Chapter4
第1話
「高城くん!」
私は高城くんの手を引いて、元・自分の家の庭に入る。庭の片隅にある倉庫を勢いよく開けた。
よかった、お父さんも不動産屋さんも鍵かけてなかったんだ。
私達はその中に転がり込むように入る。久しぶりに開けたのであろうここは、かなりじめじめしている。
私は雨粒が入ってこないように扉を閉めた。
‥‥‥ていうか、思ったんだけど、倉庫って中から閉められる仕組みになってたんだね。生まれてから十二年くらいここ住んでたけど、知らなかったよ。
「あ、ありがと、小夏」
「う、ううん。こんなとこでごめんね。ここくらいしか避難場所思いつかなくてっ」
かばんの中からタオルを取り出し、少し濡れてしまった頭や肩を拭く。
「にしても、急に天気崩れたな」
「山の天気は変わりやすいからね。すぐ止むと思うけど‥‥‥」
そう言ったところで、駅のカップルの会話を思い出す。
『電車、止まってなくてよかったね』
‥‥‥ってことは‥‥‥?
私はポケットから携帯を取り出す。『台風情報 新潟』と検索エンジンにかけ、一番上に出てきた『台風十三号進路情報』というページをタップする。
「‥‥‥げ、新潟ばりばりかかってる」
携帯を覗き込んだ高城くんがそう呟く。
「雨が止むの、明日明後日になるみたい。電車、多分そろそろ止まっちゃうし、みっちゃんとこも帰ってこられないかも‥‥‥」
私達はお互いの顔を見つめ合った。
外では土砂降りの雨が降り続いていた。
寒気を感じてブルルと体を震わせる。
携帯で時間を確認してみると、あれからもう二時間が経過し、現在は五時になっていた。
お姉ちゃんと連絡を取りたかったけれど、部活で家にいないのか、出なかった。高城くんのおじいちゃんも出ないらしく、誰とも連絡が取れていない。なぜか充電の減りが異様に早く、お互いに50%を切ってしまっている。このままじゃ、家に帰るまでに充電が切れてしまう。
夏で雨が降っているとはいえじめじめするはずなのに、なんだかここは寒い。
私との間に一人分開けて座る高城くんも、私と同じように肩を震わせ、持ってきていたのであろう防寒着とタオルを身にまとっている。
私もかばんの中からパーカーを取り出し上から羽織る。大分寒さは軽減されたとはいえ、これが明日の朝、最悪明後日まで続くのか。
怖くて、不安で、このまま死んじゃうんじゃないかなんて、そんな想像が胸をよぎる。涙が滲んで、私は体育座りをした膝に顔を押し付けた。
「こんなことに巻き込んで、ごめんね‥‥‥」
私は震えそうな声をどうにか押し殺しながら呟いた。
「小夏‥‥‥」
高城くんはずりりと私の方に体を寄せ、肩と肩が触れる。それだけで、なんだか心がホッとする。人の体温があるだけで、大丈夫だって思える。
ホッとしたのと同時に、お腹が減っていたことに気がつく。
『雪月、おにぎり入れとくから、食べてね』
今朝、急いで身支度を整えていた私に、お姉ちゃんは確か、そう言っていた。
かばんの中を探ってみると、荷物の下の方に潰れかけているおにぎりがあった。
「高城くん、一つ、食べる?」
二つはいっていたおにぎりの一つを差し出す。
「‥‥‥ありがと」
もう一度、さっきと同じ
場所に座り直し、おにぎりのラップを剥がす。
高城くんが動くと、私にも伝わる。私が動くと、高城くんにも伝わる。それがなんだか心地よくて、胸の奥からほくほくとした感情が湧いてくる。それをなんと呼ぶのか、わからないけれど。
ゴロゴロゴロ‥‥‥
雨の勢いは増し、雷がなっている。
怖い。まるで、あの日に戻ったようで――。
あの日も今日と同じ、雨の日だった。
小さな体を震わせた。知らない場所である怖さと、誰もいないという孤独感。降りしきる雨への不安。
祖父母の家の近くの公園。どうしてそうなったのか、覚えてはいないが、雨よけのどかんの中で、迎えを待ち続けた。誰も、来るはずないのに。
凍てつくような冷たい風が私の頬をなでていく。
怖かった。
「怖いよ‥‥‥寒いよ‥‥‥」
体が震える。紡いだ言葉が泣き言になってしまったようで、なんだか申し訳なかった。
「大丈夫、俺がいるよ」
高城くんはためらいがちに私に触れ、優しく引き寄せてくれた。大きな腕に抱えられるような形になる。
――温かい。
私はホッとしたように、目をつむった。私の頬を、一筋の涙が滑り落ちていった。
少し頬が赤くなった気がしたのは‥‥‥きっと気のせいだ。
ふと目を覚ますと、少し明るくなったようだ。扉の隙間から光が差し込んでいる。雨は少し降っているようだけれど、さっきみたいに大きな音はしていない。
ふと隣の高城くんの顔を覗き込んでみると、静かに寝息を立てているようだった。
「‥‥‥ありがとう」
私は高城くんにそう、呟いた。
携帯を取り出して時間を確認してみると、朝の七時だった。
「‥‥‥げ」
お姉ちゃんから大量に連絡が来ている。慌ててかけ直すと、わずかツーコールで出た。早。
『もしっ!雪月っ!?』
耳がキーンとして携帯から遠ざける。
「もしもし、お姉ちゃん?」
もぞりと隣が動いた。お姉ちゃんの声で高城くんを起こしてしまったみたいだ。
『あんた、今どこにいるの!?』
「前の家の倉庫のなか」
お姉ちゃんが言葉を失ったのがわかる。呆れてるのか?
『京吾たち、新潟駅から動けなくなってるらしくて。昼ぐらいに――』
ブチッ
??
携帯には、通話終了という文字が浮かんでいた。慌てて充電を確認してみると。
「0%、強制シャットダウン‥‥‥」
「俺のもだ‥‥‥」
私と高城くんは、画面を食い入るように見つめ、吐き出すように言う。
程なくして、あえなく私と高城くんの携帯の画面は、真っ暗になってしまった‥‥‥。
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