Chapter3

第1話

「ハメを外して九月に大怪我して来るなよー」

「「「ふぁーい」」」


先生の注意を聞いているのか聞いていないのか、みんなの返事は上の空だ。


「また連絡するね」

「うん、バイバイ」


用事があるから、と急いで教室を出ていく蒼ちゃんを見送って、ゆっくりと片付けを始めた。

‥‥‥荷物、多いなあ。もっと考えて持って帰ればよかったあ。

私は通学カバンに加え、大きなカバンを肩にかけて教室を出た。

重たい‥‥‥!しかも外、あっつい‥‥‥。これこそまさに、生き地獄。



「た、ただいま‥‥‥」


夢月の靴がある。小学校はもう下校したのか。


「ふおぉ‥‥‥天国‥‥‥」

「おかえり」


ゆうゆうとエアコンの下で涼んでいる夢月。ちぇ、私が暑い中帰っているとき夢月は涼しいリビングにいたのか‥‥‥。

ピロン

私の携帯が短い通知音を鳴らす。開いてみると、私と蒼ちゃん、世梨ちゃんのグループラインだった。世梨ちゃんは携帯を持っていないらしく、親の携帯なんだそう。


Aoi:7月28日の土曜って暇?


7月28日?私は壁にかけられたカレンダーを見る。

うちは一日のマスを五等分してあって、個々の予定を書き込むようになっている。


父→出張

母→出張

満月→部活(ご飯)

雪月→

夢月→遊ぶ。


予定ないの、私だけだ。ちなみに(ご飯)というのは夕食当番。普段は朝ごはん、昼ごはんは自分で作るようになっているけれど、夏季、冬季休業中は朝昼夜を当番で回す。


ゆづき:暇だよ


そう返すとすぐに返信がくる。


Aoi:男子とか誘ってプール行かない?父の仕事関係で優待券あるんだけど

yamao:男子って?

Aoi:やっぱそこは


と、蒼ちゃんはニヤリと笑うようなスタンプを送る。


Aoi:浅井と高城かなぁ


「え!」


驚いて大きな声が出て、文面を何度も読み返す。

いや、浅井くんはわかるよ。だって世梨ちゃんの好きな人だし。うんうん。

でも待って、なんで高城くん?


yamao:女子三人男子二人は可哀想なので、前浜くんも誘いましょう


キリッとしたクマのスタンプを送る。し、仕返し?

ゆづき:いいですね、そうしましょう


私も仕返しとばかりにキリッとしたスタンプを送る。蒼ちゃんは顔が真っ赤のスタンプを送る。


「雪月、キモい。なんでスマホ見ながらニヤニヤしてんの?」


顔を上げると若干引き気味の夢月がソファーにもたれかかっていた。


「うるさい!女子のラインの邪魔するな」


と、私は手近にあったクッションを、夢月に向かって投げつける‥‥‥が、ノーコンなので、当たらなかった。


Aoi:七月二十八日十時桜坂駅前!

yamao:り


私はカレンダーに『遊びに行く。十時駅前』と書き込む。


ゆづき:了解!

Aoi:@ゆづき 高城に言ってみて

Aoi:@yamao 浅井に言ってみて


「「‥‥‥はあ!?」」


真っ赤になった私と世梨ちゃんの声が、かぶったような気がしたのでした。



「お姉ちゃん、私の水着ってどこ?」


部活に行く前、うだうだと制服でソファーに寝転がっているお姉ちゃんに声をかけると、めんどくさそうに体を起こした。


「水着?」


お姉ちゃんはしぶしぶ起き上がり、和室のふすまを開けた。


「雪月、背高くなったから去年の入らないんじゃない?あたしので良ければ使う?」


と差し出したのは、ワンピース型の淡い青色の水着だった。それも、けっこう可愛いやつ。


「じゃあ、それ借りる」


私はあまり見ず、水着入れに突っ込む。


「たたんで入れなよ。雪月ってけっこう雑だよね」


‥‥‥だって仕方ないじゃん。私これ、似合わないのに持ってくの、けっこう恥ずかしいのよ。お姉ちゃんは可愛いからいいけど。



やってきました、28日土曜日!

駅前にやってくると、先に来ていた高城くんが手を振っている。


「おはよう!」

「おはよ」


今日の高城くんは、半袖短パンというラフな格好をしている。

私はというと。久しぶりのお出かけだと張り切り、タンスの奥から引っ張り出した、ふわっとした淡いピンク色のワンピースに麦わら帽子。お姉ちゃんに借りたサンダルだ。

高城くんの顔を見ると、少し赤い。熱くて熱中症になった?!


「高城くん、顔赤いけど、大丈夫?」


心配して覗き込むようにすると、さっきよりも顔を赤くする。


「だ、大丈夫!!‥‥‥ていうか‥‥‥」


と、言葉を濁す。大丈夫なら、いいか。


「あの‥‥‥」


ん?と高城くんを見ると、頭をかきながら視線を上へ下へさまよわせる。


「か、かわいい」


人のざわめきにかき消されそうなか細い声。でも私には、はっきりと聞こえてしまった!

顔に血が駆け上る。


「お二人さん、顔赤くしてどうしたの?」


と現れたのは、前浜くんと浅井くん。来てくれて本当に助かった!恥ずかしすぎて死ぬとこだった。程なくして、蒼ちゃんと世梨ちゃんの幼なじみコンビが現れ、駅の構内へ。そこで私は、浅井くんの顔が若干赤いのを目撃してしまった。世梨ちゃんへの矢印は、前より太くなった‥‥‥ような気がした。



「うわあ‥‥‥」


私はプールを見て、感嘆の声を漏らす。今更ながら、市民プール以外のプールにやってくるのは初めてかもしれない。


「楽しみだね」


振り返ると、水着に着替えた蒼ちゃんと世梨ちゃんが立っていた。ううっ眩しい!

世梨ちゃんのメガネなしバージョン、初めて見た。


「ゆづ、可愛い水着なのに、ラッシュガード着ちゃうの?」


水着は可愛いけど、私に釣り合わないんだもん。あはは、と笑いながらラッシュガードのジッパーを上げた。


「おまたせー」


そこに現れた男子三人組。

ばばっと視線をそらす世梨ちゃんと浅井くん。プールの中で能力石をつけるわけにはいかないから外してるけど、矢印が見えそうなくらい微笑ましいよ。



「「雪月(ちゃん)!?」」


後ろから、懐かしい二つの声がした。聞きたかった声、会いたかった、大好きな二人。

でも、聞きたくなかった声、会いたくなかった、大好きな二人。そろそろと振り返ると、そこには――やはり。


「――みっちゃん、紫夕くん」


あまり変わらないみっちゃんと、会わなかった一年ちょっとの間にすっかり大人びて、背も高くなった紫夕くん。

私は曖昧に笑うことができず、しばらくその場に立ち尽くしていた。

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