05話.[なかなかに複雑]

 起きた瞬間に最悪だった。


「ユウ……」

「うん? なんですかー?」


 今日はあのふたりの相手を任せておく。

 お腹が猛烈に痛い、ぎりぎり登校できるぐらいだ。

 席に座ってじっとしているので精一杯、寝ていないとやられてしまう。


「美咲ちゃ――」

「しーっ、今日は駄目だと言ったじゃないですか」

「あ、そうだったね……静かにしてないと」


 ああ、メンタルが弱いからでもなんでもいい。

 ユウがいてくれてよかった、今日はいちいち受け答えをしている余裕はないから。


「トイレ……」


 ああ、なんで便座に座っているというだけでこんなに落ち着くのか。

 なかなか体験できないタイプの心地よさだ、今日はずっとここにいたいな。


「美咲さーん」

「だからプライバシー……」

「ごめんなさい、でも心配で」


 いいや、ユウがいてくれるのもいい。


「く、臭くない?」

「大丈夫です、自分が血まみれだったときもありましたから」


 どんな状況じゃそれは。

 とにかくずっと喋っていてもらうことにした。

 楽しい内容であればよりいい、ユウは実際色々な話をしてくれた。


「あ、予鈴ですね、戻りましょうか」

「うん、ありがとう」


 真顔で黙ってしまったけどこれこそ幽霊っぽいから問題ない。

 そもそも人間より表情豊かな幽霊ってなんだよって話だし。

 それとも自分が無表情キャラなだけ? ……もうちょっと笑ってみようかな。

 今日できることは授業を受けることとトイレに行くことだけ。

 幸い、特になにかがあるというわけでもなく――って、そうだった、最後に体育だ。

 無理してもしょうがないから休ませてもらえばいいか。


「最近はよく休んでいただろ? だから頑張れ」

「いやあのその……」

「なんだ? もう始まるぞ」


 男性教師に言いづらい件について。

 仕方がなく今日はバスケということだったからボールを持って投げていたんだけど……。


「うへぇ……」


 ボールが重い。

 ひとりでやっていても文句を言われないのはいい点、かな。

 まあ普段から見ている専門、やってもひとり専門だったから自業自得か。


「危ないっ」


 ナイスキャッチ私、やっぱり拾うというかキャッチ系は得意のようだ。


「ご、ごめんねっ」

「ううん、はい」

「ありがとう!」


 おぅ、いい笑顔を浮かべてくれるな。

 私もちょっとにこっとできればいいのにできなくて困っている。


「あれ……」


 ちょっと横になりたい。

 が、実際にしたらそれは怒られてしまった。

 いいやもう……体育の成績が悪くなろうと調子が悪いんだからしょうがない。


「美咲ちゃんっ?」

「調子悪くて……保健室に行っていいかな?」

「わかった、私から先生に言っておくから!」


 ああ、できれば愛海が来てくれるのが1番よかったけど。

 ま、さすがに巻き込むわけにもいかないからしょうがない。


「ユウ」

「いますよ。あの、もしかして私が吸いすぎてしまったからですか?」

「違う、だから安心して。でも、側にいてほしいの」

「わかりました、保健室に行きましょう」


 ありがたい、今日は本当にユウがいてくれてよかった。

 次の体育の授業のときになったら先生には必死に謝ろう。


「失礼します……」


 お腹が痛いということと倒れそうになったことを説明してベッドに寝かせてもらう。

 はぁ、あと20分ぐらい我慢できれば問題もなかったのにな。

 最初からはっきり言っておくべきだったか、愛海を利用してしまったのも申し訳ないし。


「大丈夫ですか?」


 うなずいて布団の中にこもる。

 綺麗でいい匂いのベッドに転んでいると無理しなくていいんだって気持ちになれて落ち着けた。

 しかもこの後は帰るだけでいい、リュックは取りに行かないとだけど。


「失礼しますっ、中川美咲さんはいますか!?」

「静かに、病人が寝ているんだから」

「すみませんっ、次から気をつけますっ」


 全然静かになってないけど愛海らしくていい。


「美咲ちゃん大丈夫?」

「うん……さっきはありがとう」

「ううん、お礼を言われるようなことはしてないよ」


 占領していても悪いし帰ることにした。

 昇降口で待ってくれていればいいということだったので大人しくそうさせてもらう。


「はい、リュック」

「荷物は全部入れてきてくれた……?」

「うんっ、大丈夫だよ!」


 よし、早く帰って寝転ぼう。

 いまのままだと愛海にまた迷惑をかけてしまうから。


「ありがとう、愛海とユウがいてくれたおかげで乗り越えられたよ」

「早く元気になってね」

「うん、明日とかは大丈夫だろうから」


 ――あまりに痛すぎて翌日は休んだ。

 ユウと母がいてくれたから休まったり痛くなったりの繰り返しだった。


「明日と明後日はお休みだから焦らないで大丈夫だからね」

「うん……ありがとう」


 いまの私には優しさがよくしみる。

 午後には愛海と瑠奈が来てくれて涙が出そうだった。

 あれ、涙は出るのに笑顔が出ないっておかしい気が。

 なんでだろう、やっぱりマイナス寄りの思考をしているからなのかなあと予想。


「瑠奈ちゃん、最近よく一緒にいる女の子って?」

「ああ、なんか興味を持ってくれたみたいなんだよね」

「おぉ、それで瑠奈ちゃん的にはどうなの?」

「それをいま確かめ中、かな」


 彼女は本当なら今日も帰るつもりでいたと口にした。

 なんか申し訳ない気がして布団にこもっていた。


「あんまり長居してもあれだから帰るよ」

「……来てくれてありがと」

「友達だから当たり前でしょ、それじゃあね」


 瑠奈が帰って普通の視点で見れば愛海とふたりきりに。

 空中に浮いているユウは読書を続けているからほぼふたりきりみたいなものかな。


「愛海は帰らなくていいの?」

「……美咲ちゃんがいいならいたいんだけど」

「私はいいけど、気の利いたこととかできないし、言えないよ?」

「いいの、だって今日会えなくて寂しかったから」


 最近は愛海やユウにお世話になってばかりだ。

 一緒にいたいと言うなら、それだけでちょっとずつ返せるなら構わない。

 ずっと寝ていたことである程度は回復したし、ちょっとお喋りするのも悪くない。


「愛海はさ、結局のところ瑠奈のことどう思ってるの?」

「え、お友達かな。話とか合わせてくれるし、ちゃんと聞いてくれるから好きかな」

「そっか」


 じゃあ私は……なんて聞けるわけがないね。

 体を起こして壁に背を預ける、あまりに転がりすぎていると頭が痛くなるからしょうがない。


「美咲ちゃんは?」

「友達のつもりだけど」


 家に行った以降、特に来ることもなくなってしまったのだ。

 多分、私という人間をやっと正しく判断できたんだと思う。

 愛海がおかしいのだ、こうしてずっと側にいてくれることが。


「私も友達のつもりです!」

「ふふ、そうだね」

「だって本を貸し借りする仲なんですから!」


 その貸している本は基本的に私のなんだけどね、まあユウが嬉しそうならいいけど。


「でも……最近はよく違う人といますよね」

「うん、そうだね、私もあんまり一緒にいないからさ」


 どうやら私だけではなかったらしい。

 私だけならともかくとして、ふたりと合わなかったというわけではないだろうからいまはそちらに集中したい、してあげたいというところだろうか。

 うん、すごいな、誰かから興味を持たれるって。


「私、寂しいです、どうせなら愛海さん、瑠奈さん、美咲さん、私の4人で盛り上がりたいです」

「あ、それなら今度みんなでお泊りとかどうかなっ?」

「けど、美咲さんは多分しないと思います」


 なんで? べつにそこまで協調性がないわけではないんですが!

 そりゃ私からやめることはあるけど愛海や瑠奈がいるならべつにいいんだけど!


「えぇ、美咲ちゃんなんでっ」

「え、私はなにも言ってないけど、誘ってくれるなら行くし……」

「ほんとっ? 嬉しい!」


 ああもう、いちいち大袈裟なんだから。

 というかユウの中のイメージをどうにかしてほしい。


「あ……お母さんから帰ってこいって言われちゃった」

「それなら送るよ、危ないし」

「え、いいよ、大丈夫だから」

「それなら私が送ってきます、心配ですからね」

「あ、それならお願いしようかな」


 なんで……もう結構大丈夫なのに。

 なんでユウのはすぐに受け入れるの。

 ふたりはすぐに出ていってしまってひとりになった。


「……ま、愛海が危ない目に遭う可能性が低くなるならいいけどさ」


 心は複雑だったから結局寝たけど。

 で、結局ユウはまた朝まで帰ってこなかった。




 土曜日は楽になったから自由だった。

 ごろごろしてもいい、アイスを食べてもいい、ゲームをしてもいい。

 なにをしても痛かった昨日や一昨日とは違う、ユウがいないことを除けば天国みたいな感じ。

 あのふたりはなにをやっているんだろう、実はできているとか? いやないかそれは。


「……自由なはずなのに集中できない」


 でももし、抱きしめ合ったりとかしていたら?

 なぜか触れてしまうから不可能ではない、なんならあのふたりは仲いいわけだし。

 瑠奈がいない以上、その寂しさを便利なユウで紛らわすということも……。


「ただいまです」

「あ、おかえり」

「ゲームをしていたんですか? 私もやってもいいですか?」

「うん、一緒にやろっか」


 ゲームをやりつつ考える。

 そもそもユウとはどういう存在なのか。

 なぜ幽霊のはずであるユウだけが見えて他が見えないのか、いや見えなくてもいいんだけど。


「ねえユウ」

「ちょ、勝負中に話しかけてくるのは卑怯ですっ」

「あ、そ、そう?」


 本当は愛海のところに行きたいということなら止めるつもりはない。

 もう十分吸わせているから当分の間は世界に居残れるわけだしね。

 維持のために必要な人間でいう食事、をする必要がないなら自由に行動すればいいわけで。


「やったっ、私の勝ちですっ」

「おめでとう」

「それで先程の話は?」

「ああ……愛海のところに行きたいなら――」


 確実に自分は馬鹿だけどしょうがない。

 ユウがしたいようにいてもらうしかない。


「それなんですけど、いいですか?」

「あ、うん、そんなのユウの自由だから」

「ありがとうございます、愛海さんの家で生活するのも悪くなさそうだと思いまして」


 彼女はいい笑みを浮かべて「優しいですからねっ」と言った。

 ゲームの勝敗はついていたからもう出ていってしまった。

 ……こっちなんかもう見ていなかった。


「ま、ふたりが楽しくいられるならいいけど」


 先程と違って気持ちもすっきりしたし両親が帰ってくるまでずっとゲームをやり続けて。

 そこからは同じことの繰り返し、ご飯を食べたり、お風呂に入ったり。

 出たら就寝時間までゆっくりを本を読んで時間をつぶす。


「あ」


 ベランダになんとなく出てみたら空が綺麗だった。

 きらきらとしていてなんか眩しくて、思わず写真を撮って愛海に送ってしまっていた。

 数十分経過しても返事がないと邪推してしまう。

 寝ているのか、楽しく談笑しているのか、それとも恋人同士みたいなことをしているのか。

 寝ている以外は私ではできないことだから愛海もユウのことを呼んだのかもしれない。


「あ……もしもし?」

「すぐに返事できなくてごめんね!?」

「いいって、私だってすぐに返せないときもあるし」


 いつも通りの愛海って感じだ。

 もっとも、顔を見られているわけではないから本当のところはわからないけれど。


「いまは大丈夫だったの?」

「うん」

「ユウ……は?」

「私の本を読んで楽しそうにしてるよっ」


 でも、なかなかに複雑だった。

 だっていまさっきまで一緒にゲームをやっていたのにって。

 そりゃ愛海は嬉しいだろうけどさ、にこにこと可愛らしい子が来てくれて。

 共通の趣味だってある、能力が高いから一緒にお菓子作りとかだって楽しめるだろう。

 つまりユウは私の上位互換みたいなものだ、それだと私は不必要になってくるのでは?


「ユウちゃんがね、私の部屋にいられて嬉しいだってっ」

「そっか、嬉しいって言ってくれて嬉しいでしょ?」


 動揺しているのに普通を装えるのは私の素晴らしいところだと思う。

 いや、それかもしくは私が幽霊だったりして、表情も全然変わらないって言われるし、あんまり喜べないし、なんか色々なことに興味を抱けないし。

 だけど盛り上がる3人を見て、それだけには興味を持ったのかもしれない。

 ……なんかその可能性がぐんぐんと私の中で上がってきた、いいのかはわからないけれど。


「あ、ユウちゃんと話す?」

「愛海、ユウの新しい名前をつけてあげて」

「え、美咲ちゃんがつけたユウって名前は可愛くていいと思うけど」

「お願い、ユウ、あの子もその方が嬉しいだろうから、それじゃあね」

「あ、ちょ――」


 特に苛めの対象とか悪口の対象にならなかったことってそういうこと?

 まだ頭の中で続いている、私が幽霊だったのではないかという本来なら馬鹿らしいことが。

 でも、いきなりユウだけ都合よく見える方がおかしいし。


「はは、もしそうならもう無理だよね、愛海とかといるの」


 恋愛に興味が持てないんじゃなくて端から無理だったのなら?

 見ているのが好きだったのも見ているしかできなかったからでは?

 気づいたら、気づいてしまったらそうとしか考えれなくなる。

 そうやって言い訳をしていたんだ、興味がないようなフリをしていただけ。

 なんで電話を切っちゃったんだろ……愛海が飽きるまで続けていればよかった。

 もうあれが最後かもしれなかったのに、仮に自分が幽霊じゃなくたっていつまでも一緒にいられるわけではないのだから。

 あからさまなアピールを気づかなかったフリをしたり、不安そうにしているところに無責任に大丈夫だとぶつけたり、欲しかったものを買えて喜んでいるあの子になにがいいのとか可愛げのないことを言ったり、いつでも切られてしまうようなきっかけを作ってしまっていた。

 それでもいてくれたのが愛海で、だからこそ甘えてしまったというのがある。

 優しさに甘えてしまったんだ。

 あの子は基本的に嫌だと言えないタイプだから安心していたのかもしれない。

 ――あれでも、もし幽霊だったのならそのような記憶はどうなるんだろう?

 それすらも捏造、妄想なのだとしたらかなり悲しいな。


「お母さん、お父さん」


 1階に下りて確認してみたらまだいてくれているようだった。

 ちょっとお疲れのようだったから肩を揉んであげることにした、母は驚いていたようだったけど。

 父の肩も揉んだし、しつこく誘ってゲームもしたりなんかした。

 困惑しているふたりに気にせず「ふたりのことが大好きだから」とぶつけて笑って。

 ……驚いていたのは私が知らない子だったからかもしれない。

 本当の娘がユウなら、その娘は他の子の家に行ってしまっているわけだし。


「駄目だな、全部そういう風にしか考えられないや」


 じゃあ仮に人間だとしてももう幽霊として生きてみよう。

 そういう細々とした記憶は、楽しそうな両親や愛海を見てきて作ったということで。

 ……涙だけはちゃんと出るのはそういうことだということで。

 昔からひとりぼっちは嫌だった、それもそれにつながっている気がするんだ。


「浮かべー……はしないか」


 能力が封じられた孤独な幽霊、みたいな?

 んー、というかこのような思考をしている時点でおかしいってならないがおかしいよね。


「落ち着こう、実際にそうだったら改めて考えよう」


 自ら遠ざかるとか嫌だし、多分大丈夫なはずだ。

 こんなときでも愛海ならって期待してしまうのがいいのかはわからないけれどね。

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