Chapter2

第1話

「はあ‥‥‥」


黒ずんだ能力石は、私の胸元にある。


(お願い、レン。応えて)

(‥‥‥)


レンは、あれから何も言ってくれなくなってしまった。


「そうだ、高城くんに‥‥‥」


ラインアプリを開き、メッセージを入力する。


『能力石が黒ずんでしまって…

どうしたらいいか、わかりますか』


送信ボタンををタップしようとして‥‥‥その指を止めた。そのまま携帯の電源を切る。

決めたじゃない。

自分一人で乗り越えるって。

自分が決めた道なのだからって。



「おはよ、小夏」

「あ、おはよ」


段々と日常になり始めた前浜くん。立花さんたちの視線は痛いけれど。なれてしまえばそんなに気にならない。‥‥‥なれたくなかった、けどね。


「おはよう、小夏」

「おはよ、う」


高城くんには少し、ぎこちなくなってしまう。隠し事をしているみたいだ(いや、してるのか?)。



「――逃げるの?」


後ろからかけられる、女子の声。

昼休みのことだった。いつものように屋上へ続く階段へ向かおうとしたところ。

テストは明日から始まるため、クラスのギスギスした雰囲気が居づらい。しかもそれだけじゃない。立花さんのグルーブの陰口も聞こえるから、さらに居づらい。本当は高城くんの邪魔したくないけれど、「いいよ」って言ってくれているから。その言葉に甘えるのは良くないってわかってるけど。


「‥‥‥うん、そうだね。そうかもしれない」


それだけ小さく呟くと、手に持ったお弁当を持ち直し、速歩きで教室を出た。


「‥‥‥なんなの、あの子」


悔しさを含んだような声が後ろから聞こえたけれど、追いかけては来なかった。



「はじめ」


試験監督――担任、引地先生の声が重々しく教室に響く。

バサリと一斉に紙をめくる音。きっと大丈夫、私も、高城くんも。



「やめ」


解答用紙を回収されていく。私はそっと高城くんの顔を盗み見た。高城くんも、私の顔を見る。少し疲れているけれど、やりきった!っていう顔をしていた。ふふ、とお互いに笑いあった。



「どうだった?」


私は、屋上の階段に座っていた高城くんの座っているひとつ下の段に腰掛けた。先程返却された前期中間試験の成績表とにらめっこしている。


「多分大丈夫だと思う。これならじいちゃんも納得してくれる」


安心したような、疲れたような、そんなふうに笑った。


「教えてくれてありがと、小夏」


私の顔を覗き込むようにして見る。目が合うと、顔がほてる。恥ずかしくて顔を背けてしまう。

何!?顔、近いよ!?顔が赤いの、バレてないよね!?


「‥‥‥なんか隠してるよね、小夏」

「‥‥‥え」


私は驚いて、高城くんの顔に視線を戻してしまう。


「やっぱ、図星か」


高城くんは寂しそうに視線をそらす。


「何でも言って欲しかった。‥‥‥小夏にとって前浜より、俺のほうが近い存在だと、そう思ってたのに」


高城くんはそう言い残すと振り返ることなく、階段を降りていった。


「‥‥‥高城くん」


私の小さな呼びかけは、誰に届くこともなく、その場にこだました。

すっかり冷えてしまったお弁当を開けることなく、私はしばらく座り込んでいた。



今日の学活は文化祭の準備時間に当てられている。


「小夏さん、文化祭のポスター作りたいんだけど、占いの条件ってある?」


山尾さんだった。いつものポーカーフェイスを崩さず淡々と言う。眼鏡がキラリと光った。


「あ、‥‥‥意中の相手の写真があれば、大丈夫。この学校の生徒なら、全校写真私が用意するし、他校とかであれば、持ってきてほしい、かな」


その相手を私が知らなくても、写真を見れば矢印を見ることができる。

でも今は‥‥‥。


「そう。この学校の生徒ではない場合は写真が必要、って書いておくわね」

「うん、お願い」


私は山尾さんが席に帰ったことを確認すると、教室を見渡した。

教室に散りばめられているピンクの矢印は、細い。ふにゃふにゃしていて、頼りない。

胸元から能力石を取り出す。


(お願い、お願い。応えてよ、レン)

(‥‥‥)


必死に願うが、一言も発してはくれない。

ピンク色だったはずの能力石は、段々と黒ずんできている。もう綺麗なピンク色ではない。


(貴方は、わたくしたちとの約束を破ったのよ)


綺麗なソプラノの声が聞こえた。澄んでいて、でも凛とした、大人の声。

久しぶりに聞いた、レンの声だった。


(わたくしは、貴方を許さない‥‥‥絶対に)


レンの声は、怒りで震えていた。それっきりレンは、何も言わなかった。


「小夏」

「わ‥‥‥!」


前浜くんに話しかけられ、びっくりする。前浜くんは私の顔を覗き込むようにしていた。


「どうした、の」

「いや、看板できたから見てもらおうと思って」


前浜くんが指差す方を見ると、五、六人の男女が固まってこちらを見ている。


「行くね」


私は立ち上がり、そちらに行く。


「すごい、キレイ‥‥‥」


思わずそう呟いていた。

雪と月と花が、淡い色合いで描かれている。『占いの館〜雪月花〜』という文字も、上手い。ああ、絵が好きなんだなあっていうのがはっきりと伝わってくるような絵だ。


「だろ。さっすが美術部の浅井!」

「え、浅井って美術部員だったの!?意外なんですけど!」

「笹木、超失礼――」


みんながワイワイとにぎやかに話している間、私はその絵に見入っていた。まるで初めてレンに出会ったときのように。


「あの、気に入って、くれた‥‥‥?」


黙ったままの私を見て、心配になった浅井くんが声をかける。


「すごくいい、と思います‥‥‥!」


浅井くんは安心したように目尻を下げ、よかったと呟いた。

こんな素晴らしい看板があるのに。私はきちんと占いができるのかな‥‥‥。



『過去、能力石に見放され、力を失い、また、命もを失った人がいた』、あの日の高城くんの真剣な言葉が蘇る。

同じことを起こしたくない、けど。‥‥‥きっと私がそうなってしまうのも、時間の問題だ、よね。

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