第2話
「雪月、あんた文化祭で占いするんだって!?」
夜九時。お姉ちゃんがバンッと私の部屋のドアを開ける。
「‥‥‥なんで知ってるの?」
私、何も言ってないはず。
「これこれ」
あ、学級通信。
『うちのクラスでは、占いのできる小夏雪月さんの恋愛占い、『占いの館〜雪月花〜』に決定しました!』
なるほどね。‥‥‥て、あれ。え!?
「私、ファイルに入れてたよね!?なに、勝手にあさったの!?」
「あさってないよぅ!!ダイニングテーブルに雪月のファイルが置いてあったから避けようとしたら、プリント全部出しちゃっただけ!」
わざとじゃない、許して!と、必死に言い訳するお姉ちゃん。
「まあいいけど。‥‥‥お母さんとお父さんと夢月は知ってるの?」
「俺は知ってる」
「「わ!!」」
ひょこりと顔を出したのは、夢月だ。
「お姉ちゃん、言ったの!?」
「言ってない、言ってない!」
お姉ちゃんは全否定。
「うん、言ってなかった。ただ、満月の声はでかい」
なるほど。お姉ちゃんの叫び声で‥‥‥。
「まあ多分、母さんと父さんは知らないと思う」
「あたしは言ってないから!!」
夢月の言葉にお姉ちゃんは大きく頷いた。
「たっだいまー!」
ガチャン!とハイテンションで玄関の扉が開いた。この声はきっと、お母さんだ。
「と、とにかく、言わないでね、どっちにも!」
「言わない!」
「言わねえよ」
いやー、夢月はともかく、お姉ちゃんは言いそうだなぁ。
「なーに、三兄弟、雪月の部屋に集合?」
ひょこっと顔を出したのは、やはりお母さんだ。その後ろからお父さんが顔を出す。
「おかえり、久しぶり」
「久しぶりー!」
お母さんは、いつにも増してハイテンションだ。
いつも二人は帰って来るのが遅く、十二時を回ることがほとんど。朝も早く出るから、会うことはほとんどなかった。私たち三人とも、寝るの早いからね。
「珍しいね。夜ご飯、夢月のカレーだよ」
「やった!カレーだ!」
お母さんは、カレー、カレー、とコールしながらリビングに向かった。
「珍しいね、こんな時間に帰ってくるなんて」
お姉ちゃんとお父さんは、ハイテンションのお母さんを追いかけ、残ったのは私と夢月だけ。
「だな」
シン‥‥‥と静まり返るその場。き、気まずい。我が弟ながら、すごい気まずい。早く出て行ってよ‥‥‥。
「大丈夫なのか、占いとか」
「ふへ?」
急に話しかけられたのとその内容が驚きで、間抜けな声を上げてしまう。
「最近雪月、なんか変。前は男子とか家に来ることなかったし、あんな迫られること無かったろ。雪月が」
‥‥‥ん?微妙にディスられてる?
「超能力とか、言わなそうな顔してるし」
「どういう意味」
やっぱディスられてるよね?
「満月とか俺とかと違って、真面目って意味。多分いい意味」
うんうん、と頷きながら勝手に私のベッドに腰掛けた。
「満月が『超能力〜』とか言うならまだうんうんって感じだったし。まずまず男子が家に訪ねてくる時点でおかしいって思った。ここ越してくる前は、人見知りで幼なじみ以外の男子どころか、女子すらあんま連れて来なかったじゃん」
よく知っていらっしゃる。さすが夢月。
「‥‥‥なんかあったらすぐ言えよ。とりあえず前浜は、危ないと思う。高城はまだ大丈夫だとは思うけど」
よいしょと立ち上がり部屋を出ようとする。
「‥‥‥あんま男子って生き物を信用すんなよ」
意味深なことを呟いて、私の部屋のドアを閉めた。
『最近雪月、なんか変』
『‥‥‥なんか隠してるよね、小夏』
さっきの夢月の言葉と、この間の高城くんの言葉が重なる。胸元から能力石を取り出した。相変わらず、黒色に染まっていた。
バサァ‥‥‥
「‥‥‥っ」
『二股なんてサイテー』
『前浜に近づくな』
『キモい』
『高城と仲良くしすぎ』‥‥‥
目を瞑りたくなるような内容のものばかり書かれている。
靴箱の中に入っていた紙切れを全て下に落とし、上靴を取ると何事もなかったかのように扉を閉めた。
私が捨てる必要、ない、よね。
教室に入って、目を疑った。私の机がなぎ倒されている。机の中に入っていたはずのノートや色鉛筆、美術で使う長い物差しに至っては——真っ二つに折られていた。
登校していた何人かのクラスメイトたちは遠巻きに見つめるだけ。この中には誰一人、私の味方はいない。そう感じ取った。
——悔しかった。嫌だ、こんなの嫌。そう感じるだけ。口に出して言えない自分が、一番嫌いだった。
「うわ、なんだよこれ」
後ろのドアから聞こえた、場に合わぬ明るい声。
「高城くん‥‥‥」
高城くんは荷物をその場におろすと無言で私の机を戻す。
「お前と同じ考えなのは気に食わないけど」
へっと笑う、明るい声。
「前浜くん‥‥‥」
よかった、心の底からそう思った。この二人は、この二人だけは、今、私の味方でいてくれてる。そのことが一番、うれしかった。心の支えとなっていた。
私は足元に落ちていた物差しの片方を手に取った。
「小夏さん」
声をかけられた方を見ると、登校してきたばかりの山尾さんが、もう片方の物差しをん、と差し出してくれた。
「‥‥‥ありがとう」
心が、ほっこりと温かくなって、ふっと笑みが漏れた。
「——あっれー、これ、全部小夏さんのでしょー?公共の場に散らばしておくのって良くないよ、ね‥‥‥」
立花さんだった。腕いっぱいに私の靴箱に入っていた紙切れを抱えている。
——やはり犯人は、彼女だったのか。
立花さんは私の周りに立っている高城くん、前浜くん、山尾さんを見比べて、貼り付けていた笑顔が固まった。バサァ‥‥‥と紙切れをその場にばら撒いてしまう。
「やっぱりだったか」
高城くんが、低い声で言った。怒っているようだ。
「またもお前と一緒で気に食わないけど。やっぱだったんだね」
前浜くんは、珍しく怒ったような声を出した。
山尾さんは二人に賛同するように一度、深く頷いた。
立花さんは唇を噛み締める。——と、回れ右をして、駆け出した。
「待って!」
私は立花さんの背を追いかけ、教室を出た。
私の見間違えでなければ——立花さんの頰は、涙で濡れていた。
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