第6話
れんと:今度の花火大会、一緒に行かない?
「お姉ちゃん、これで大丈夫かなぁ?」
「バッッチリ!!雪月可愛いから、ナンパされないように、気をつけてね!」
「もうっ、お世辞は結構ですっ!」
私は姿見に自分の浴衣姿を映して、一周くるりと回ってみる。少し曲がってしまった紫色の髪飾りを真っ直ぐに直す。
「あ、夢月も行くらしいから、会わないようにね?」
誰と行くのか知っているのだろうか。目の合ったお姉ちゃんは、完璧なウインクを見せた。
待ち合わせ場所の駅に行くと、高城くんはもう待っていた。
「ご、ごめん、待った?」
「ううん、今来たとこ」
高城くんは私をちらりと一瞬見ると、すぐに視線をそらされた。‥‥‥?
「‥‥‥行こ。人増えるし」
高城くんは先立って歩き出した。‥‥‥なにそれ。
私はぱたぱたと走って追いかけた。
「なんか食べる?」
「綿あめ!」
小さい頃からお祭りに来るとよく食べた綿あめが、今でも大好きなのだ。
「じゃあ買ってくるからここで待ってて」
「‥‥‥あっ!」
私も行く‥‥‥そう言う前に、とうに高城くんの姿は人混みに消え去っていた。ちぇ‥‥‥。私は人混みから少し外れた場所で帰りを待つ。
「‥‥‥雪月?」
聞き慣れた声が聞こえ、顔を上げると、夢月が五、六人の男子を引き連れていた。
「うわー‥‥‥」
お姉ちゃんに気をつけてって言われた途端会うとか、ついてなーい。
「え、めっちゃきれい!夢月の彼女!?」
「バーカ、違うわ。姉だよ、あ・ね」
好奇の目を向けられ、恥ずかしくて顔を背けてしまう。
「
「りょーかい。ほれ、行くぞ。夢月の姉さん困ってるから視線外して!」
綴くんが男子たちを連れて行ってしまう。夢月は私の隣に並んで立った。
「お前、誰と来たんだよ」
「‥‥‥高城くん」
夢月がしらっとした目を向ける。おいそれ、実の姉に向ける目じゃなかろう。
「お前ら、付き合ってんの?」
「いやぁ、どうなんだろうね‥‥‥?」
「聞かれても、俺高城じゃねえし‥‥‥」
夢月はすっかり呆れ顔だ。馬鹿だな高城、と呟き、額に浮かんだ汗を拭う。
「こな‥‥‥夢月!?」
「よお」
綿あめを買って戻ってきた高城くんは夢月を見て驚く。
「お前、雪月一人にしたらだめだろ。今日浴衣だし」
「うう‥‥‥っ。てか小夏、なんもされてないよな!?」
「え、うん。夢月、一緒に高城くん待っててくれてただけだし‥‥‥」
高城くんは夢月をジトッと睨むとはっとして私に綿あめをくれる。あ、ありがと、と急いでお礼を言う。それにしても、弟なのに、そんな心配することないと思うんだけどなあ。
「‥‥‥ってことで大丈夫なんで!じゃあな、夢月!」
高城くんは私の腕を掴むと歩き出そうとする。ついていこうとして‥‥‥あ、でも待って。
「夢月、綴くんたちのとこわかるの?おねーさんが一緒に探してあげようか?」
「おねえ‥‥‥さん?」
振り返って夢月に声をかけると、反応したのは隣の高城くんだった。
「え、え、え。夢月って小夏の弟?え、え、え」
高城くんは相当テンパっている状態だ。
「そうだけど‥‥‥あれ、知らなかった?」
まあ確かに顔はあんまり似てないけど‥‥‥。名前は『雪月』と『夢月』の一文字違いだし。
「え、だって夢月、『雪月のこと好きなんだよね』って言っただろっ?」
「うん、好きだよ。姉としてね」
私の頬は少し熱を持つ。なんか意外だった。
嘘だろ‥‥‥俺、弟に危機感抱いてたのかよ‥‥‥と落ち込む高城くん。
「綴とは、はぐれたとき焼きそばの前で待ち合わせするようにしてるから、多分大丈夫。じゃあな、高城『先輩』と『お姉ちゃん』」
嵐のように過ぎ去っていく夢月。なんだか久しぶりに夢月に『お姉ちゃん』と呼ばれた気がする。
ここ、めっちゃいいんだぜ、という、桜坂神社へ続く階段の中腹あたり。大抵の人は花火を間近で見ようと河川敷の方まで降りてゆくが、そこに行くよりもここのほうがきれいに見えるそう。人もおらず、静かだ。ここに越してきたばかりだから、よくわかんないや、そういうローカル的なことは。
「あのさ‥‥‥」
人一人分の間を開けて腰掛ける私たちの間の静寂を破ったのは高城くんだった。
「今日、ずっと言えなかったんだけどさ」
高城くんはせわしなく腕をこすったり頬をかいたりしている。
「ゆ、浴衣!‥‥‥かわ、いい‥‥‥」
ポポポッと顔が熱くなる。多分顔、まっかっかだ‥‥‥。
「あ、ああ、ありがとうございます‥‥‥」
私は赤くなった顔を見られないように伏せる。ありがとう、お姉ちゃん、と心のなかで呟いた。
「あ、上がるよ」
え、もう?高城くんの声で私はムクリと体を起こす。その途端。
バンッバンッ!
「わあぁ‥‥‥」
きれい‥‥‥。
立て続けに上がるカラフルな花火にあたりは明るく照らされる。小さく見える河川敷の方にいる人も、同じように空に目を向けている。
思えば私、初めて近くで花火を見たかもしれない。中町では花火大会はなかったし、街の方から見える花火、すっごくちっちゃかったから。
私はしばらく、花火に見入っていた。その横顔を見つめる、高城くんには気がつかずに。
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