたは私たちを助けてくれた」


 メッテは尖った石を取り出すと、自分の角にそれを当てる。


「我らの角は、売り物になるのだろう。あなたに私の角を捧げます。いや、この体を捧げてもいい! どうか、我が部族に何か技術を!」

「メッテ……やめてくれ」


 俺は、己の角を打ち付けようとしたメッテの腕を掴む。


「俺は、人に魔法を教えられるような教育は受けてない。だけど、道具なら作れる」

「私たちに……道具を?」

「ああ、それが生産魔法師の役目だ。食料と水……あと、寝泊まりする場所を用意してくれ。そうしてくれたら、俺はしばらく、この村で道具を作るよ」

「……っ!? ありがとうございます! ……ありがとうございます!」


 メッテは涙を流しながら、俺に頭を下げた。


 道具も職人も、求められるから存在する。

 彼女たちが道具を欲するなら、俺はそれに応えてあげたい。


 俺はフェンデル村にしばらく滞在することにした。


「なるほど……これが君たちの道具か」


 俺は、メッテに武器や道具が保存されている天幕を案内してもらった。


 フェンデル族の装備や道具がどんなものか見たかったのだ。


「ほとんどが尖った石だな……あとは獣の骨か」


 彼らの角はないようだ。

 あれは魔力を失ったとしても、それなりの強度がある。

 しかし、仲間の遺体を道具にはしないのだろう。


「ああ。あと、僅かだが黒曜石もある」


 メッテは黒光りする石を俺に見せた。


 尖らせた黒曜石はよく切れる。

 だが、どれも研磨が不十分で、とても鉄器には敵わないだろう。


 それらの石や黒曜石を木に括りつけた槍が、フェンデル族の主要な武器のようだ。

 

 あとは一応、弓もあるが……


 弓も槍もほぼ枝のようなものが使われている。

 これでは精度も強度も悪すぎて、使い物にならないはずだ。


 石を投げ飛ばすスリングもあるが、これも正確に飛ばすには相当な練度が求められるよな……


 弦や石器を括りつけるのには、糸が使われている。


 大麻草から、麻糸をつくるぐらいはできるというわけか。服もその麻糸と毛皮で作られているようだ。漁網のようなものも見える。


 そして当然というべきか、農具の類は何もない。

 食糧収集は、狩猟、漁、採集に頼っているのだろう。


 俺には農業の知識はないから、農具をつくっても仕方ない。


 ……近場の資源も気になるが、ここはまず狩猟の武器を中心に作成してみるか。


 俺はメッテに訊ねる。


「メッテ、フェンデル族の人口はだいたい何名ほどだ?」

「一族の者か? 七百名程だ」

「その中で、弓やスリングを上手く使えるやつは、どれぐらいいる?」

「十人……いや、ウサギに当てて仕留められるのは私ぐらいだな。皆、だいたい獲物に近づいて、槍で仕留める」

「なるほど。そしたら、誰でも簡単に扱える武器を作るか」

「とすると、槍か?」

「いや、クロスボウってやつをだ」

「クロス……棒?」


 メッテは難しそうな顔をして、首を傾げた。


「……とにかく、今作ってみるよ。ここにあるものを使わせてもらうぞ」


 木材、麻糸は十分にある。引き金や板バネは鉄を使いたいが、これは先ほど倒した奴隷狩りの武器を分解するとしよう。


 クロスボウの機構は複雑だ。

 しかし、生産魔法ではレシピ化といって、一度作った物の作業を自動化できる。


「クラフト──クロスボウ」


 これ、最初は作るのに二日ぐらいかかったなあ……

 でも、今は一分で一つは作れる。レシピ化の効果は偉大だ。


 メッテがじっと見つめてくる中、突如俺の手にクロスボウが召喚された。


「な、ななっ!? いきなり弓のようなものが! 一体どんな御業を!?」

「御業なんて、大げさな……これが生産魔法なんだよ。ほら、持ってみ」

「お、おお……すごそうなのは分かるが、一体どう使うのだ? 弓のような、斧のような……」


 メッテは初めて見るクロスボウに目を輝かせると、弓のように持ったり、あるいは剣のようにぶんぶんと振り回してみる。使い方が分からないようだ。


 クロスボウを見てこんなに驚く奴は初めて見た。

 なんだか初々しいな……


 微笑ましく思いながら、俺はメッテに言った。


「今、ボルトを作る。で、これをここに設置して」


 俺はクロスボウをメッテから受け取り、手早く作ったボルトを設置した。


 ボルトは、十本一秒でつくれるかな……本気になれば、もっと早く作れるかもしれない。


「ウィズ。天幕の外に、その枝を立ててくれないか。射撃したい」


 スライムのウィズは枝を天幕の外へ運んでいく。


 だいたい、五十べートルぐらい離れたか、ウィズは枝を地面に突き刺した。


 この距離はよく弓などの訓練で用いられる距離。

 一べートルがだいたい大人の人間の脚の長さだ。


「今から、あれを撃つよ」


 俺が言うと、メッテはふははと笑った。


「あんなに離れてるのに、当たるわけないだろ?」


 まあ、当てられるかは自信ないが、飛距離だけでもすごさが分かってくれるはずだ。


 俺は狙いを定め、引き金を引いた。


「……っえええええ!?」


 放たれたボルトが枝を射倒すのを見て、メッテは驚愕した。


「な、な、なな、どうしたら、あんな遠くの枝に当てられるんだ……」


 ……ちょっと、驚き過ぎじゃなかろうか?

 でもフェンデル族の弓じゃ、十べートル向こうの標的も当てられなかっただろうからな。


 それになんだか、自分が作ったものに反応してくれるのは嬉しい。

 騎士団にいた頃は、誰も俺が作るものに反応なんて示してくれなかった。


「メッテも撃ってみてくれ。少し訓練したら、試しに狩りに出かけてみよう」

「分かった!」


 俺はこの後、メッテにクロスボウの簡単な操作を教えるのだった。

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