第5話
「雪月、お前何してたんだよ」
若干引いているのは、我が弟、夢月である。
「別に!お姉ちゃんに迎えに来てって言われたから行っただけ!前浜くんが完全に悪いし!」
私悪くないからねっ?!と力説する。傘を拾いながら、少し濡れてしまった頬を拭う。
「悪かったな、高城じゃなくて」
「ちょっと、なんでそこで高城くんが出てくるの!?」
いや、まあ少しだけ期待したけどさ!!
「ま、いいけどよ。もう暗いんだから一人で行くな。お前も一応、女なんだし」
『女の子だしね、なんかあったら危ないし』
夢月の言葉が、さっきの前浜くんの言葉と重なる。
「あれ、小夏?」
後ろから名前を呼ばれ、さっきのことが頭の中でフラッシュバックする。怖くなって思わず身構えてしまった。
そろそろと後ろを振り返ると――。
「た、高城くんっ‥‥‥」
私と夢月を見比べて、眉間にシワを寄せる。
「‥‥‥彼氏?」
「「‥‥‥は?」」
高城くんが呟いた言葉に対し、私と夢月は揃って間抜けな声を出す。てか高城くん、さっき夢月と話したよね!?‥‥‥あ、インターホン越しだから、顔が分からないのか。
「ちが――もがっ!」
違う、そう言おうとした私の口を、夢月が抑える。
「――」
夢月は二言三言、高城くんの耳に吹き込むと、ニヤリと笑って私の方を向いた。
「先帰るわ。じゃな、雪月」
不敵に微笑み、家の方に向かって歩いていった。
「送る。どこまで?」
「え、駅」
それだけいうと、高城くんは前を歩き出した。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「「‥‥‥」」
互いに何も言わず、歩いていく。沈黙が痛い!!
「あのさ‥‥‥」
やっと言葉が生まれた。‥‥‥それは言い過ぎか。
「ライン、してる?」
「してる、よ」
「じゃあさ、」
高城くんが携帯を取り出し、私も無意識に取り出す。
「交換しよ。なんかあったらすぐ連絡して」
「‥‥‥うん!」
私も密かにほしいなって思ってた。高城くんのライン。
一番上に表示された『れんと』という名前。友達登録しているのは、携帯を持っていない夢月以外の家族のみだ。
少し嬉しくて頬が緩む。
ピロン
れんと:よろしく!なんでも言って!!
ゆづき:こちらこそ
私達は顔を見合わせて微笑みあった。
「送ってくれて、ありがとう」
「全然大丈夫。また明日」
「うん!」
高城くんと駅前で別れ、ホールに入ると、ベンチにひとり腰掛けているお姉ちゃんを見つけた。
「お姉ちゃ、」
「23分15秒」
「‥‥‥はい?」
意味不明な数字が飛び出し、聞き返してしまう。
「あたしが電話をかけてから雪月が来るまでの時間」
‥‥‥はあ。
また始まった。お姉ちゃんは時間にめちゃくちゃ厳しい。一分一秒も無駄にはしない。
「家から駅まで約八百メートル、徒歩約十分。マンションのエントランスまで行く時間や、信号なども合わせても、約十五分。それにしてはかかり過ぎでは?」
色々あったんだけど、何も言えぬ。拙者、負けたでござる‥‥‥。
「まあいいや、帰ろ帰ろ」
潔くて、引きずらないのがお姉ちゃん。
「だいぶやんできたね」
「だね」
お姉ちゃんは鼻歌を歌いながら先立って歩いていく。
「あ、やんだ」
私達は傘を閉じた。
だんだんと雲が流れていき――。
「満月だあ‥‥‥」
雲の間から漏れ出る月の光が、私達を優しく照らす。
「誕生日に満月。最高だね」
お姉ちゃんが呟いた言葉に耳を疑う。
「たん、じょうび‥‥‥?」
「そーだよ。あ、言ってなかったっけ?」
きーてない。てか完全に忘れてたわ‥‥‥。
「お、おめでとうございます。お姉さん」
「きゅーに丁寧」
はは、と笑うお姉ちゃん。
「いいよいいよ、言ってなかったし。とりあえず帰ろ。もう九時になる」
お姉ちゃんはカバンを担ぎ直し、私が立ち止まっているのをよそに、一人歩き出した。
「ま、待ってよー!」
置いて行かれていることに気がついて、急いで追いかけた。
「「ただいまー」」
「おかえり」
リビングの方から聞こえる夢月の声。
ドアを開けると——。
Happy birthday Mituki!!
と、可愛く飾り付けされた部屋が。
もしかして‥‥‥?
私はソファーに座っていた夢月のそばにより、耳元でささやいた。
「もしかして、私がお姉ちゃんとこ行ってる間に、一人でやったの‥‥‥?」
「まあな」
へっと笑うと、キッチンの方に歩いていく。
「とりま、手洗ってこいよ」
夢月が鍋から皿へ移したのは、お姉ちゃんの大好物、肉じゃがである。
誕生日に肉じゃが‥‥‥。癖がすごい‥‥‥。
「いっただっきまーす!!」
お姉ちゃんはさっさと手を洗い、椅子に座って食べる準備をしていた。
「雪月、食べないの?あたしがもらってあげようか?」
「た、食べるよお!!」
私は急いで洗面所で手を洗い、ダイニングに戻ると、もう二人とも食べ始めていた。
「いただきます」
肉じゃがは味が染みててすごく美味しかった。夢月、今日のために頑張ったんだろうなあ‥‥‥。盛り付けもきれいだし。さすが努力家の夢月だ。
「ゆづ、俺が冷蔵庫からケーキ出したら電気切れよ」
夢月は私の耳元でささやくと、キッチンの方に行ってしまった。
ケーキも用意してたのね‥‥‥用意周到。
夢月は冷蔵庫を開け、小さな箱を手にとった。バタン、と戸を閉めると同時にパチン、と電気が消えた。いや、消した。我ながらタイミングバッチグー!!
「え、なになに!?停電!?」
私と夢月は、お姉ちゃんのいる、ダイニングテーブルへと向かう。
夢月はケーキをテーブルに置くと、ポケットからライターを取り出し、さしてあるロウソクに火を灯す。
私と夢月は目を合わせ、せーの、というようにうなずきあった。
「「ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデートゥーユー、ハッピバースデーディアみーつきー!ハッピバースデートゥーユー!!」」
きれいにそろった歌。私達は微笑みあった。
「嬉しい‥‥‥ありがとう、雪月、夢月‥‥‥」
涙ぐみそうなお姉ちゃん。
「いいからさ、フーってしなよ」
呆れる夢月も、なんだか楽しそうだ。
「フーっ!」
パアン!
「ふえ!!」
「おめでとう、お姉ちゃん!」
「おめでと、満月」
クラッカーの音で、完全に腰を抜かしたお姉ちゃん。実は背中に隠してたんだ。電気を付けるとあっけにとられたような顔で座っているお姉ちゃんがいて――私達はそろって大爆笑してしまった。
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