第8話

「くあ‥‥‥」


朝九時。私は桜坂駅で高城くんを待ちながらあくびを噛み殺す。

大反対の夢月を説得するために、結局仲間につけたのはお姉ちゃん。お姉ちゃんと協力してなんとか夢月を説き伏せた。まあ、これが姉二人の力だよ。

とりあえず、夢月の部屋に押しかけて一時間、やっとこさ夢月の渋々の同意を得て、荷物の準備を始めた。結局寝床に入ったのは十二時を回っていた。お母さんとお父さんは帰ってこられなかったらしく、問いただされることなく安心した。


「小夏!」


待ち合わせ時間少し前にやってきた高城くん。

私達は連れ立って構内へ入っていく。互いに口数は少なく、前に座った親子三人の会話に耳を傾けていた。

電車に揺られること約十分。東京駅に到着した。そこから上越新幹線に乗り、約二時間かけて新潟に向かう。

ちなみに、新潟までの新幹線代はお姉ちゃんに借りている。来年のお年玉で返せ、だそう。


「新潟駅から住んでたとこまでの行き方わかる?」

「うん」


確か‥‥‥と頭の中で駅名を並べる。

新潟駅からJRに乗り換え、中町山入り口で降りる。中町山入り口駅は、かなり小さな無人駅である。そこから十分程坂道を歩いて、住んでいた中町に行く。

長いトンネルに入った。山を越えるのであろう。

隣から、小さな寝息が聞こえる。そちらの方を見ると、高城くんが静かに瞼を閉じ、規則的に上下している。そっと、高城くんの寝顔を盗み見る。

‥‥‥かわいい。私は、頬を緩めた。

新幹線が、少しだけ揺れた。

トンッ

肩に、重みを感じた。こ、これは、もしかして‥‥‥いや、もしかしなくても‥‥‥私の肩で、高城くんが寝ている‥‥‥!

それを理解した途端、頬にかぁ‥‥‥っと血が上る。高城くんが寝ててホントに良かったよ‥‥‥。

‥‥‥それにしても。

私は高城くんを起こさないように、横目で彼の寝顔を見る。

かっこいい、なあ。

私が高城くんと新幹線に乗ってるなんて、四月の私には、想像できないだろう。今でも実感がわかない。約三ヶ月で、こんなに変わったんだ。浮ついてるわけじゃないんだけど。

じっと見つめたあとで気がついた。高城くん、彼女、いるんだったよ、ね。

新浜さんのきれいな顔を思い出す。なんだか申し訳ない気持ち、それと、‥‥‥うれしいって気持ちが、ごっちゃ混ぜになる。

私は視線を窓の外にやった。いつの間にか新幹線はトンネルを抜け、町の中を走っていた。



「ついたぁ‥‥‥」


私は大きく伸びをした。


「ゴールはここじゃないけどな。てか、ごめん。俺めっちゃ寝てたし肩借りてた」

「う、ううん、大丈夫‥‥‥!」


ていうか、私は得したし‥‥‥。

本数の少ないJRを待つ間に、少し早いお昼を食べることにした。駅の構内にある食堂でお昼を買い、フードコートで向かい合って腰をおろす。

無言で食べていたが、その空気を破ったのは高城くんだった。


「帰りの話だ」


真面目な顔つきをしていたので、私もつられて真面目になる。


「大江さんが家にいるか、わかるか?」

「あ‥‥‥知らないや」


もしかしたら紫夕くんが、昨夜の電話で、新潟にいるのか東京にいるのかを言ってたのかもしれないが、私は聞いていない。みっちゃんの携帯も、紫夕くんの携帯も、京吾くんの携帯も、ましてや三人の親の携帯も、連絡先を知らない。


「もし大江さんが家にいなかった場合、どこかで泊まることになると思う。泊まる先は小夏に任せるし、小夏の友達の家に一人で泊まって、俺は屋外ででも全然大丈夫」

「いや、それはだめだよ。中町って結構、熊とか山から下りてきちゃう」

「そうならないことが、一番だが」


高城くんは息をするようにそれだけ呟くと、手元のハンバーガーに視線を移した。私も自分のうどんに視線を落とした。



「次はー、中町山入り口ー、中町山入り口ー。お出口は右側です」


時計を見ると、もう二時を回っていた。

その駅で降りたのは、私と高城くんだけ。あとの人はこの次にある、少し大きな終点の駅で降りるのだろう。


電車を降りると、駅では一組のカップルが新潟駅行の電車を待っているようだった。

「電車、止まってなくてよかったね――」


止まってなくて?


「小夏?行くぞ!」


カップルの話が気になったけれど、高城くんが少し先で待っていたので小走りでその場を離れた。



「懐かしい‥‥‥」


私はそう呟いていた。

小さかった頃、三人でお使いで終点の駅に行ったとき、通った道だ。この道で確か、帰りに紫夕くんがこけちゃったんだよね。まだ四歳だった紫夕くんは、緊張と、三歳だった小さな妹のような、私達を守らなきゃという使命感が破裂して、泣いてしまったのだ。そんな紫夕くんを私がおんぶして、みっちゃんが紫夕くんの荷物を持って‥‥‥。紫夕くんがこけたときに潰れてしまった豆腐を夜ご飯につついて食べたのも、いい思い出だ。

私は気がついたら、笑いが漏れていた。


「なんだか、楽しそうだね」


そう話しかけられ高城くんを見ると、高城くんも頬を緩め、楽しそうに笑っていた。

約十分歩き、ついたのは一軒家が何件か立ち並ぶ場所。ここに紫夕くんとみっちゃん、それに私が住んでいたところだ。


「ここだよ」


クリーム色の外壁に、赤い瓦屋根。みっちゃんとみっちゃんの両親、祖父母の三世帯で住んでいる。ちなみにその隣の、黒い瓦屋根の平屋はもともと私が住んでいた家だ。庭の状態や雨戸が閉じっぱなしのところからして、まだ入居者はいないようだ。

私はみっちゃんの家のドアの前に立ち、小さく深呼吸する。

ゆっくりとみっちゃんの家のインターフォンを、深く押し込んだ。じゃないと音がならないからだ。小さい頃はなかなか深く押せなくて、音がならなかった。こんな些細なところでも思い出は溢れ出すから、不思議だ。

ピーンポーン

間抜けな音が響く。前ならここで、ドタドタと家の中を走り回る音が聞こえるのだが‥‥‥家の中からは物音一つしない。


「嘘、帰ってないの?」


みっちゃんの家の車は置いてある。紫夕くんちの車で行ったのか、新幹線で行ったのか。


「どうしよう‥‥‥」


振り返って高城くんの顔を見ると、高城くんは空を見上げていた。私もつられて空を見上げると、一粒、二粒と大粒の雨粒が落ちてくる。やがてだんだんと激しさは増し――バケツをひっくり返したような雨になっていた。

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