第5話
みっちゃんは話しながら、何度も涙を拭っていた。深澤庶務担当は、何も言わず、みっちゃんの話を聞きながら、何度もメガネを押し上げる。みっちゃんを見ることができず、視線を落とし、見つめていた手は、カタカタと小刻みに震えている。
「‥‥‥話してくれて、ありがとね」
私はそれしか言えなかった。
みっちゃんは、まだ止まらない涙を拭い、深澤庶務担当は、そんなみっちゃんを見つめている。
私は震える手で能力石を手にとった。ゆっくりとチェーンを後ろに回し、輪っかに通すと――。
「‥‥‥ふふっ‥‥‥」
二人を見て、思わず笑みが漏れてしまった。
「なんで笑ってるんだ、小夏書記会計担当?」
それに気がついた深澤庶務担当は、訝しげに私を見る。
「‥‥‥大丈夫だよ、みっちゃん。私、そんなうまくいってないし、‥‥‥それにね」
みっちゃんのこと、大切に思ってくれている人、すぐ近くにいるんだよ。
言わなかった、そこまでは。だってきっと、それはいつか、彼の口から伝えるであろう。
「‥‥‥それにね‥‥‥、なに?」
「‥‥‥ううん、なんでもない!とにかく大丈夫だよってこと!」
なにそれぇ‥‥‥と肩をおとすみっちゃんだけれど、さっきより確実に、顔が晴れ晴れとしたような気がする。深澤庶務担当もそう思ったようだ。
深沢庶務担当は、黒縁メガネの奥の優しい瞳で、みっちゃんを包み込んでいる。そこからは、真っ直ぐにピンク色の矢印が伸びていた。
「これで、一件落着かなあ」
緩やかな坂道を照らす、温かい日差し。足取りは行きよりかなり軽やかである。ようやく東京に帰るのだ。
胸元にはレンがいる。
(よかった、雪月が戻ってきてくれて)
レンは怒っていなかった。信じてくれていた。私がレンを捨てる訳ない、きっと何かの手違いだ、と。心の底から嬉しかった。
「そうだ、高城くん。朝、倉庫の中で言いかけたの、結局何だったの?」
みっちゃんたちが帰ってきた音がして、そのままにしてたけど‥‥‥と聞くと、高城くんは顔を赤くする。
「ええっ‥‥‥それ、今聞く?」
「だって、気になるんだもん」
高城くんはえええっ‥‥‥と赤くなった頰をかく。
「‥‥‥俺、あのときからずっと、‥‥‥‥‥‥‥‥‥だったって、言いたかったんだよ」
「え?なにって?」
ちょうど電車の通り過ぎる音がして、高城くんの声がかき消される。
「ああっ!もう言わねえからな!」
「ええっ!なにそれ!」
高城くんはははっと笑いながら坂道を走って下る。
「待ってよ、高城くん!」
私も急いで高城くんを追いかける――が。
「わわっ!?」
自分の右足に左足を引っ掛けてしまった。こ、コケるっ!?
「こ、小夏っ!?」
高城くんは私に向かって手を伸ばしてくれるが、その手を掴む余裕はない。
べちゃっ‥‥‥
二人もみくちゃになってすっ転んだ。ああ‥‥‥っ、恥ずかしい‥‥‥っ!生まれ育ったふるさとで、中学生にもなって転ぶなんて。
「いってて‥‥‥」
私は痛む膝を擦る。見てみると、少しすりむいて、血が滲んでいた。
「だ、大丈夫?立てる、小夏?」
高城くんの方を見ると。
「「‥‥‥――っ!」」
顔、近い‥‥‥っ!!ズサッとお互いに後ずさる。
顔が熱い。多分真っ赤だ。
ちらりと高城くんの顔を見ると、高城くんも同じように、顔が赤い。
――でも高城くん、彼女いるもんね。能力石つけてるけど、矢印見えないし、私のこと、意識してるわけじゃないもんね。
新浜さんいるじゃん、うんうんと思い直して冷静になる。スカートに付いた土埃を払いながら立ち上がった。
高城くんの顔を見ると、まだ少し赤い。
「高城くん、そんなピュアな反応したらだめだよ」
「ぴゅ、ぴゅあ‥‥‥?俺が?」
高城くんは目を見開いて、自分を指差す。その顔がなんだかおかしくて、私は吹き出してしまった。なんで笑うのっ!?と言う高城くんがおかしくて、もっともっと笑ってしまう。
「‥‥‥そんな反応したら、彼女、不安にさせちゃうじゃん‥‥‥」
自分で言っておきながら、なんだか傷つく私。馬鹿だ。
「彼女?」
高城くんは不思議そうな顔をする。
「‥‥‥え?」
「‥‥‥へ?」
私は座り込む高城くんの前に座り直し、視線の高さを合わせた。
「「‥‥‥え?」」
なんのことやら、という顔をする高城くんと私。多分傍から見たら、かなり間抜けだ。
「新浜さんのこと‥‥‥だけど‥‥‥?」
高城くんはまじまじと私に顔を見て、ぱちくりぱちくりと何度もまばたきをする。
「‥‥‥日和の嘘、信じてたの‥‥‥?」
「‥‥‥嘘だったの‥‥‥?」
え、じゃあさっき、自分で考えて自滅してた私、何だったの‥‥‥?
「プッ‥‥‥あははっ!小夏、純情だな!ピュア!!」
さっきと逆の立場になり、顔を赤くする私。
「もう‥‥‥電車行っちゃうよ」
私は話題をそらすように言い、赤くなった頬を擦りながら立ち上がった。
「はいはい、帰ろう」
高城くんも、よいしょっと立ち上がり、私の隣に並んだ。程なくしてやってきた電車に乗って、隣に腰掛ける。行きと同じように新潟駅でお昼を食べ、新幹線に乗った。そして、ゆっくりと東京に向かって、走っていった——。
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