第3話

みっちゃん、いったいどこに行ったんだろう。周りを見渡してみても、あるのは道と木、それと参議院がなにかの選挙ポスターだけ。人の姿はひとつもない。こっちに行ったと思ったのになぁ。

でもみっちゃんが行ったはずの方向って、一方通行だから戻ってきたらすれ違うはずなんだけど。

私はふと、懐かしい場所で立ち止まった。目の前に立っているのは、半年ぶりに見た中町小学校の校舎。当たり前だがあまり変わりはない。夏休みであるため、先生くらいしかいないのであろう学校は、しんと静まり返っている。

なぜだかここに、みっちゃんがいるような気がした。



「お借りしまーす‥‥‥」


元・自分の、そして今は、『斉木さいき愛未まなみさんの靴箱に靴を入れる。ふと、もともとみっちゃんが使っていた靴箱を見てみると、さっきまで彼女が履いていた靴が入っていた。きっと癖だろうな。

私は先生に見つからないように、一階から見て回った。保健室、校長室、職員室、理科室、一年一組、二組。

二階。二年一組、二組、三年一組、二組、四年一組、二組、図書室、家庭科室。

三階。五年一組、二組、六年一組、二組、音楽室、空き教室。

どの部屋にもいなかった。じゃあ、ここだろうか。三階の突き当たり。他の教室とさほど変わりないものの、異様な雰囲気を放つそこは、『児童会執行部室』という表札がかかっている。

ギギィと軋むドアの音。相変わらず資料の山と化している執行部室をキョロキョロと見回してみると、――いた。児童会長の椅子に腰掛ける、みっちゃんが。

私は無言で、かつて自分が座っていた席に腰掛けた。

児童会執行部書記会計担当。二年前、私が五年生のとき、会長をしていた紫夕くんに誘われ、なった役職だ。

頼りになる、会長の紫夕くん。

いつも優しいけれど責任感の強い、副会長の栄李えいり先輩。

一番冴えないように見えて、意外にも一番男らしい、庶務担当の深澤ふかざわ先輩。

そして五年生、ついていくだけでも精一杯だった、書記会計担当の私。

四人の執行部役員の中で、唯一の五年生だったけれど、みんな頼りあっていて、年下なのにみんな、同等に扱ってもらえて、行事が成功するたびに心が温かくなって‥‥‥とても楽しかった。

「次は小夏が会長だね」。紫夕くん、栄李副会長をはじめとし、誰もがそう言っていた。それを私も否定しなかった。心の中でどこか、紫夕くんの会長職を継ぐのは私だと、そう思っていたから。でも私は、次の年の児童会執行部選挙には出なかった。会長に、みっちゃんが立候補していたから。みっちゃんに会長職を譲ったわけじゃない、勝負したくなかったわけじゃない。でも‥‥‥なぜだか、私は立候補届を出せなかった。栄李副会長は、なんでなんで!?と驚いたように騒ぎまくっていたが、紫夕くんは何も言わなかった。きっと私の気持ちをわかってくれていたからだろう(ちなみに深澤庶務担当は、興味なしなのか特に深追いもしてこなかった)。立候補者は一人しかおらず、みっちゃんが会長となったが、みっちゃんは私を他の役職に指名しなかった。私はそれで良かった。指名されても私は困ったから。


「美心会長」


机の上を見つめていたみっちゃんは、顔を上げた。その瞳は少し、潤んでいる。


「雪月、書記会計担当」


執行部として活動する場合、名前に役職をつけて呼ぶ。それが中町小学校児童会執行部の暗黙の了解だった。とはいえ執行部でしか関わりのない先輩は、現在でもそう呼ぶことが多い。


「みっちゃん、持ってるんだよね。私の首飾り」


みっちゃんは顔を歪め、唇を強く噛んでいる。私が悪いことをしているわけじゃないのに、なぜだろう。その表情を見ると、胸が苦しくなる。

ギシ‥‥‥

みっちゃんは立ち上がって、私の前に、コトリと何かを置いた。

窓から入る明るい光を反射させる、ピンク色の石。


「ごめんなさい‥‥‥」


ぽたり、ぽたりとみっちゃんの大きな瞳から溢れた涙の粒が、能力石に落ちる。


「こんなこと、するつもりなんて、あたし、なかったんだよ‥‥‥本当だよ‥‥‥」


みっちゃんは両手で顔を押さえて、絞り出すように声を上げた。私はそんなみっちゃんを見ることができずに、膝の上の、きゅうっと握りしめた拳を見ながら、何も言えなかった。

ギギィ‥‥‥と静かに、扉が開く。

誰だろうとゆっくりとそちらを見ると——。


「ふ、深澤‥‥‥庶務担当‥‥‥?」


二年前とさほど変わらない、ボサボサの髪。ぱっとしない顔立ちに、大きな黒縁メガネ。着こなしているとは言えない、中学の制服なのであろうシワシワのカッターシャツ。変わったと言えば、背がかなり高くなっていることだろうか。

‥‥‥あ、いや、別に悪口じゃないよ?

深澤先輩に驚いたのは、私だけだった。みっちゃんはまるで、深澤先輩がいることが分かっているかのようだった。


「すまない、小夏書記会計担当」


小学生のときより、ずいぶん低くなった声色に驚く。


「どういう、こと?」


私は訳がわからず、すがるようにみっちゃんを見る。


「深澤庶務担当、全部‥‥‥全部全部、話しますよ」


みっちゃんは良いですよね、と言うように深澤先輩を見る。深澤先輩は一度、小さく頷いた。窓から入る日に反射して、メガネがキラリと光った。

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