第6話

「小夏、代わるよ。時間」

「‥‥‥ん」


保健室で眠る、蒼ちゃんの傍らに座り、青白い顔を見つめていたら、いつの間にか時間になってしまったみたいだ。手の空いた高城くんが呼びにきて、バトンタッチ。持ち場に戻る。

私がもっと、早く蒼ちゃんの異変に気づいて、保健室を勧めていたら。こんなことにはならなかったのかもしれない‥‥‥!


「――小夏さん?」


はっと顔を上げると、本部になっている、職員室横の生徒会室の前。箱を抱えた山尾さんだった。その横には、同じ箱を二つ抱えた浅井くん。


「ごめん、浅井くん。箱、お願いできる?私、小夏さんと行くから」

「お、わかった」


浅井くんの二つの箱の上に上手にもう一つ箱を乗せると、私の背を押して、歩き出す。


「‥‥‥いいの?」

「なにが?」


私の問うたことが、分かったのか分からなかったのか、それは分からなかった。

浅井くんと一緒にいられるのにいいのか――そう聞いたつもりだったのだが。


「小夏さん。占い、やめる?」


山尾さんは静かにそう問うた。

私は――答えるのに、迷った。首を振りそうになったけれども、コクリとうなずきそうにもなる。


「‥‥‥やめないよ」


たっぷり十秒ほど、間が空いたのだと思う。山尾さんは、私の顔を覗き込んだ。


「‥‥‥こんなこと、今更言うのも何なんだけどね」


山尾さんは私の背を押すのをやめ、隣に並んだ。


「知ってたの。立花さんの調子が悪いこと」

「‥‥‥え」


私はついさっき気がついたのに‥‥‥?

山尾さんの顔を見ると、寂しそうな顔をしていた。


「‥‥‥私たち、幼なじみなんだ。だから‥‥‥言わなくても、わかっちゃった。それに気がついてほしくないことも。私、声かけられなかった。大丈夫って、その一言が。その一言ぐらいかけてあげたら‥‥‥蒼はこんな苦しむことに、ならなかったのかなぁ」


最後の方は、声が震え、涙ぐんでいた。泣きそうだと、その気持ちを隠そうとして、でも、隠しきれない。


「蒼、体が弱かったの。小さい頃。だからね、私蒼のお守り役だったんだ。だけど小学校に上がったら、体も強くなって、小夏さんの知ってる通り、私は陰キャ、蒼は陽キャ。関わらなくなって」


『昔』を思い出すように少し遠い目をするけれど、すぐに現実に戻ってきたように少し笑った。


「小夏さんがいなかったらね、多分蒼と関わること、もう一生なかったかもしれない。でも、『大丈夫?』って声をかける勇気は、私にはない。今も、昔も」


ごめんね、こんな話して、なんて笑ってごまかそうとする山尾さん。私はその場に立ち止まってしまった。


「小夏さん?」


少し先で、山尾さんが振り返る。


「そんなこと、ない」


考える前に、出ていたのはその言葉だった。


「そんなこと、ないよ」


半ば、自分に言い聞かせているようにも聞こえた。


「なれないなら、なればいい。今じゃなくても、これからでも。時間はいくらでもある。私が山尾さんと蒼ちゃんを繋ぎ止める、架け橋になる」


私は山尾さんの顔をまっすぐと見つめた。


「ない、なんて一生いっちゃだめだよ。『言霊』になっちゃうんだから」


私は一歩、山尾さんに近づいた。山尾さんは一歩、後ろに下がった。

怖いのだろうか。


「そんなこと言うの、きっと蒼ちゃんは、望んでないよ。だって蒼ちゃんは、今でも変わらず、山尾さんのことが大好きだから」


山尾さんの瞳から一粒、大きな雫が零れ落ちた。


「私も‥‥‥蒼のことが好きだよ‥‥‥好きだからこんなに悩んでるんだよ‥‥‥」


私は山尾さんの涙の粒を見て、現実味のなくなる、この世界。

私には――わからない。わかりたくても、わからない。羨ましくて、頬を緩ませた。

幼なじみというものを、こんなにもお互いに、想いあったことがないから。



私にも、幼なじみがいた。引っ越す前、新潟に住んでいた頃のことだから、数ヶ月前のことだけど。

名前を、大江おおえ美心みこちゃん、私はみっちゃんと呼んでいた。みっちゃんは私の右隣に住んでいて、反対の左隣に住んでいた、和田わだ紫夕しゆうくんもまた、幼なじみだった。

みっちゃんは同い年、紫夕くんは、私達のひとつ上。

マイペースな私と、リーダータイプのみっちゃん、うまくつなぎになっていた、潤滑油のような紫夕くん。そんな三人だったから、うまくやっていけてたんだと思う。

ときにはお姉ちゃんや夢月、紫夕くんのお兄ちゃんで、お姉ちゃんの幼なじみの京吾くんも巻き込んで、大騒動を起こしたこともあったっけ。

みっちゃんは、どちらかというと蒼ちゃんに近い感じ。少々強引なところはあったけれど、どこか憎めない。

紫夕くんは、年齢の割に落ち着きがあり、上級生、下級生からも憧れの存在。そして、私やみっちゃんにとっては、優しいお兄ちゃんのような存在だった。



長い影が、二つ並んだ通学路。その日は何があったのかは覚えていないけれど、とりあえず紫夕くんはおらず、みっちゃんと二人だった。


「あたしね、紫夕くんのこと、好きかもしれない」


そう言ったみっちゃんは、頬を赤く染め、『女の子』の顔をしていた。私は恋愛に疎くて、好きとかそういうことがわかっていなかった。だからみっちゃんすごいなあなんて感心したものの、なんて言っていいのかすら、わからなかった。

反応が一コンマ遅れ、みっちゃんは不安そうに私の顔を見つめていた。


「が、がんばっ‥‥‥て‥‥‥?」


そういうことしかできなかった。そういったことが正解なのかすらもわからない。

みっちゃんは、ああ‥‥‥うん、と薄い反応で、言葉を選び間違えたかななんて、気にしていた。今でも。

――その頃からだった。私たち幼なじみの、歯車が狂い始めたのは。

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