第4話

「能力には、使うための決まりがあるんだ」

「きま、り?」


高城くんは、コクリと頷いた。


「その決まりを破ってしまうと、能力の石は消滅、それに命を落とすかもしれない」

ドクン、と心臓がなる。

「その決まりを、今から暗唱する」


高城くんの声は、重々しく、あたりに響く。



「――高城家、第一代能力屋店主、高城幸太郎    こうたろう

現当主に告ぐ。能力石を手にする者に決まりを伝えよ。

壱、能力を使って人々を不幸にしないこと。

弐、能力を、必要以上に誰かに話さないこと。

参、手放さなければならぬ時が来たときは、固執することなく素直に受け入れること。

肆、現店主に認められなければ能力を手にしてはならぬ。また、手に入れ、その後の行動が目に余ると店主が判断した場合、すぐに能力を返すこと。

伍、能力石を大切に扱うこと。

以上の決まりを守れなければ、能力石は消滅、場合によっては能力石を手にした者は命を落とすであろう」



高城くんは静かに暗唱する。


「今日、立花に相談されてただろう。もしかしたらこれからも、そういうことが増えるかもしれない。確実に文化祭当日には、何人もの人の矢印を見ることになるのだろう。この決まりを守れなかったら、死んでしまうかもしれない」


そう言い切ると、悲しそうに目を伏せ、言葉を紡いだ。


「‥‥‥かといって、能力を理由もなく返すことは不可能なんだ。この石は危険なものだ。だから店主は、そのことをしっかりと忠告した上で、能力を‥‥‥能力石を渡さなければならなかったのに‥‥‥。ごめん、小夏」


高城くんは申し訳無さそうに頭を下げた。


「‥‥‥私は、この能力を使って、誰かをおとしいれようなんて考えてない。きっと高城くんに忠告されていたとしても、能力を手にしていたと思う。

最初は面白そうだなって思って手にしたけど。この能力を使って、誰かの役に立ちたい。今、きちんとそう思ってるよ」


高城くんは、何も言わずじっと私の顔を見る。


「俺は小夏のことを、信用している。だからさ、大丈夫」


優しく笑いながらそう言った。

私は気になったことがあり、手を挙げた。


「あの、質問なんだけど‥‥‥手放さなければならぬとき、っていつなの?」

「二十歳。その頃をすぎると能力石の力は使えなくなる」


なるほど。二十になったら、嫌でも力はなくなるのか‥‥‥。


「ものには必ず心がある。それは、能力石‥‥‥その石も同じ。能力石と小夏が仲良くなればなるほど、能力石が感じていることもわかるようになる。逆に、能力石と小夏が仲が悪ければ、能力石は小夏の言うことを聞かなくなる」


そう言い切ったあと、はっと思い出したように高城くんは表情を固くした。


「どうした、の‥‥‥?」


嫌な予感が貫き、か細い声で、聞いた。高城くんはしばらく何も言わなかった。ほんの数秒。ほんの数秒のはずなのに、痛く長く感じられた。


「言うか言わないか、迷った。こんなこと言ったら、小夏の負担になってしまうかもしれない。だけど‥‥‥教えなかったらきっと、後悔する。だから言う」


絞り出すような、小さな声だった。高城くんは私の顔をじっと見つめる。


「前例の話なんだが、過去、能力石に見放され、力を失い、また、命もを失った人がいた」


背筋が凍る。こういうときに使う言葉なんだなってことを、改めて実感する。


「小夏は絶対に人を傷つけたりしない。何度も言うけど、俺は小夏を信じてるから。大丈夫だ」


大丈夫、大丈夫と、安心させるように強く、そして優しく繰り返す。


「ありがとう。絶対に人を傷つけたりしないよ」


私も安心させようと、小さく微笑んだ。



じゃあね、ってマンションの前で別れ、私は家に帰った。

私は呆然としたまま、自室に直行し、机に向かった。

きっと忘れてしまうから、決まりはきちんと書いておかなければ。



『困ったことがあったら、いつでも店に来ていいよ』


別れ際、高城くんは言った。でも私は、できたら自分の力だけで乗り越えたい。私自身が選んだ道だから。



(こんばんは)


澄んだ、でも凛とした声がした。‥‥‥この部屋、私しかいないはずなのに。

まさか。

私は胸元から能力石を取り出した。


(わたくしはレン)


やっぱり!!能力石が喋ってる!!名前のレンは、恋愛のレンかな。


(こ、こんばんは。私は小夏雪月です)

(よろしくね)

(はい!)


話ができるようになったってことは‥‥‥仲良くなれたってことなのかな。



午後8時を過ぎた頃だった。


「雪月」

「わ!!」


決まりをノートに書き写し終え、能力石‥‥‥レンを眺めていた頃だった。


「また夢月!?ノックしてよ!!」

「したっつってんだろ!!」


夢月は怒鳴って睨みつけてくる。


「満月からで・ん・わ!!」


私に向かって携帯を投げつけ、バン!!と戸を閉めた。


「ムカつくー!!」


私は通話開始ボタンを押した。


「もしもし!?」

『あ、雪月ちゃん?なんか怒ってる?』


めちゃくちゃ怒ってるよ、夢月のせいで!!


「ご用件は?」


面倒だったのでとりあえず無視する。


『今駅にいるんだけどさー、雨降ってて帰れないんだよね。今日夕飯当番、雪月ちゃんじゃないよね。迎えに来てくれない?』


耳を澄ますと、電話口からかすかに雨音が聞こえる。


「いいけど」

『あーりがと!!』


そう言うやいなや、さっさと電話を切ってしまった。

お姉ちゃんが『雪月ちゃん』って呼ぶ時点で、なんか頼まれるんだろうなとは思ったけど。


「行ってきます」


玄関を出ると、たしかに結構降ってるね。お姉ちゃんのいる最寄り駅――桜坂駅までは徒歩10分くらい。交通量は少なく、車一、二台すれ違うくらいだ。


「あれ、小夏?どこいくの?」


――前浜くん。


「え、駅まで。お姉ちゃん、迎えに」


あまり仲良くない人と話すときは、変に緊張してしまう。


「こんな暗い時間に一人は危ない。送るよ。てかお姉ちゃんいるんだ」

「い、いいよ。送らなくて大丈夫」


立花さんの顔が思い浮かび、申し訳なくて断る。


「女の子だしね、なんかあったら危ないし」


近くに歩み寄ってきた前浜くんから遠のくように、反射的に身を翻す。


「だ、大丈夫だって!」


思ったより大きな声が出てしまった。


「――へえ?」


前浜くんは立ち止まり、私の顔を睨むように笑う。――怖い。


「面白い。気に入ったよ、小夏雪月」


だんだんと詰め寄ってくる前浜くん。


「俺に落ちない女っているんだな」


なんて自意識過剰なことを言うんだとかいろんなことが頭の中を駆け巡ったが、言葉になることはなかった。私はずりずりと後ろに下がる。人の家の塀に、手がついた。

力が抜け、手に持っていた傘を落としてしまう。


「一ヶ月で落とす」


前浜くんはぐいっと私の顎を上げる。

私はどうしようもなくなってぎゅっと目をつむる。頰になにか、温かいものが伝った。


「泣いたってどうしようもないさ。ここには誰も来ない」


ゾクリとするような低い声。

助けて、誰か。

――高城くん!


「――何やってんだよ」


誰かが叫ぶ声が聞こえて、前浜くんが離れた。ような気がした。そろそろと目を開けると――。


「む、むつ、き‥‥‥」

「はは、高城かもって期待した?」

「なわけ!!」


とか言いながら、少し期待したのは内緒。


「ふざけんなよ」


前浜くんは、ちっと舌打ちをすると、傘を拾い、駅とは逆方向に歩いていった。

ふうっと肩を落としたと同時に前浜くんが振り返った。


「言っとくけど、さっきの言葉、本気だから」


不敵に微笑むと、今度はもう振り返ることなく、闇の中に消えていった。

さっきの言葉‥‥‥って『一ヶ月で落とす』のことだよね‥‥‥?

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