第3話
「待ってよ‥‥‥」
肩で息をしながら立花さんを追いかけるけれど、どこに消えたのだろう。見失ってしまった。自分の運動神経と体力の無さを恨む。
立花さんは泣いていた。きっと中心人物の彼女は、誰にも泣き顔を見られたくないだろう。
誰も来ない場所‥‥‥。
はっと思いついて、そこに向かって走り出した。生徒たちの群れをどんどん追い越し、しまいには誰もいなくなった。
「‥‥‥立花さん」
あたりだ。屋上へ続く階段。そこは、私の
「なんで来るのよ‥‥‥」
ここに来ることを予想できなかったのだろう。陰キャをなめないでもらいたい。
泣いたように震える声を落ち着かせるように、唇を噛むが、その唇はわなわなと震えている。
——ああ、彼女も怖いのだ、きっと。嫌われることが、とてつもなく怖いのだ。他でもない、好意を寄せる相手に。
あのときの前浜くんの、笑っていない瞳を思い出す。いつもニコニコ、人懐っこい笑みを絶やすことない前浜くんからは想像できない表情。彼女は見たことがなかったのだろう。
私だって耐えられない。好意を寄せる相手には、嫌われたくない。
‥‥‥‥‥‥ん、待てよ。今私、相手を高城くんで想像してなかった?
ないないない。ないない。
いやそりゃ、高城くんは優しいしかっこいいよ?いい人だとは思うよ?でもさ、私とは住んでる世界が違うじゃん。私陰キャ、高城くん陽キャ、みたいな。
前浜くんが最近、変なこというから意識しちゃったじゃん。
「言えばいいじゃない、先生にも、高城にも、前浜にも、山尾さんにも!‥‥‥三人は察したんだろうけど、さ。はっきりとあんたの口からいいなさいよ!いじめられてるって!言えば!?」
ずずっと鼻をすすり、立花さんは目元をこすった。真っ赤に腫れた瞳は諦めたような、そんな色をしていた。
「言わないよ」
すんなりとその言葉が出てきた。
「私は、言わない」
可哀想だからなんかじゃない。彼女を悪者にして、なんてそんなこと、私はしたくなかった。
「‥‥‥友情ゴッコなんて、ごめんよ」
ふん、と私から顔を背けるが、なんだかホッとしたような、そんな感じがした。
「私はね、立花さんと前浜くんが付き会えたらいいなって、ホントに思ってるよ。それは今でも変わらない。ホントだよ」
立花さんの方を見ないで、下を見つめながら話しかけ、ゆっくりと階段を降りた。
ふと、胸元から能力石を取り出すと——心なしか少し、前より黒ずみが薄くなり、ピンク色に輝いて見えた。
教室に戻ると、あの紙切れを拾っていた山尾さんが立ち上がった。それを合図とするように、物差しをくっつけようと試行錯誤していた高城くん、何をしようかとあたふたしていた前浜くんが、こちらを向いた。
三人ともゆっくり私の方に歩いてくるが、何も言わない。私も、何も言わない。
「俺らは、どうしたらいい?」
最初に口を開いたのは、高城くんだった。
「‥‥‥私は多分、クラス委員として、いじめを見逃すのは良くないんだろうけど。でも本人がいいって言うなら、私はそれを尊重する」
次に口を開いたのは、山尾さん。
「もめた元凶、俺だよな。それは申し訳なかった。でも俺も人間だし。‥‥‥いや、言い訳とか本当にそういうんじゃなくて。好き嫌いはあるし。‥‥‥いや、立花が嫌いってわけじゃなくてね!?」
最後に口を開いた、前浜くん。
いつもとは違って真面目そうに話そうとするのに、話せば話すほど言い訳っぽく聞こえるのはどうしてだろう。なんだかおかしく見えて、吹き出してしまった。
「人が真面目に話してるのに、笑うってひどいよぉ、小夏〜!」
前浜くんはやっといつも通り、明るい笑顔を見せる。
でも、分かったんだ。心配してくれた前浜くんはわざと、おちゃらけたように見せていたこと。バレバレだったけれど、その心が、嬉しかった。
ふと、高城くんの顔を見ると、なんだか少し寂しそうな、難しい顔をしていた。そして、
「前浜、話がある」
そう強く、言い切った。
「待ってたよ」
ニヤリと少し、でも優しく笑ったように見えた。
二人が何を話すのか、私は知らない。
一緒にお弁当、食べよう。そう言ってくれたのは山尾さんだった。いつも一人で、参考書とにらめっこしている彼女からのお誘いに少し驚きつつも、すごく嬉しかった。
次、理科だね
うん
課題終わった?
まだ。でも提出はまだ先だよね?
うん
たわいのない話。会話よりも、沈黙の時間のほうが多かったと思う。普段は、あまり仲良くない誰かと話すことが息苦しくて、いたたまれない気持ちになることが多い。だけど、何故だか山尾さんなら、心が落ち着いて、温かくて、安心する。ここにいていいんだって思える。そんな不思議な感覚がする。
「私、聞きたいことがあるの」
私はおにぎりにかぶりつきながら山尾さんを見る。いつも通りのポーカーフェイス。彼女は一口唐揚げをかじった。
「高城くんと前浜くん、小夏さんが付き合ってるのはどっちなの?」
「ゴフッ」
いきなりの爆弾発言に、米粒が喉に詰まりそうになる。私は慌ててお茶で流し込んだ。
「ゲホッゲホッ‥‥‥な、なに‥‥‥なんで‥‥‥」
私は胸を叩きながら涙の滲んだ目元を拭う。
「だって。高城くんと前浜くんのあの顔、完全に恋に落ちてますって感じだったけど」
至って真面目な顔をして淡々と告げる。自分が爆弾発言している自覚はないようだ。天然だ。
顔が熱を持つのがわかる。
「まあ、いいや。私恋愛には、興味ないし」
そう言ってお弁当箱の唐揚げに視線を戻す。私はそんな彼女を見て少し、微笑んだ。
――彼女から真っ直ぐ、同じクラス委員の浅井くんへと、太い矢印が伸びていたから。
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