06話.[普通に生存して]

 幸い、消えたりすることはなかった。

 違かった点は、家を出たら愛海がいたということ。

 ユウもいた、恐らくいまは違う名前になっているんだろうけれど。


「なんでさ、土曜日はあんなこと言ったの?」

「いや、幽霊だからユウって安直だったなって、この子に悪いでしょ?」


 だって愛海に命名された方が嬉しいと思ったから。

 おまけにあれが最後になると思ったんだ、私は幽霊みたいに感情がないから。

 黙ったままのユウが気になる、愛海も複雑な表情のまま黙ってしまった。

 なんかよくあるホラー番組なら、実体化のために生者の体を乗っ取るとかありそうだ。

 ユウが実体化して愛海が喜ぶならいいけどね。

 学校に着いたら私だけ別行動で先生に謝りに行くことにした。

 加納先生と体育の先生に、どちらからも怒られることはなくて一安心。


「美咲さん、少しいいですか?」

「うん」


 中途半端なところでユウと出くわした。

 私は床に座って、ユウはいつも通り浮いたままで。


「私、生身の体が欲しいんです」


 だろうね、そうすればもっと愛海や瑠奈と仲良くできるわけだし。

 周囲から見えていないから会話も満足にできない、無理やりすることは可能だけどこちら側にはデメリットしかない。元々独り言を喋る人間ならともかくとして、そういうことを全然しない人間がしたら周りだってざわつくだろう。

 その点、実体化さえしてしまえば、人間の体を借りてしまえば堂々としていられるわけだ。

 周囲から見たらただ友達同士で会話しているようにしか見えない。


「借りる、じゃないんだ」

「あ、そうとも言えますね」

「私にそれを口にした理由は?」

「あなたより私の方が上手く愛海さんの理解者になってあげられますから」


 やはり悪霊だったのかと苦笑いしかできなかった。

 とりあえず1日という約束で貸してみることにした。

 チェックしたかったのだ、どういう風に愛海と話すのかを。

 で、今度は私がふわふわ浮かんでいた。

 授業中は席も離れているから会話しようがないからと他の場所に行ったりして時間つぶし。

 休み時間になったらふたりのチェックを開始、するつもりだったんだけど、


「ユウちゃん、美咲ちゃんはどうしたの?」

「私が美咲だよ」

「ううん、私はわかるよ」


 鋭い愛海によってなかなかに悪い雰囲気に。

 あれ、そういえば愛海にだけ見せるとかって離れ業も可能なのかなと試してみた結果、こちらからはよくわからなかった。ただただ愛海に見てもらいたいって願っただけ、ユウにどうやってやっていたのか聞いておけばよかったなと後悔。

 でも、やっぱり見えていないみたいだ、まだ私をどこにやったのって問い詰めようとしているだけ、悪いけどこれじゃあ任せられないよ。

 だって嬉しそうどころかかなり悲しそうな表情を浮かべてるもん、想像と違った。


「美咲さんが言ってました、愛海さんともういたくないって」

「え……?」

「美咲さんはお家にいます、これからは私がこうして学校に来るのでよろしくお願いします」


 私はここにいるけどね。

 色々な意味でとどめを刺してくれたようだ。

 それでもまだ私を望めば本物だと言えるし、ここで諦めればそれまでだったということ。


「美咲ちゃんとお話ししたいの!」

「いたくないって言っているのにですか?」

「それでもだよっ」


 ユウが「しょうがないですね」と呟いて、それから私の腕を掴んだ。

 べつに私の体に戻ったというわけではないが恐らく見えたんだろう、愛海が私の名前を叫ぶ。


「……こんな人のどこがいいんですか? お尻をぺちぺち叩いてくる人ですよ?」

「美咲ちゃんがいてくれなきゃ嫌だもん……」

「はぁ、理解に苦しみますね」


 それを根に持っていたのか。

 私だってなにか悪いことを企んでいなければしなかった。

 やられる理由がある、ある程度は躾けておかなければならないと思ったのだ。

 だって他に迷惑をかけるかもしれないわけだし、こちらにも責任はあるわけなんだから。


「いまは……どんな感じなの?」

「うーん、なんか落ち着かないかな」


 接地することができないから微妙な感じ。

 わかったのは賑やかな場所が物凄く明るく感じること、逆に静かな場所は物凄く暗く感じることだ。マイナスな雰囲気に寄ってくる理由がなんとなくわかった気がした。


「……今日1日は貸してもらう約束なので返しませんからね」

「でも、ちゃんと戻してくれなきゃ許さないから」

「わかっていますよ……」


 ちょっとだけ意外だった。

 愛海ならしてくれるだろうなあ的な期待はあったが、ここまで言ってくれると思ってなかった。


「触れ……はしないんだね」

「あ、そうなんだ」


 ユウと違って弱いのかもしれない。

 ま、土曜日はとにかくマイナス思考だったしな。

 それに仲良さそうなら譲るとか考えてしまっていたぐらいだ。


「愛海、ユウから結局名前を変えていなかったんだね」

「うん、だってもう可愛い名前だもん」

「そっか」


 ゆう、でもよかったんだけど。

 うーん、ひらがなの方が柔らかい感じがしてよかったかなといまさら真剣に悩んだ。

 なんか不思議な気分だな、そっちに自分の生身の体があるのに愛海と話してるって。

 しかも、愛海からすれば分身みたいな感じだろうし。


「私、ユウちゃんはユウちゃんのままでいてほしいな」

「……ずっとひとりでいろってことですか?」

「そうじゃなくてさ、ユウちゃんの見た目のままで話せるから嬉しいんだよ」

「……わかりましたよ、美咲さんにもう返しますから」


 こちらを見た彼女に首を振る――って、自分の見た目だから笑えてくるんだけど。


「いいよユウ、今日はって約束でしょ」

「でも、愛海さんはこう言っていますから」

「大丈夫、いましかできないことをして遊んでおくから、0時になったら返してね」

「……はい、わかりました」


 まずは普段は開放されていない屋上に行ってみた。


「おぉ、意外といい眺めだ」


 こういうところでお弁当を食べられたら気持ちよさそう。

 浮いているのをいいことにフェンスを越えてみたり――かなり怖かったからすぐにやめた。

 やっぱり人間なんだ、ひぇって気分になったから間違いない。

 試しに水に潜ってみたら謎の息苦しさを感じたし、建物を貫通してみたらなんか微妙だったし。

 やっぱり譲るのは無理だ、ほら、愛海だって私を求めてくれているわけだからね。


「うっ、お腹減った……」


 物には触れないみたいだから母作のお弁当も食べられない。

 さてどうしたものかと考えても出てこなかったから教室に戻ることにした。

 問題なのはまだ10時も越えていなかったことだ。

 試しに頑張ってユウの机に座ってみることにする。

 あれ? そうしていたら段々と私(ユウ)の顔が怖くなって……。


『前が見えませんっ、どいてください!』


 と、直接脳内に叫ばれた。

 その瞬間に頭がグワングワンしてやばかった。

 てか、そういうこともできたのかよとツッコミたくなることでもあった。

 その後もあなたのために云々と怒られた。

 邪魔しても申し訳ないから愛海でも見つめておくことに。

 ……真面目にやっていると思ったら絵を描いていただけ。

 いいのかそれでと呆れていたら『どうしたの?』といきなりノートに書かれて困惑。

 あ、そういえば見えていたんだっけ。


「真面目にやりなさい」

『はい……』


 こちらからの声は周りには聞こえないみたいだ。

 まあそれはユウのそれでわかっていたんだけどさ。

 うーん、やっぱり触れない。

 髪やおでこ、鼻、頬、唇、顎、首、肩、……全滅だ。


『前が見えません(;・∀・)』

「あ、ごめん」


 便利なんだか不便なんだかわからないなこれ。

 そう考えるとユウは気を遣ってくれていたんだろうな

 瑠奈は私のことを見ることができないから試しに近づいてみる。

 真面目だ、ちょっと派手なのにこの教室内で1番かもしれない。

 無表情だとちょっと怖いぐらいかも、お見舞いに来てくれたときも笑顔がなかったか。


「ふぅ、やっと終わった」


 思いきり伸びをして、それからふぁぁとあくびをしていた。

 眠たかっただけなんだろうか、愛海を描いて眠気を誤魔化す自分より素晴らしい。


「で? なんでわたしを見ているわけ?」

「え……」

「わかってるから、普通に」


 どうやらわかられてしまっているみたいだ。

 試しに顔の前で手を振ってみたら「わかってるって」と呆れた表情を浮かべられてしまう。


「瑠奈はどのように見えてるの?」

「普通に美咲だよ、向こうにも美咲がいるけど」


 それには私も笑いたくなる。


「瑠奈大丈夫? 今日は疲れたの?」

「大丈夫だよ、たまにぶつぶつ言いたくなるだけ」

「そうなんだ、まあでも私もゲームのときとか独り言多いからなあ」


 こうしている間にもお腹が減っていく。

 なにをどうすればこの空腹感がなくなるのかがわからない。

 お弁当箱にも触れない、だからって生気を吸いたいとは思えない。


「美咲、ちょっと廊下に来て」

「うん」


 会話していればこの気持ちもどこかにいってくれるだろうか。


「で、なんでユウが美咲になってんの?」

「そういう約束なんだよ」

「それで馬鹿な娘さんは譲ろうとしてしまったってこと?」

「うん、愛海が幸せならそれでもいいかなって思ったんだけど、やっぱり嫌だなって」

「当たり前でしょうが、そもそも見抜けないと思われていたこと自体が最悪なんだけど」


 見た目はまんま私なのにすごいな。

 それに瑠奈は出会ったばかりだ、ここが違うっ、とかってわからないと思うけど。


「はぁ、次からは馬鹿なこと考えないでよ?」

「うん」


 そもそもなんににも触れないって辛い。

 ご飯も食べられないし、全部貫通して虚しくなるし。

 だって仮に普段入れないところに入れたとしてもその先でなんにも触れないんじゃ意味がない。

 あ、授業中に愛海や瑠奈の様子を見られるのは大きいけど、デメリットが大きすぎた。

 無理っ、これ以上続けるのは無理っ、ふたりと離れたくない。

 なにより両親とだって仲良くできないなんて嫌なんだ。


「あ、そういえば最近近づいてくる子のことなんだけどさ」

「うん」

「どうしたらいいのか悩んでいるんだよね」


 どうやらその子も化粧しなくていいとぶつけてきたらしい。

 最近は薄くなっているものの、個人的にはまだいらないと考えているから共感できる。

 が、結局決めるのは彼女であって周りじゃない、しかも私に言われても続けているということはそれ相応の意思があるということだ。


「愛海も聞いていたけど、その子のことどう思っているの?」

「優しくていい子なんだよね、ただ……その子といると美咲や愛海といられなくなって嫌かなと」


 彼女は「最近はユウもだね」と複雑そうな笑みを浮かべた。

 放課後までは私たちといて、放課後になったらそっちを優先すればいいと言ってみたものの、放課後でも3人といたいって言われてしまった。

 主に愛海がいるからだろうけど、なんだか嬉しかったのは言うまでもなく。


「ルナも会いたがっていたしさ」

「のっそりとしているけど大人しくて可愛かった」

「はは、いつもは高いところでじっとしているんだけどユウの上が心地良かったのかもね」

「調べてみたんだけど温かい方がいいんでしょ? ユウはひんやりしているのに意外だよね」


 電気代だの餌代だの、調べてみると「あ、いいです……」となるぐらいの内容だった。

 やはり命を預かるということはそういうことなんだって考えを改めさせられたね。

 しかもルナちゃんは大きい、というか長い? から急に来たら叫びそう。


「あ、今日来てみたら? 美咲の上にも乗ってくれるかも」

「そうかな? あんまりすぐには慣れてくれないとも書いてあったけど」

「大丈夫っ、だから約束ね!」


 まあどうせ0時まではこのままなんだからいいか。

 ……それはいいとしてお腹が凄く減りました。

 無闇に移動したりしたのが悪かったのだろうか、なんかそんな気がする。


「ユウ……」

「なんですか?」

「お腹減っちゃった」

「なら自分から吸ったらどうです? はい、どうぞ」


 え、なにそのアブノーマルなプレイ。

 あれでもこれって永久機関では? 結局自分の中に戻るだけなんだから。


「それは私に任せてっ」

「言っておきますけどね、かなり疲れますよ?」

「え゛」

「恐らく加減もできないでしょうし、なにより美咲さんはお腹を空かせていますからね」

「だ、大丈夫だよっ、この後は特に予定もないんだから!」


 ユウは「なにが起きても知りませんからね」と冷たい顔のまま教室から出ていってしまった。

 愛海が明らかにこいっという顔で待っていたからユウの真似をしてみた結果、


「きゅぅ……」

「だ、大丈夫?」


 私のときとは違って倒れてしまうという問題が。

 もしかしたらユウは吸っていなかったのかもしれない。

 それで体を借りて食事を摂ることで栄養補給、みたいな感じで。


「なんてねっ、大丈夫だよーんっ」

「こらっ!」

「ごめんごめんっ」


 いいや、ルナちゃんに会えるまで教室でじっとしていよう。

 結局空腹感が紛れることはなかったし。


「うぅ……」


 ただただ地獄だった、お昼休みなんかは特に。

 それでも私は乗り越えていまこうして瑠奈の部屋にいる。


「ルナちゃん」


 慣れてくると飼い主の呼び声には反応するようだ。

 が、どうしても浮くしかできない私には近づいて来てくれなかった。

 かなり残念だ、床に普通に寝転べていたユウは凄かったということになる。


「座れないんですか?」

「うん、触れもしないしね」


 試しに寝っ転がっている愛海や座っている瑠奈を触ってみようとしたがすり抜け。


「ルナさん」

「お、ルナ近づいてるね」


 あの見た目に反応するということは戻ればそういうことなんだろうか?

 つまり嫌われているわけではないと、もしそうだったらかなり嬉しいけど。


「いたたっ、つ、爪がめり込んでますぅ」

「あははっ、それは慣れてっ」

「でも、部屋が広かったりしてルナさんのことがよく考えられていますね」

「うん、上にも余裕があるようにしているし、ライトとかもちゃんとしたよ。過ごしやすい環境を用意してあげれば長く生きてくれるからね」


 ユウの肩に乗ったままゆっくりとしている。

 後で戻った際に痛みが一気にくるっ、とかないよね? ないと思いたい。


「ストレス……とかにはならないですかね? 大丈夫ですか」

「あんまり過剰に触りすぎると駄目だけど、自分から乗っている分には大丈夫だよ」

「ということは、認められているということですかっ?」

「元々ユウには乗っていたわけだからね、感じ取ってるんじゃない?」


 あ、そういえばそうか。

 ということはつまり、私が認められているわけではないと。


「あ、移動するみたいですね」

「うん、あの上のところがお気に入りだからね」


 なんかこうしていると盗み見しているようで申し訳なくなってくる。

 愛海なんかはまた爆睡してしまっているし、温かいのが影響しているんだろうな。


「でも、可愛いですね、可愛いからというだけで飼っていいわけではありませんが」

「うん、そうだね、ちゃんとしてあげないとストレスも溜まるしね」

「美咲さん、おいで~」

「……ペットじゃないんだけど」

「名前を呼んだら来て偉いでちゅね~」


 むかつくっ。

 だけど瑠奈から「ルナは家族だけどね」と言われて落ち着いてしまった。


「……今日はすみませんでした、つい調子に乗ってしまって。あっさり見破られたときは大変驚きましたけど、よく考えたら当たり前だってわかったんです」

「べつにいいよ、謝らなくたって」

「じゃあ延長――」

「それは駄目、私はやっぱりその体でいたいよ、ふたりやユウとね」

「そう……ですよね、わかりました」


 悪いけどやっぱり譲れない。

 私はまだまだこの世界に普通に生存していたかった。

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