第6話

私は静かに教室のドアを開ける。

よしっ、誰にも気づかれてないぞっ‥‥‥!

と思ったのに。


「おはよ、小夏」


後ろを振り向いて、ニコニコと、外向きの笑顔で話しかけてきたのは、前浜くん。


「お、はよ‥‥‥」


ぎこちなく笑いながら返す。


「おはよ、小夏!」


前の方の席から、後ろの方の席の私のほうに歩いてきたのは、高城くん。


「お、高城。‥‥‥お前に話あるんだよ。今日の放課後、話せねえか?部活のあとに」


だんだんと低くなっていき、背中に寒気が走る。


「分かった、いいよ」


高城くんの声も、だんだんと低くなっていき、緊張が走る。

二人の目が、一瞬だけ合った。

バチッと火花が見えた気がした。

二人は無言で自分の席に帰っていった。


「小夏さんっ!」

「わ!立花さん!」


後ろから飛んできた立花さんに声をかけられ、ビビる。


「おはよ、小夏さん!」

「お、おはようっ‥‥‥」


話しかけられて嬉しいのと、昨日の前浜くんとのことで申し訳ないという気持ちがごちゃまぜになる。


「わ‥‥‥前浜だっ‥‥‥話しかけてくる!」

「あ‥‥‥」


昨日の前浜くんのこと、言ったほうがいいのかな‥‥‥。でもきっと、言ったら彼女は傷つく‥‥‥。

悶々と悩み続けるけれど、答えは出てこない。

もちろん、それに答えがあるわけではない、けれど。


「おーい、チャイムなるぞー、座れー」


と、担任の引地ひきじ先生が教室に入ってきて、バラバラと自分の席に戻っていく。

私も自分の席に腰掛けた。



段々と雲行きが怪しくなり、午後には小雨が降り出した。それも放課後になると本降りになっていた。

さあ、困った。私、今朝ニュースも新聞も見てなかったから午後から雨降ること知らなかったし、朝めちゃくちゃ天気良かったからまさか降ると思ってなくて、傘を持ってきていない。

靴箱にやって来ると、靴を履き替え、私と同じようにどうしようかと迷う人が沢山いる。


「あーん、傘持ってきてないよお」


鼻につくような高い声が聞こえた。そっちの方を見ると、きれいな長い髪をゆらし、首を傾ける女子がいた。名札には『笹木ささき』と書いてある。同じクラスの笹木さんの姉だろう。どこか似ている。笹木先輩のネクタイの色は青。つまり三年生だ。



桜坂中では、ネクタイの色が学年ごとに違う。今年は、一年生が緑、二年生が黄色、三年生が青だ。



笹木先輩からは、まっすぐと矢印が伸びていた。視線の先には同じく三年生の、スラリとした高身長、小さな顔に整った顔立ち。名札には、『新谷あらたに』と書いてある。

笹木先輩の声に気がついた新谷先輩は、振り返る。


「俺傘あるし、近くまで入れようか?」

「えーっ!いいのー?嬉しいー!」


二人は一つの傘に入り、ゆっくりと校門の方に歩いて行った。

あ、あざとい‥‥‥。

その場にいた、私も含む、その場にいた人たちは呆然と二人を見送った。


古都ことちゃん、積極的だもんねえ」

「だよねー、あたしだったら無理‥‥‥」


二人が見えなくなったのをいいことに、遠慮なしに不満を言い出す三年生。おそらく友達だ、笹木先輩と一緒にいたのを見た。大方裏切られたのだろう。不満そうな表情を隠す気はないようだ。

そんなことはどうでもいいのだが。


「どーしよ‥‥‥」


空を見上げ呟いたとき、今日の夕食当番が、私であったことに気がついた。


「ヤバ!夢月に怒られる!」


私は少し迷ったけれど、急いで外に飛び出した。



ザアアァアアァ‥‥‥

雨足は、強まり続ける。


「ふう‥‥‥」


私は画材屋の軒下に走り込んだ。

髪や肩についた雨粒を払いながら空を見上げた。


「小夏!?」


ビニール傘のした、驚いたような顔をしたのは、高城くんだった。


「びしょびしょじゃん!傘ないの?」


傘を閉じて私の隣に立つと、高城くんは、カバンの中からゴソゴソとタオルを取り出した。


「今日、前浜くんと話すんじゃないの?」


タオルでごしごしと頭を強く拭われながら問う。


「後でな。まず小夏、店行くぞ。このままじゃ風邪ひく」


高城くんは私の手をしっかりと握り、傘の下に入れた。



「ごめん、小夏にはでかいね」

「ううん、大丈夫。ありがと」


高城くんに連れられ、やってきたのは『能力屋』。雨でびしょびしょで哀れ(に見えたらしい)で、高城くんの服を貸してもらったわけですが‥‥‥。

身長全然違う(私153センチ、高城くん、推定160センチ後半)から、大きいのはいいんだけど。ほんのり高城くんの匂いがするのが少し恥ずかしい。

熱を持った頰を隠すように服に顔をうずめると、ふわっと高城くんの匂いが広がった。


「俺、今から前浜のとこ行くんだ。小夏の家の近くの桜坂第五公園だから、一緒に行こう。傘貸す。服と一緒に今度返してくれればいいから」

「あ、ありがとうっ」


服も貸してもらったのに、申し訳ない。

時計を見ると、五時を回っている。夢月、怒ってるだろうなぁ。

『能力屋』から出ると、あ。雨が弱まってる。

並んで道を歩いて行く。こんな日に出歩く人なんていなくて誰ともすれ違わない。

桜坂には、桜坂大通りがあって、そのまわりに細い抜け道が沢山ある。

遠くから聞こえる車の走る音が、やけに大きく響いていた。



「あれ、高城じゃん‥‥‥と、小夏」


私の家まで数百メートル、というところ。後ろを振り返ると、


「前浜」

「ま、前浜くんっ‥‥‥」


私たちは揃って声を上げた。今、一番会いたくなかった人だ‥‥‥。

‥‥‥逃げようかな。


「ちょうど良かった。小夏もいるし、ここで話そう」


前浜くんは、私と高城くんを見比べながら、ニンマリと笑う。


「‥‥‥いいだろう。ここで話そう」

「‥‥‥えっ」


‥‥‥えええええっ!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る