第3話

前浜まえはまくんを、ですか‥‥‥」

「そうなのっ‥‥‥!占いでは、どんな感じ?!」


放課後のガランとした教室の中、向かい合って座っているのはクラスのカースト上位、めちゃくちゃ可愛いと評判の立花たちばなあおいさんだ。

立花さんは、バトミントン部に所属している。学年でも飛び抜けたルックスで、他学年からの評判もいい。が、あくまでそれは男子の間でであり、女子の間では、嘘かホントかわからないような情報も流れている。私が聞いたものは、「男ったらし」とか、「自意識過剰」とか。

立花さんが想いを寄せる前浜 将大しょうたくんは、高城くんと同じく野球部所属。170センチと中一にしては身長が高く、元気そうな小麦色の肌。優しい瞳の色。この能力で見た限り、何人もの人が前浜くんに思いを寄せている。

そして、前浜くんの意中の相手は‥‥‥。



前浜くんから伸びるピンク色の矢印は——ない。

ピンクの矢印が、ない。



「前浜くんには、意中の相手はいません」


反応が怖くて、立花さんの顔を見ることができなかった。なんて答えるだろう。

震える手を、見つめ続ける。


「そっかあ!ありがと、小夏さん!!私もっとがんばってみるよ!また今度、占い頼むね!!」

「あ、はい!」


立花さんは急いで荷物をまとめ、出ていく。

良かった。私は息をはいた。占いって疲れるんだなあ。

最近気がついたけれど、この石をつけているときは、矢印を見たい人の最近の行動を思い出すことができるらしい。だから前浜くんの矢印を思い出すことができた。



「ただいま」


家に帰るとリビングは暗く、夢月の部屋から明かりが漏れていた。

私は自室に直行し、胸元から石を取り出した。


「本当にこれで、友達ができるのかなあ‥‥‥」


はあ、とため息を小さくつき、石を胸元にしまう。


「雪月」

「わっ!!」


ノックもなしに顔を出したのは、夢月だ。


「ノックしてよ。私が着替えてたらどうするのよ」

「したし!」


すこしキレた夢月。


「で、なに?」

「高城ってやつ、来てるぞ」


たか、じょう‥‥‥?


「高城くん!?」


私はドアに立っている夢月を押し退け、玄関へ向かう。夢月に「ふざけんなよ」と言われたのは、この際無かったことにしよう。

玄関のドアを開けるが、高城くんは見当たらない。


「下だよ下。はやく降りろよ」


夢月は出て行けというように手を振り、あっかんべ、と舌を出す。


「ムカつく‥‥‥!」


私は靴に足を押し込んで、家を出た。



「高城くん」


走ってマンションのエントランスに行くと、制服姿の高城くんが立っていた。


「ごめん、突然来て」

「ううん、大丈夫。ていうか、よくうちが分かったね」

「ああ、羽生わせいがここ住んでるから」


羽生、ことひがし羽生くんは、同級生で、サッカー部に所属している。サッカーというか、運動全般得意らしいが、勉強は不得意らしく、小テストのあとは顔が死んでいる。


「てか、弟出てびっくりした。めっちゃ焦った」


はは、と笑いながら頭の後ろをかく。


「ここだとあれだし、そこの公園でも行く?」

「そうだね」


私たちは、マンションのそばにある公園へと向かった。



桜坂には八つの公園があり、私の家の近くのこの公園は、桜坂第五公園。八つの公園の中で一番規模が小さく、桜坂の端の方にある。また、この辺に住んでいる子供は少ない。遅い時間だということもあり、案の定人っ子一人おらず、高城くんと話すにはもってこいの場所だ。



「どうしたの?」


私たちは公園のベンチに並んで腰掛けた。日が傾き始め、影が長く伸びている。


「一つ、能力について、言い忘れたことがあったんだ」

「言い忘れたこと?」


高城くんは、真剣な目をしてああ、と頷いた。


「代々、能力屋の店主に伝わる伝書を昨夜読み直したんだ」


店主に伝わる‥‥‥てことは。


「もしかして‥‥‥、店主って、高城くんなの!?」

「そこ!?」


高城くんは驚いたように大声を出す。


「俺の父さんが受け継いでたんだけど、‥‥‥失踪したんだ」

「‥‥‥失踪」


自分の父親がいなくなるなんて、どんな気持ちだろう。


「気にしないで。仕方ないんだ。きっと父さんは、自分の夢を諦めきれなくなったのだと思う」


高城くんは目を伏せ、悲しそうに瞳を染めた。


「父さんは、本当はピアニストになりたかったんだ。小さい頃からいろんなコンクールで最優秀賞とかとってきてさ。本当にすごいよね」


少しだけ嬉しそうに、頬を染めた。


「きっとなれないことは分かっていたのだと思う。曾祖父ちゃんから繋いできた店を自分の代で潰すわけにはいけない。分かっていたから、一時は諦めたんだ。でも母さんにも死なれて、ヤモメになって。ずっと我慢してきた気持ちが、爆発してしまったんじゃないかな」


高城くんは、無理矢理にでも笑ってやろうと、必死で口角をあげようとするが――程なくして、下を向いてしまった。


「じいちゃんは、失踪した父さんを、絶対に認めなかった。‥‥‥でも俺は、認めてあげたかったんだ。夢を追った父さんを、いなかったことにしたくなかった。‥‥‥だから、父さんの代わりに、店主として店を次ぐことにした」


――きっと今も心の奥底では、お父さんに逢いたくてたまらないのだと思う。その気持を押し隠してまで店主をやるなんて。――高城くんは、強いな。


「話がずれたね。本題に戻ろう」


高城くんは顔を上げ、私の顔をしっかりと見据える。さっきまでの弱い顔とは違う。


「伝書に書いてあったこと、それは——」


高城くんは一息ついて、言った。



「能力には、使うための決まりがあるんだ」

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