「センパイ、私とバカしてください」
「………描けない…」
私はそう呟いて持っていた筆とパレットを机の上に置く。私の目の前にあるのは何も手がつけられていない雪を連想させるほど真っ白なキャンパスだ。
「そうだ! 今回のテーマは“雪”って事にしてこれを提出しよう!」
「ダメに決まっているでしょう?」
天才的な提案に否定したのはずっと後ろで私の作業を監視していたセンパイだ。恐る恐る後ろを振り返るとジト目でセンパイがこちらを見ていた。
「結城さん。いつになったら作品が出来上がるんですか?」
「き、今日中には…」
「芸術は一朝一夕ではできません」
「スミマセン……」
私がしゅん、と眉をひそめるとセンパイは小さくため息を吐いて隣の席に座ってきた。え、何?私の命日って今日だっけ?尊くて死ねるよ?
「僕にできる事があればなんでもしますから」
「マジですか?!」
「すみません、やっぱりなしで」
「撤回が早すぎません?!」
少し食いつきが良すぎたのだろう。センパイは即座に発言を撤回してまるで生ゴミを見るような目で私の事を見てきた。私は被虐が趣味では決してないが、どんな理由であれセンパイが私だけを見つめてくれているのだ。自然に頬が緩んでしまう。
「ニタニタと笑わないでください」
「わっ、笑ってませんから!」
私はそう言ってキャンパスに向かい直す。センパイと話をしたから幾分か心が晴れたが、やはりキャンパスは真っ白だ。
どうしたもんか…、うんうん…と悩んでいるとセンパイは何かを決心したように口を開いた。
「しょうがないのでやっぱり手伝いますよ」
「えっ」
「このままじゃ連続入賞の結城さんの作品がコンクールに出せなくなりそうなので。…それに」
───「結城さんの絵は僕も好きなので」
センパイは小さくだがハッキリとそう言った。
いつも私の愛の言葉をするりとかわして、私の事なんてなんとも思っていなさそうなセンパイが、そんな事を思っていてくれただなんて思いもしなかった。
「…………センパイ」
「はい」
「それでしたらこれからも私とバカしてください」
「はい?」
「それだけで私は何枚でも絵が描けますから」
私はそう言ってニッ、と笑った。そんな私を見てセンパイは嬉しそうに微笑んだ。今までに見た中で一番綺麗で、素敵な笑顔だ。
「それだけでいいんですか?」
「あっ、それじゃモデルになってください!センパイの素敵な姿を絵に収めたいです!!」
「それは拒否します」
「なんでェ?!」
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