第8話
「小夏、一緒に移動教室行こうぜ」
「小夏、そのノート、半分持つよ」
「小夏、また明日ね」
宣戦布告(?)から約一週間。毎日小夏、小夏、小夏‥‥‥。頭がおかしくなりそうなくらい、前浜くんは私の名前を呼ぶ。そのせいで、立花さんから冷たい目で見られるようになってしまった。これじゃ、恋愛占いどころじゃない。
立花さんだけではない。その他にも何人もの人の反感を買っているようだ。
前浜くんから私に向かっての矢印が、段々と見え始めてしまった。
最近になってわかるようになったことだ。
想いの大きさによって、矢印の太さは異なる。気になり始めた、程度だと細い矢印。好きという想いが強ければ強いほど、その矢印は太くなる。
当然、立花さんから前浜くんへの矢印は、太い。
「小夏さん、文化祭の準備はできてる?」
もう一人のクラス委員、
「あ、うん。大丈夫」
占うのに準備も何も、ないしね。
「中間テストが終わったら、本格的に準備できるようになるから。よろしくね」
「うん」
あ、そっか。テストのこと‥‥‥すっかり忘れてた。
前期中間テストが迫って来る‥‥‥やだなぁ。
「小夏、ここ教えて」
「‥‥‥」
前浜くんが問題集片手に、お弁当を食べる私の席にやってきたのを見て、静かに席を立った。
「なに、いい気になってるんだろうね」
後ろの席でボソリと呟くような声が聞こえた。立花さんだ。
私は気にしないように歩みを進め、立花さんの前を通り、教室を出て右に曲がる。なるべく気にしないように、ゆっくり、ゆっくりと屋上へ続く階段まで行く。
そこには先客がいた。
「高城くん」
高城くんは階段に腰掛け、教科書を片手に大きなおにぎりを頬張っていた。
私が今日、珍しく教室でお弁当を食べたのは、高城くんがそこで勉強をするからなのだ。
高城くんのおじいさんは厳しいらしく、部活、能力屋をやる以前に、学生の本業である勉強をおろそかにするのであれば、部活をやめさせ、店を閉めると言い出したそうだ。
「ちょうどよかった、小夏。ここ教えて」
「いいよ」
私は高城くんの隣に腰掛け、教科書を覗き込んだ。数学の教科書。内容は正負の数だ。
「ここはね、マイナス×プラスだから、答えはマイナスになるんだ。マイナスの方が強い、って覚えるといいよ。だから、(−3)×5は?」
「‥‥‥てことは、−15!」
「そうそう!それとね、マイナス×マイナスだとね‥‥‥」
高城くんは、真剣に私の話を聞いている。
気がついたらもう予鈴の時間になっていた。人に教えることって、自分が理解できていないとすごく難しいし、考え方をもう一度確認できるからいい。
「ありがと、小夏。数学はいける気がする」
「そう?よかった。他の教科でも、わからないところがあったらまた聞いてね」
教室まで戻りながら話していると、トイレに行くところだったのだろうか、前浜くんがこちらに歩いてきた。
私と高城くんを見比べて、顔をしかめる。
「高城、言ったよな、俺。手出しをするな、と」
「ああ、言った」
高城くんはそう小さく言い、だけど、と呟いた。
「俺だって、負けたくない。お前には絶対」
高城くんはまっすぐと、前浜くんの顔を見据える。目をそらしたら負け、そんな二人の心の声が聞こえてくるみたいだ。
「なんだよ、お前、小夏のこと好きなのか?」
前浜くんの顔がニヤリと笑ったように見えた。
私の頬は熱を持つ。
いや、そんなこと、あるわけないよ!?ないけどさ!?‥‥‥勘違いしちゃいそうになるじゃん。
「‥‥‥」
高城くんは、無言で教室に向かってあるき出した。
追いかけてくるな。そんな空気をまとっていた。
「話があるの」
放課後、人の少なくなった教室で、自分の席に腰掛け、荷物をまとめていた私に声をかけたのは、立花さんだった。
「私も、話があるの」
前浜くんのこと、きちんと言いたい。
私は席から立ち上がった。
薄暗い階段の踊り場。そこはシンと静まり返っている。遠くから、吹奏楽部の音が聞こえる。
「――どういうこと?」
先に口を開いたのは、立花さんだった。
「あたしが前浜のこと好きなの、知っているでしょう?どうして仲良くするの?」
立花さんの顔はこわばっていて、声色は静かなのに、その下に大きな怒りを隠しているような気がした。
「前浜くんは、やめたほうが、いい‥‥‥」
一言一言、立花さんの逆鱗に触れないように、言葉を選ぶ。
「なに、それ。自分が前浜のこと好きになったから、邪魔なあたしは手を引けって意味?」
立花さんの声は、怒りで震えていた。
「そういう意味じゃ‥‥‥」
「もういい。もう小夏さんは、信用しない」
立花さんは私に背を向け、階段をゆっくりと下っていく。
「人一人も幸せにできない恋愛占いなんて、やめなよ」
立花さんの静かな声は、ぐさりと私の胸に響く。痛い。苦しい。悔しい。
「‥‥‥ふ‥‥‥ふぇ‥‥‥」
私はその場にうずくまってしまった。
涙が一粒、二粒と溢れる。
ふと、胸元の能力石を取り出した。
――壱、能力を使って人々を不幸にしないこと
高城くんの真剣な瞳、重々しい声。
――人一人も幸せにできない恋愛占いなんて、やめなよ
立花さんの強ばった顔、怒りを含んだ声。
私、大変なことをしてしまったのかもしれない。
綺麗なピンクの光を放っていたはずのそれは、黒色に染まり始めていた。
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