第4話

(レン、ちょっといいかな)

(‥‥‥なに)


少し不機嫌そうなレンの声。その中に少し、親しみが込められているような、そんな気がして、頬が緩む。



一度結んだ絆は、何度だって結び直せる。そのことを知った。



(私、占いするの、知ってるでしょ?)

(『占いの館〜雪月花〜』でしょう。知ってるわ)

(そう。‥‥‥それで一つ聞きたいんだけど。なにか好きな人を見る『条件』ってあるの?)


レンは一瞬黙った。

そして少しして、え、と言う。


(知りたいの?)

(あるの?)

(‥‥‥あるにはある、けど)


レンはなんだか言いにくそうに言葉を濁す。


(‥‥‥自分の好きな人の好きな人は、見ることができないのよ)


私の好きな人の‥‥‥好きな人?

ふと、高城くんを思い出した。

いやいやいや、待て待て。違う違う違う。高城くんはお友達!仲のいい、私の秘密を知っているお友達!そんなんじゃない、絶対。うんうん。

‥‥‥そう考えるにつれて、だんだん言い訳しているような気持ちになる。


(雪月、貴方高城って人のこと考えてるでしょ)

(考えてない!)


私の心の隅から隅までを見透かされたような気がして、なんだか胸がひやりとした。

でも、あれ、と少し首を傾げ――クスリと小さく笑った。私の覚えている限りでは、レンは初めて私の名前を呼んでくれたから。



「小夏、話があるんだ」


放課後、話しかけてきたのは前浜くんだった。きっとあのことだろう。そう察した私は、首飾りをとった。

きちんと自分の気持ちを伝えようとしてくれているであろう相手の気持ちを、知ってしまうのはよくない‥‥‥なんて、今更だけど。これをつけていたら、自分の好きな人もわかってしまいそうで嫌だった。

前浜くんについて教室を出る。渡り廊下で旧校舎――現在はクラブハウスとして利用されている――まで来た。

あまり人っていないんだな。なんて、のんきなことを考えながらゆっくりと歩く。ここに来るのは久しぶりだ。多分――仮入部期間に一度来たきり。


「このへんでいっか」


前浜くんはそう呟くと、立ち止まった。私もつられて立ち止まる。


「一ヶ月ちょっと経った。前みたいに強引なことはしないよ。伝えたいことがあるんだ」


前浜くんは振り返ると、少し熱を持った瞳に私を映す。なかなか見せることのない真面目な顔。‥‥‥何度か見たことはあるが。


「一ヶ月前、俺に興味の持たない女子なんて珍しいなって思って面白いなって思った。それから小夏に関わるようになって、小夏と時間を多く過ごすようになって。惹かせたいって思ってたはずなのに、気がついたら俺が、小夏に惹かれてた」


へへっと照れ隠しみたいに頭をかいた。

ほうっと一度息を吐ききると、大きく息を吸い、ニコリと笑った。



「俺は、小夏のことが好きだ。俺のこと好きじゃないってことぐらい知ってるけど。でも、できることなら俺と、一緒にいてほしい」



前浜くんの笑顔が、窓から入り込んだ西日に照らされる。ああ、キレイだな、カッコいいな。そう思わせられるようだ。でも――。



「――ごめんなさい」


私が発したのは、その一言だった。続きの言葉は一つも出てこない。


「‥‥‥だよね」


前浜くんはゆるゆると視線を下げ、気がついたらお互いに、自分の足元を見つめていた。


「立花さんと仲たがいしてるとか、そういうんじゃないよ」


やっと出てきたのは、その一言だった。


「‥‥‥うん」


前浜くんはピクリとして、顔を上げた。


「本気でそう言ってくれているのに、私はそれと同等の気持ちを抱くことはできない。それでも付き合うのは、迷惑だと思う。前浜くんにも、‥‥‥立花さんにも」


最後の方は、声がかすれて音にならなかった。けれど前浜くんは声を出さず、こくりとうなずいた。ように見えた。

私は前浜くんの顔を見て、言おうとした言葉を押し留めた。傷を広げてしまうかもしれない。そんな不安が胸をよぎる。

私は何も言わず、前浜くんに背を向けるとその場をあとにしようとする。――と。


「‥‥‥立花さん」


腕を組んで柱の陰に立っていたのは、他でもない、立花さんだった。

悲しいような、悔しいような、複雑な瞳の色。

なんとも言えずに、口を開いたり閉じたりを永遠繰り返す。


「‥‥‥悪かったわ」


立花さんが放ったのは、予想できなかった一言だった。なんのことだろうと、記憶を遡らせていると、しびれを切らした立花さんが声を荒げる。


「あのときのことよ!ほら、靴箱とか、机とか、物差しとか!」


ああ、とやっと理解した私はがってんと手を打つ。


「‥‥‥あたし、こんな事言うのも何だけど、諦めたくないみたい」


くすっと笑いながら言う。キレイだなあ。唐突にそう思った。立花さんだからっていうわけじゃない。恋する女の子って、すごいなって思った。


「実はね、前浜が女ったらしってことくらい、あたし知ってるんだよ」

「‥‥‥へ?」


突然の一言に、私はポカン。ずっと悩んでたのはなんだったの!?


「じゃないと前浜一筋なんて、やってけないよ。小学校の頃から有名だったし。‥‥‥『前浜くんはやめたほうがいい』って小夏さん言ったけど、この事を言いたかったんでしょ」


私は控えめにうなずいた。


「‥‥‥どうせまただろうなあって思ったけど、ついさっきまで占ってもらってたのに、詰め寄られて、羨ましいって思ったのが四割、‥‥‥最近いろいろうまく行かなくって八つ当たりしちゃったのが六割」


てへっとおどける姿さえも、とてもかわいく見える。


「水に流して、なんてことは言わないから。とりあえず謝らないとね。‥‥‥ごめんなさい、小夏さん」


彼女は頭を下げたまま、微動だにしない。私はおどおど、どうしようかと焦る。


「えっ‥‥‥‥‥‥とぉ‥‥‥‥‥‥」


私がやっと上げたのはその一言。

立花さんはそれを聞いて何が起こったのか、そのまま体を半分におって、倒れ込んだ。


「な、なに!?だ、大丈夫!?」


私は立花さんのそばにしゃがんで顔を覗き込もうとする――っと。

わ、笑ってる!?


「ははは!あっはっは!」


ドツボにはまったのか、目に涙を溜めている。


「お、おかしい、小夏さんっ、気に入った!や、やばい‥‥‥っ!」


ヒーヒー言いながら、涙を拭う。そんなにおかしい!?



‥‥‥私は、噂に左右されているわけではないけど、少し、心のどこかで彼女と距離をおいていた部分があったのかもしれない。けれども今の彼女を見たら、噂なんて間違いなんだって、強く言える。そんな子じゃないって、はっきり言える。

だってこんなにも、人の心を明るく照らすことができるのだから――。

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