第3話

紫夕くんと一緒にやってきたのは、さっきみっちゃんと話をした場所。並んでベンチに腰掛けよう‥‥‥としたら。


「話って何?」


聞き慣れた声が建物の向こうからした。私達は驚いて顔を見合わせると、すぐに立ち上がり、建物の影に隠れた。

曲がってきたのは――お姉ちゃん!?なんで!?お姉ちゃん、今日部活じゃなかったの!?

しかも一緒にいる人が人だったから、私は二度見してしまった。お姉ちゃんの後ろを歩いていたのは――紫夕くんの兄、京吾くん。


「うそ、京吾くんも来てたの?」

「うそだろ、満月さんも来てたのかよ?」


同時に同じようなことを聞いてしまって、紫夕くんの顔を見る。紫夕くんも私の顔を見た。そして――二人して、静かに吹き出してしまった。



話を聞いちゃうのはよくないよねってなって、移動することにした。


「聞くの忘れてたけど、今日、どうして来たの?」


隣の紫夕くんを見上げるようにして見ると、紫夕くんは私を見下ろすように見た。

背、高い。


「旅行?美心のとこと家族ぐるみで」


なるほど、それで京吾くんもいたの。夏休みだしね。


「雪月、この辺に越してきてたんだね」


軽い挨拶はしたけれど、どこに越すとかの話はお母さんたちもしてなかったんだね。私は頭を下げたくらいで、紫夕くんとみっちゃんとは言葉もかわさなかった。それぐらい、気まずかったんだよね。

私達はプールから少し離れた場所にある、食べ物を売っている屋台の近くのベンチまでやってきた。ランチタイムを過ぎたため、かなり静かだ。


「‥‥‥聞いた?」


なにが、とは聞かなかった。わざわざそういうってことは、きっとみっちゃんのことだって、そう思ったから。


「‥‥‥うん」


自分の右手を左手で握りながら、絞り出すようにそれだけ言った。そっか、と紫夕くんは少し笑った。


「雪月は、恋愛なんて、って感じだよね」


うっと言葉に詰まった。言われたことが、ド正論だと、そう思ったから。そうわかったから。


「私はね、できたらずっと、仲のいい幼なじみでいたかった。三人でずっとずっと、毎日、『おはよう』、『また明日ね』って言える関係でいたかった」


私は二人が好きだったことだけでなく――過去を捨てきれないだけなのかもしれない。


未練たらたら。

変化に対応できない。

いつまでも子供。


そうだ、その通りだ。

私は未練たらたらで、変化に対応できなくて、いつまでも子供だ。

そんなこと、わかってるんだよ。

わかってたんだ。そのことに、気が付かない。知らなかった。そうして、小五からの約一年半、生きてきた。そう、苦しかったんだよ、ずっとずっと——。



「俺だって」


はっと顔を上げると、隣の紫夕くんが声を絞り出していた。


「俺だって、三人ずっと、仲良くしていたいって思ってた。でもこんな些細なことで壊れるなんて、思ってもみなかったんだ。美心が俺のこと好きで、俺は雪月のこと好きで、雪月は幼なじみとして美心と俺のことが好きで。だけど俺も美心も、幼なじみという関係を壊そうとしたわけじゃない。‥‥‥そうだろう、美心」


え、と紫夕くんの向いたほうを見ると、バツの悪そうな顔をしたみっちゃんが、屋台の影から出てきた。聞くつもりなかったんだけどね、とそう呟きながら、こちらに歩み寄ってくる。それにつられるように私達はベンチからゆっくりと立ち上がった。


「‥‥‥そうだよ。あたしだって、できることなら三人、ずっと仲良くしていきたかった」


それっきり、私達は何も言えなくなった。はしゃいだ四、五歳くらいの女の子二人と男の子一人が手を繋いで楽しそうに走って通り過ぎた。その三人が、小さな頃の私達に重なって――少し、寂しくなった。ふと紫夕くんとみっちゃんの方を見ると、私と同じように、三人組の背中を見つめている。まるで、過去を見つめるような、優しい瞳で。



「ここから新しく、始めるんだ」



紫夕くんの、強い声。私もみっちゃんも、紫夕くんを見る。


「形は前みたいにきれいな丸じゃなくて、少し、いびつかもしれないけれど」


みっちゃんはそう言いながら、右手を私、左手を紫夕くんに差し出す。


「それが俺たちの『幼なじみ』の形。大きな山を乗り越えた『幼なじみ』の形」


紫夕くんはそう言いながら、左手を私に差し出し、右手でみっちゃんの手を取る。


「一度結んだ絆は‥‥‥何度でも結び直せる‥‥‥」


震えそうなほどにか細い声。胸の奥から絞り出した声。

私はそう言いながら、左手でみっちゃんの、右手で紫夕くんの手を取る。



「今日が俺たちの、リスタートだ」



私はみっちゃんの顔を見た。みっちゃんは私の顔を見る。私は紫夕くんの顔を見た。紫夕くんは私の顔を見る。

――心のわだかまりが、少し緩んだ気がする。ここから少しずつ、丁寧に解いていくんだ。



どれだけいびつな『幼なじみ』の形だとしても、私達は知っている。一度狂ってしまった歯車でも、なにか一つのきっかけでまた回り始めることができる。一度結んだ絆は固く、決してなかったことにはできない。

私、今ならはっきりと言えるよ。蒼ちゃんと世梨ちゃんの、互いを思い合う気持ちが、はっきりとわかる。だって私も、みっちゃんのことが大事。紫夕くんのことが大事。きっと二人も、私と同じ気持ちでいてくれてると思う。



――きっと、その大切な『絆』を教えてくれたのは、他でもないレンなのだ。

レンのおかげでわかったよ、絆の本当の形が。だからね、心の底から言えるよ。レン、ありがとう。

私は大切な『友達』、レンに心の中で話しかけた。

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