第5話

やってきた、七月某日土曜日、夏休みに入る直前の本日。桜坂中学校文化祭である。


「む、無理だよお‥‥‥助けて‥‥‥」


私は涙が溢れそうになりながら、隣に立つ蒼ちゃん(って、立花さんに呼んでと言われた)に話しかける。


「頑張れー」


返ってきたのは、なかなかの棒読み。ん?と蒼ちゃんを見ると――目が死んでる!?

そういえば、蒼ちゃん、受付係を任されてた!?き、緊張‥‥‥?


「あ、蒼ちゃーん?」


ひらひらと顔の前で手をふると、はっと我に返ったようだ。


「二人とも、かなり顔が死んでるけど、大丈夫?」


『クラス委員』という腕章が眩しい。山尾さんだ。


「だ、大丈夫、少なくともゆづよりは」

「ひ、ひどい!蒼ちゃんよりはマシだよ!」

「どっこいどっこいだよ」


蒼ちゃんと私に突っ込む山尾さん。なんだかおかしくて、少し吹き出してしまう。

――ゆづ。その呼び方を聞いて、胸がくすぐったいような、あったかいような、ホッとする。嬉しい。


「じゃあそろそろ開店だけど、準備オッケ?」

「「うん!」」


三人で笑ったおかげで、少し心が軽くなる。頑張れる気がする。


「『占いの館〜雪月花〜』成功させるぞー!」

「「「「「おーーーー!」」」」」


高城くんの声に、クラス全員が拳を突き上げる。私もつられて拳を上げる。

よし、頑張るぞ。私は衣装である黒いポンチョの上から、能力石を握りしめた。



「この人なんですけど‥‥‥」


一番始めの客――二年生の女子が指差したのは、三年生の――。


「あ」


私は小さく声を上げてしまった。それが――いつかの新谷先輩だったから。そして、新谷先輩から、細い矢印が伸びていた。

――笹木先輩に向かって。

あちゃー、と心のなかで呟く。女子の顔は、真剣そのものだ。

残念ながら、と言いそうになったとき、この前――雨の日のことを思い出す。あの日、新谷先輩の矢印は見えなかった。しかもまだ、細い矢印だった。ってことはつまり‥‥‥。


「まだ、チャンスはあると思います」


そう言うと、ぱあっと表情を明るくする。


「彼とのつながりは、部活動ですか?」

「そうです。あたし、サッカー部のマネージャーしてて」


サッカー部か。なら差し入れとか、ベタかなあ。なんせ恋愛経験ゼロだから。


「そっか、差し入れとか!」


私じゃない声。


「あ、あのぉ‥‥‥?」


声を上げたのは、女子の方だった。

いくらなんでもベタすぎないかと言いそうになる。でも、光の宿った瞳を見ると、喉ででかけたその言葉は、止まってしまった。


「ゆっくり、自分のペースで急がずに、頑張ってください。――貴方の恋が叶いますように」


そう言うと、女子は嬉しそうにありがとう、と頬を赤く染めて呟き、部屋を出ていった。



それからは客は途切れることなくひっきりなしにやってきた。

お昼休みしていいよと言われたときに少し喜んでしまったのは、内緒だ。

蒼ちゃんも午前の当番が終わり、午後からは暇だというので一緒にお昼を食べることにした。ちなみに、お昼休みの一時間が終われば、私はまた持ち場に戻らなければいけない。私と演劇部、クラス委員以外は呼び込み・受付・誘導に分けられていて、当番制になっているらしい。


「一時間って、あんまり時間ないね」

「だね。とりあえず私、お腹すいたから、食べ物フロアに行きたい」


文化祭のパンフレットを見ながら階段を登る。

‥‥‥あれ。

私は感じた違和感を確かめようと、蒼ちゃんの顔を二度見してしまう。すると目があって、ん?と首をかしげられてしまったので、視線を前に戻した。

いつもより、なんだか蒼ちゃんの顔が、青白く見えた。


「3−2はうどん屋さんか。本格的ね、麺から作るみたいよ」


蒼ちゃんが指差す方を慌てて見ると、ホントだ。手作り麺という看板を掲げている。

ぐうう〜と腹の虫が鳴き出す。


「うどんにする?」

「そうね。あたしもお腹すいた」


連れ立って3−2に入ると、ランチタイムを外したためか、かなり空いている。メニューは割と少ない。程なくしてやってきた、板前風の格好をした男子がお冷を持ってやってきた。


「ご注文は?」

「あたし、かけうどん」

「私は‥‥‥きつねうどんで」


かけうどんかあ。美味しそう。


「かしこまりました」


そう言って厨房側に向かう。

‥‥‥ん、待てよ。今の人‥‥‥新谷先輩じゃない!?

あの人に関する相談の数、エグかった気がするな!?その度に私、チャンスあるとか言ったけど。彼女いないのは一番最初の女子に聞いてたし。


「あの人、カッコいいねえ」

「え!?」


ちょうど新谷先輩のことを考えていたせいで、過敏に反応してしまった。そのせいで蒼ちゃんに含みのある笑いをされたのは、皆さんもおわかりだろう。


「蒼ちゃん、前浜くん一筋じゃないの?」


なんとなく聞かれちゃいけない気がして、少し声を潜めて問う。


「まあ、そうだけどさあ。アイドルと一緒の感覚だよ」


‥‥‥んー‥‥‥私にはわからないや。


「かけうどんと、きつねうどんです」

「どうも」


急にやってきたうどんと新谷先輩に驚く私と、普通に答える蒼ちゃん。差がすごい。男子なれしてるって、羨ましいぜ。


「「いただきます」」


ホカホカと湯気を立てるうどん。


「ん!美味しい!」


中学生とは思えない旨さだ。こんなの作れる中学生っているんだ。


「あのさ、さっきの話の続きなんだけど」


蒼ちゃんはズズッと麺をすすりながら、横の髪を耳にかけた。そんな小さな仕草さえもキレイで、少しドキリとする。


「前浜のこと、あきらめたくないんだけどさ」


蒼ちゃんは箸を止め、自身の細い指を見つめている。


「あたし――なんだか疲れちゃったみたい」


蒼ちゃんは静かに目を伏せ、その場に突っ伏してしまった。白い頬が、青白く見える。苦しそうに顔を歪ませている。


「蒼ちゃん!?」


異変に気がついた新谷先輩たちがこちらの駆け寄ってくるのを、目の端で見ていた。

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