第2話

「――久しぶり、雪月」


少し驚いて、気まずそうに笑う紫夕くん。みっちゃんはふいっと視線をそらす。

私はなんだか気まずくて、曖昧な笑顔を見せる。変に緊張して手汗がすごい。


「小夏、誰?」


そんな私達を見て、雰囲気を察したのか、助け船を出すように優しく言う高城くん。


「新潟にいたとき、隣の家に住んでた幼なじみ。大江美心ちゃんと、和田紫夕くん。みっちゃん、紫夕くん。同じ学校の友達、立花蒼ちゃん、山尾世梨ちゃん、高城蓮斗くん、前浜将大くん、浅井 栄介えいすけくん」

どうも、と挨拶を交わす七人。

紫夕くんと高城くんは、お互い冷たい視線を浴びせ続け、雰囲気が悪い。


「よかったらさ、美心ちゃんとしゆーくんも一緒に遊ばね?」


ナ・ン・ダ・ト!

そろそろと声のした方を見ると、いつものチャラついた笑顔を浮かべた前浜くんだった!

私は見てしまった。いたずらっ子のような瞳を、みっちゃんに向けていることに‥‥‥。


(ふ、ふ、ふざけんなああああ!)


私の心の中の叫びも虚しく八人で遊ぶことになってしまったのです‥‥‥。

ふと高城くんの顔をみると、高城くんも私の顔を見ていた。大丈夫か、そんな心配するような瞳の色。私は曖昧に笑い返した。

一波乱の予感がする‥‥‥。



「ゆづ、大丈夫なの?」


流れるプールとやらで浮き輪に捕まって流されている私に声をかけたのは、同じく浮き輪で流されている蒼ちゃん。

世梨ちゃんは貧血気味でプールから上がって休憩中。浅井くんはそれの付き添い(蒼ちゃんが激推ししたのだ)。野球部コンビと紫夕くんはウォータースライダーの長蛇の列へ。みっちゃんは私達と離れて一人、流れている。


「なにがぁ‥‥‥」

「なにがぁってあんた‥‥‥」


だって、大丈夫じゃないこといろいろありすぎてさ‥‥‥。


「大江さんと和田くん。久しぶりに会った幼なじみの割に、再会を喜んでる様子はないし。何かあった?」


一瞬、言葉に詰まった。痛いところ、ついてくるなあ。


「いろいろあって、ね」


曖昧に少し笑う。蒼ちゃんはそれ以上追求してこなかったので少し、救われた。


「雪月ちゃん、ちょっといい?」


私達の後ろを流れていたみっちゃんが、追いついてきたみたいだ。

‥‥‥私も、みっちゃんと話したいことがたくさんあるよ。


「‥‥‥うん」


私はみっちゃんに続いて近くの階段でプールから出る。


「大丈夫?」


小さく蒼ちゃんがそう聞いたけれど、私は少しうなずいただけだった。

荷物の場所に戻ると、世梨ちゃんと浅井くんが笑い合いながら話していた。ここに入るのもあれだったんだけど、浮き輪を持ったまま歩くわけにもいかず、静かに邪魔しないように浮き輪をおいてその場を離れる。

二人は二人の世界にいるようだ、私達に気が付きもしない。なんだ、もう付き合ってるのか?っていうくらい微笑ましい。

私はそんな二人に背を向けて、みっちゃんについて歩いていく。立ち止まったのは、更衣室の近くのベンチ。そこに並んで腰を下ろした。


「「‥‥‥」」


お互いに何も言わない。


『久しぶりに会った幼なじみの割に、再開を喜んでいる様子はないし』


‥‥‥本当にその通りだなって思った。二人の顔を見ても、‥‥‥あまり嬉しくはなくて、気まずいのほうが勝っていた。


「あたし、振られたんだあ」


いきなり話し出したのは、みっちゃんだった。しかも内容が内容だったから、驚いてみっちゃんの顔をまじまじと見てしまった。


「ダメ元だったんだけどね。雪月ちゃんが告られてるのも間近で見てたけど、やっぱりあたし、紫夕くんのこと、諦めきれなかった」


『あたし、こんな事言うのもなんだけど、諦めたくないみたい』


目の前のみっちゃんの決まりの悪そうな笑顔が、あの時の蒼ちゃんの笑顔に重なる。


「みっちゃん‥‥‥」


そう呟くことしかできなかった。私には、わからないから。わかりたくても、わかることができないから。


「雪月ちゃんがいなくなってから、あたし初めて知ったんだ。恋愛感情よりももっと、大切なものがあったんだって」


みっちゃんのその言葉を聞いてやっと、重たかった口を開いた。


「私、ずっとこのまま三人で、仲良くやっていけると思ってた。引っ張ってくれるみっちゃんと、潤滑油の紫夕くんに、マイペースな私。ぶつかることもなかったし、この関係は変わることないって思ってた」


私は少し、昔を思い出す。

みんなで行ったお祭りで、迷子になった私を二人が懸命に探してくれたこと。

忙しかった両親は、大雨の日も帰ることができず、みんなで身を寄せ合ってやむのを待ったこと。

大晦日、こたつに入って年越しそばを食べながら、紅白を見たこと。

入学したばかりの私達の手を、紫夕くんがぎゅっと握って学校に向かったこと。

寒いね寒いねって言いながら、毎年雪だるまを作ったこと――。

全て鮮明に思い出すことができる、『幼なじみの三人』の思い出。


「恋愛感情がなかったら、私達は今でも、仲のいい幼なじみでいられたのかな?」

「‥‥‥」

「私はずっと、三人で仲良くやっていきたかったよ‥‥‥」


目の前のみっちゃんの寂しそうな笑顔が、思い出の中のみっちゃんの笑顔が、歪んで見えた――。



「ゆづちゃん、大丈夫?」


声のした方を向くと、心配したような世梨ちゃんの顔があった。お昼ご飯を食べながら、ぼーっとしてしまっていたみたいだ。


「大丈夫!」


目の前に座る紫夕くんと一瞬、目があったけれど——すぐに視線をそらしてしまった。

気遣うような高城くんの顔を、私は横目で見ていた。



「雪月、ちょっと話せないかな?」


お昼ご飯の後、蒼ちゃんと世梨ちゃんと一緒に、少し空いたらしいウォータースライダーの列に並ぼうと、そそくさと立ち上がった私に声をかけたのは、紫夕くんだった。

二人を見ると、小さくうなずいている。話しておいで。じゃないときっと、後悔する。まるでそう言うように。

私はわかったと言うようにうなずいて、紫夕くんの方を向いた。


「いいよ」


紫夕くんは、思い出の中の紫夕くんと同じ、落ち着いた笑顔で笑っていた。

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