第4話
「みっちゃん、さっき結局ウォータースライダー、乗った?」
「ううん、乗ってない」
男子組と合流するらしい紫夕くんと別れた私達は、蒼ちゃんと世梨ちゃんがいるであろう場所までゆっくりと歩いていた。小さい頃のように、互いの右手と左手をしっかりと繋いで。
「ゆづ!美心ちゃん!」
ウォータースライダーの下で、手を振っているのは、蒼ちゃんと世梨ちゃんだ。どうやら、途中で離れたみっちゃんを心配して待っていたらしい。
「列、大分空いてるね」
五分も待てば滑れそうだ。
「あのさ、雪月ちゃん。一つ聞きたかったんだけど」
「なあに?」
後ろに並ぶみっちゃんに話しかけられ振り返る。
「高城くんと付き合ってるの?」
遠慮する気のない声だった。
しかし驚いたのは私のみで、蒼ちゃんも世梨ちゃんも平然とした顔をしている。
「つつ、つ、付き合って、ないよ??」
うわぁ‥‥‥焦ってるのバレバレだよぉ。
「なんだぁ。高城くん、雪月ちゃんのほうばかり見てる気がしたのは気のせいかぁ」
へっ‥‥‥?高城くんが、私ばかり見てた‥‥‥?
「あれ、自覚なかった?あたし、高城くんは雪月ちゃんのことがす——ごふっ」
「はいっ、そこまでえ!!」
と、突如話に入ってきた蒼ちゃんがみっちゃんの口を手で思い切り塞ぐ。
「美心ちゃん、あんま余計なこと言わないでね。ゆづはまだわかってないから」
蒼ちゃんが力説する横で、大きくうなずいている世梨ちゃん。あの、なんか、若干けなされてる気がするのは気のせいですかね‥‥‥?
「すみません、あたしつい口が滑っちゃうタイプで」
「「隠し事ができないタイプね」」
さすが、言葉が揃った幼なじみ。私はうんうんと何度もうなずく。
良く言えば素直、悪く言えばイノシシ。小さい頃からそんな感じだった、みっちゃんは。
素直で聞き分けが良くて、先生からも信頼されていたけれど、なにかに没頭すると周りが見えなくなって、言われたとおりにしか動けなくなる。イノシシみたいに。
「お次の方、どうぞー」
「あ、じゃああたし先行く」
と、蒼ちゃんは先に滑りに行く。
「次ゆづちゃんで、その次美心ちゃん、最後に私が行くね」
ささっと順番を決めてくれた世梨ちゃん。頼もしい。
「お次の方、どうぞー」
お、私の番だ。
「いってらっしゃーい」
「いってきまーす」
ウォータースライダーって、名前の通り水が流れてるんだね。知らなかった。
「下に着いたらすぐに避けてくださいねーっ」
「は、はぁい‥‥‥」
今更ながら、ちょっと不安になってきた。絶叫系はあんまり得意じゃない。
「ではっ!」
と、係のお姉さんが私の背を優しく押した。
「うっわああ!」
キーンッ!
自業自得。ウォータースライダーって筒状だから、自分の声が頭に響く。
バッシャーンッ
「ごはっ!」
いきなりプールに放り出されて、思い切り水を飲んでしまう。
「げほっ」
うええ。塩素の臭いがする‥‥‥。
「小夏っ?大丈夫!?」
溺れかけた私に声をかけてくれたのは、高城くんだった。私の手をつかんで引き上げてくれる。
「だ、大丈夫、だよ」
乱れた髪をかき分けながら立ち上がる。
よかった、と高城くんは笑う。
「あばばばっ!どいてどいてえ!」
突如、大きな声がした。——スライダーの中から。
そうだっ!?ここ早く避けなきゃなんだっけ!?
「小夏っ!?」
高城くんは私の手を引いて避けようとする——が。
バッシャーン!
三本の水柱が同時に上がった。
一つはスライダーで下ってきたみっちゃんのもの。
もう一つは、水に足を取られてこけてしまった私のもの。
最後の一つは、——私と手を繋いでおり、巻き添えを食らった高城くんのものだ。
「ごはっ!」
うええ。本日二度目の塩素臭い水。
「ごめ、げほっ、ごめん雪月ちゃん!‥‥‥と、高城くん!」
「俺、ついで!?」
一番に立ち上がったみっちゃんの言葉に、即つっこむ高城くん。
「大丈夫、ごめんごめん!」
高城くんに腕を引っ張ってもらいながら立ち上がる。
「‥‥‥で、これで避けなかったら次、山尾来るんだよな?」
「「だね」」
と、私たちはまたも水柱を上げる前に、そそくさと退散。
「おーい!」
と、更衣室の近くで手を振っていたのは蒼ちゃんに前浜くん、浅井くん、紫夕くん。
「ねえ浅井、世梨迎えに行ってあげて?迷ってるかもしれないから」
「こんなすぐ近くで迷うか——」
「「「前浜(くん)は黙ってて!」」」
蒼ちゃんの気遣いを水の泡にしようとする前浜くんには、女子三人の怒りが飛んでくる。
どうせ俺は、どうせといじける彼は、無視しよう。
「‥‥‥いいよ」
彼は少し頬を赤らめ、ウォータースライダーの方に歩いて行った。
『ご遊泳のお客様に、お知らせ申し上げます。午後四時をお知らせします。当プールは、午後五時までとなっております。閉園時間は更衣室がかなり混雑する為、早めの退園をお勧めいたします。以上です。どうぞ、ごゆっくりお楽しみください』
もう四時か。
「良い時間だし、帰ろうか。電車も更衣室も混雑するだろうしね」
「そうだね」
高城くんの言葉に一斉に頷く。
「この間に荷物、取りに行こうか」
高城くんが提案すると、その言葉に蒼ちゃんがめざとく反応。
「ゆづと高城で行って来なよ。あたしたちは世梨を待ってるから」
それを聞いて、くすりと笑ったのはみっちゃんだ。
「‥‥‥行こう、小夏」
「‥‥‥あ」
返事をする間もなく、手を握られ、先立って歩き出した。手を、繋いだままだ。人混みに紛れてあまり目立たないけど、かなり恥ずかしい。
「小夏、プール来たくなかった?」
ふいにそう問った。
「ううん、来たかったよ」
そんなに私、楽しそうじゃなかったのかな?
「‥‥‥なんだか小夏、心から笑ってないような気がしてた。ずっと、ご飯食べる時も」
言葉に詰まってしまった。‥‥‥そうかもしれないなあって、思ったから。みっちゃんと紫夕くんのことが気がかりで、上の空だったかもしれない。
「‥‥‥あのさ」
人混みが途切れ、あたりがしんとしたところで高城くんは立ち止まる。
「なんでも言ってよ」
後ろからでは、どんな顔をしているのかは分からない。
手が、震えた。私の手の震え。そして——高城くんの、手の震えだ。
高城くんは後ろを振り返り、私の顔を見据えた。強い、しっかりした瞳。
「俺は、小夏のこと、友達だと思ってる。まだ信用してもらえないかもしれないけれど、小夏の胸の痛みは全部、知りたい。頼って欲しいんだ、笑っていて欲しいんだ‥‥‥」
高城くんの声は、だんだんと小さくなり、かき消されそうになっていた。
‥‥‥話したい。わかって欲しい。私の悩みを。高城くんになら、きっと、わかってくれる。
私は高城くんの手を、強く握った。
「聞いて欲しい。私の‥‥‥私たち幼なじみのことを」
心を決め、ゆっくりと話し出した。
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