04話.[これぐらい普通]

 なんだこれ、というのが正直な感想だった。

 いや、瑠奈がただイグアナを飼っていたというだけではある。


「よよよ……美咲さん、助けてください」


 が、床に転んでいるユウの上に乗っかって寝てしまっているのだ。

 瑠奈と愛海には見えていないようなのにイグアナのルナちゃんには駄目みたい。


「ね、ほんとにそこにえっと、ユウがいるんだよね?」

「うん、だからルナちゃん浮いてるでしょ?」

「うん、確かにおかしいもんね」


 でも、ふたりには触れないと。

 猫なんかも幽霊とかを見られるって聞いたことがあるし、動物特有の能力かもしれない。

 つまりいま見られている私もそっち側、……なんかあんまり嬉しくないな。


「ルナ、おいで」


 にしても自分のペット、家族に自分の名前をつけるなんて大胆だ。

 私で言えばユウに自分の名前をつけるようなものか、できないな絶対に。


「偉いね、ちゃんと行って」

「うん、基本的にのんびりしているけどね、この愛海みたいに」


 はぁ、人の家に来ておきながら爆睡って。

 解放されたユウはふわふわと涙目で浮かんでいた。

 ああ、絶対にもう付いていくって言わないだろうなこれ。

 軽くトラウマになってそう、後で癒やしてあげるとしよう。


「愛海、起きなさい」

「んがっ! もにゃもにゃ……んー?」

「起きてっ」

「わ、わかったからっ」


 寝かせておけばよかったのに。

 そうすればルナちゃんも寝台として利用するかもしれなかった。

 で、気づいた際に慌てている愛海が見たかったな。


「あ、ユウちゃん見えた」

「うそっ?」

「ほんと、そこにいるよ?」


 指している方は間違っていない。

 見てきたのでうなずいたら「ずるいっ」と瑠奈が悔しがっていた。

 今日はハイテンションだ、家に友達が来てくれたことが嬉しいのだろうか?


「ユウ、後で相手をしてあげるから瑠奈にも見せてあげて」

「わかりました、ん……っと、これでいいですか?」

「見えたっ」

「うん、ありがと」


 そのときはなんともなくても後にどっとくるかもしれないから安易に吸わせてあげるとは言えなかった。本人が寂しいと口にしていたんだし相手をしてあげるだけで満足してほしい。


「んー、なんか清楚系美少女みたいだね、わたしとは真反対かな」

「でもこの子、いつでもなにかを企んでいるからね」


 寝ているときに高笑いしていたし。

 いまだって本を読んでいる間に「こういう方法もいいかも」とか呟いている。

 油断していたら恐らくあっという間に独占される、だからいつでもどちらが主かをはっきりさせておかなければならない。


「愛海と瑠奈の方がいいよ」

「え、酷いですよ……」

 

 しょうがない、付き合っている時間が違う。

 おまけにユウからすれば吸えればそれでいいわけなんだからね。


「さて、ルナちゃんも嫌だろうしもう帰ろうかな」

「えー……んーでも、そうやって考えてくれるのは嬉しいから許す、来てくれてありがとね!」


 またすやすやと寝始めていた愛海は残して帰路に就く。

 歩いている途中、ふわふわ浮いているだけでいいユウがいいなと真剣に思った。

 だからって死にたくはないけど。

 まだまだ生きていたい、65歳までは最低でも生きたい。


「で、どうすればユウの寂しさは紛れるの?」

「話し相手になってくれればいいです、ただ」

「ただ?」


 すぐに続きを言わない。

 いるんだよね、こうやってこちらの意識を引こうとするタイプ。

 そのくせ、なんてことはなかったりするからなんだそりゃってツッコみたくなるんだけど。


「……お友達の前だと意地悪するから嫌いです」

「そう言わないでよ、悪いことをしようとしたのは本当でしょ」


 そもそもどんな展開だよっていうね。

 幽霊とコミュニケーションできるってことは霊感があったのかって驚いているし。

 あと、生きている私より表情豊かで生き生きとしているし、なんか可愛いし。

 あれだけ瑠奈が来てほしいと言っていてくれていたけど、今後は言ってこないかもしれない。

 だってユウは自由に移動できる、おまけにもう見られるのだからそっちを求めるかもしれない。


「ま、愛海や瑠奈と仲良くしてあげてよ、なんなら学校に来てみたら?」


 そうすれば寂しくないでしょ?

 校内探検をしたっていい、授業中に空中にふわふわ浮いて観察とか楽しそう。

 私もなんかそうしていたいな、そうすれば傷つかなくて済む。

 あの輪に加わるよりも見ている方が好きだ、愛想尽かされてそれすら不可能になることよりもマシなのでは? いやまあ、死にたくはないけど私がいなくなったって大した変化はないから。


「明日から行きます、雰囲気だけでも味わいたいですから」

「継続して見られるんでしょ?」

「恐らくそうだと思います、美咲さんが見られていますからね」


 あんまり嬉しくないけどね、最初は搾り取られて死ぬと思っていたぐらいで。

 それでもよくわからないけど、家で喋りやすい相手ができたのは大きい。

 母に相談できないこととかもあるから、大抵そんな小さな問題で悩んでいるのかって笑われてしまうからね。

 ただ、どこまで話していいのかという悩みもある。

 この子をどう扱っていいのかがわかっていないからだ。


「着きましたよ? 先に入ってますからね、本の続きが読みたいのでっ」


 自分でも気づかないぐらい不安を抱えていて、それを癒やすために現れてくれたとか?

 なんだかんだいっても自分に都合のいい存在すぎるもんね、ユウは。

 肩とか揉んでくれるから癒やされるし、好きな本のことを話せるから楽しいし。

 ……愛海のことを嫌いだとか考えていたのは自分が嫌われたときのためだったのかな。


「はぁ、全部マイナス寄りだ」


 鍵を開けて中に入る。

 どんな展開になろうと家が安心する場所には変わらない。

 なにかがあったらこもればいい、その際はユウも消えちゃいそうだけど。


「あ、遅いですよ」

「大丈夫」

「はい? まあ、大丈夫ならいいですけど」


 とにかく、嫌われないように生きるしかない。

 ちゃんと返事をしたりしていれば嫌われることはないだろう。

 そうすればまだ続けられる、この楽しい生活をずっとこれからも。


「あ、これを持ちながら愛海さんのお家に行ってきます」

「わかるの?」

「はいっ、私は高機能ですからねっ」

「それなら気をつけて、連絡はしておいてあげるから」

「ありがとうございますっ、行ってきます!」


 結局、その日はユウが帰ってこなかった。




 体育の時間でバレーをしていた。

 実は何気に自信がある、拾うのが得意だった。


「よいしょ」


 あ、リベロの人がやるみたいなことではなく単純に雑用としてたけどね。

 たまに飛んできた球を拾っては返すということを繰り返していく。

 チームには入らない、なんというかその、自信がないわけではないけど足を引っ張りたくない。

 ほらあれだよあれ、バレーも本当に好きな人にやってほしいだろうしと言い訳を重ねる。

 ……単純に誘われないからとかは言っちゃいけない。


「美咲さんはやらないんですか?」

「まあね」


 こういう団体競技は苦手だ。

 自分がミスればチームに迷惑をかける。

 あからさまに悪く言う、そのせいで慌ててよりミスを誘発する。

 正に負の悪循環だ、だから多少成績が下がってもこうしているのがベストなわけ。

 逆に個人でできるのは好きだ、バドミントンとかバスケとか。

 それも団体だろと言われればそれまでではあるが、壁打ちとかひとりでシュート練習とかできるからね。しかも真面目にやっていれば怒られない、だってそれをしているんだからね。


「私とやりましょうっ」


 ユウとやったらやべーやつになってしまう。

 なぜか空中で私の方にボールが返ってくるんだからね。


「美咲ちゃん、一緒にやろ?」

「わかった」


 でも、駄目だった。

 みんなは大丈夫、ドンマイ、気にしなくていいよって言ってくれたけど突き刺さった。

 明らかに無理して言ってくれているのがわかったからだ、面倒くさいメンタルだよ我ながら。

 だからかわりに片付けを頑張った、こういうところで褒めてくれるのはありがたいかな。


「ユウ、ほらこれ貸してあげる」

「こ、これは続きじゃないですか! 瑠奈さんいいんですかっ?」

「うん、愛海からその本が好きだって聞いたからさ」

「大好きですっ、美咲さんのお部屋には1、3、5,6、9巻しかなかったですからね」

「あははっ、なにそれ中途半端じゃんっ」


 違う、飲み物をこぼしてお陀仏にしてしまったからだ。

 私だってそんな酔狂な買い方はしない、アニメから入ったとかではないし。


「じゃあ私からはユウちゃんにこれを、ちょっとえっちなやつだけど興味津々だったから」

「えっ、あー……か、借りてあげてもいいですよ?」

「素直になりなよもー」

「は、はい、ありがとうございます」


 というか、愛海はそういうのに興味あったんだ、お菓子ぐらいにしか興味ないかと思ってた。

 てかさ、なんだろうこの疎外感、もう早速マイナス思考の内容が実現化したわけ?

 はっ、実はユウのことはずっと昔から見えていてそっちに興味があったから来てくれていた?


「ふぅ……」


 それはないな、うん。

 ご飯を食べた後のこの時間が好きだ。

 問題は眠くなること、でもまあいいか。


「み・さ・き、ちゃんっ」

「重い」


 後ろから抱きしめるようにしてきているから顔が近い。

 体育で汗をかいていたはずなのにいい匂いで……なんか中途半端な気分に。


「さっきは残念だったね」

「いや、あれが私だから、運動はあんまり得意じゃないんだよね」

「でも、誘ったら一緒にしてくれるところが好きかな。あとはそう、お片付けをしっかりするところとかさ、素晴らしいと思うよ」


 ……こういうところが嫌いだ。

 なんか不安になっているときにすぐにそれを吹き飛ばしてくれるみたいなさ。

 

「愛海は私に甘すぎ」

「そんなことないよー」

「……私も汗をかいたから離れてくれると助かるんだけど」

「大丈夫っ」


 ああもう調子が狂う、トイレにでも行こう。


「美咲さん、お腹が痛いんですか?」

「ううん、ただトイレに行きたいだけ」


 あの子の方が上だと思い知らされる。

 甘えさせているようでこちらが甘えてしまっているということか。


「ちょ、プライバシー」

「いいじゃないですか、美咲さんから離れたくありません」


 どんなプレイだよ……。

 しかも離れたくないとか言っておきながら昨日は帰ってこなかったくせに。


「ユウはさ、あのふたりのこと好き?」

「はい、優しくしてくれますから」

「私も好きだよ、あのふたりのこと」


 愛海のことはもっと。

 それでもまだ恋愛的な意味ではないと思うけど。


「でも、最近はちょっと寂しいんだ」

「寂しい、ですか?」

「うん、だってほら、ユウといるときの方が楽しそうだし」

「そんなことないですよ、先程美咲さんに触れているときの愛海さんはとても幸せそうでしたよ」


 ……とりあえず個室から出よう。

 本当にそうなのかな、そうなら普通に嬉しいけどさ。

 

「……ごめん、なんか嫉妬みたいなこと言っちゃって」

「え、あ、大丈夫ですよ」

「ユウは気にせずふたりと仲良くして」

「はい、美咲さんともしますけどね」


 それはありがたい。

 わざわざ自分から拒むことをするタイプではないのだ。

 が、ユウは「このえっちなやつ読んできますっ」とどこかへ消えてしまった。

 私も手を洗って教室に戻ることにする。


「おかえりー」

「うん、ただいま――ん? 瑠奈は?」

「あ、女の子に呼ばれて出ていったよ?」


 へえ、愛海でも無理だって言っていたぐらいだし振り向かせるのは無理そうだけど。

 って、べつにそればかりで考える方が間違いか。


「愛海、さっきはありがとね」

「うん? お礼を言われるようなことはしてないけど」

「ううん、あれで不安がちょっと飛んだから」

「なにか困っていることとかあるの?」

「大丈夫だよ」


 特に言うことではない。

 こうしていてくれているだけで満足だった。

 お昼休みぎりぎりに瑠奈が戻ってきた。

 特に複雑な表情というわけでもなかったから問題はなかったように思う。

 5時間目は睡魔との戦いだった。

 寝そうになるのをなんとか愛海の横顔を描きながら耐えた。

 6時間目は特に問題もなかったから集中した。


「愛海、帰ろ」

「あ、ごめん、友達に誘われてて」

「そっか、じゃあこれで」


 瑠奈にも頼んでみたが失敗に終わる。

 ユウは……いつ来るかわからないからひとりでの下校。


「あ、今日新巻の発売日だ」


 きっとユウも喜んでくれるだろう、なにより自分が読みたかった本だからと買っていくことに。


「が、って感じだよね」


 寝る時間になっても帰ってこない。

 愛海や瑠奈から連絡がないから向こうにいるというわけではないんだろう。

 ということはあの本たちを1日で読もうとしているのかな。


「ま、無事ならいいけどさ」


 って、そんな心配をする方がおかしいか。

 だって死んでいるんだし、こちらは気にせずに寝るとしよう。




「美咲ちゃん、一緒に帰ろっ」

「あ、ごめん、今日は代わりに委員会の仕事をやっていくことになっててさ」

「そうなんだ……」


 図書委員の子の代わりに大量の本を本棚に戻すという作業だ。

 先輩さんには説明してあるから行ってくれれば大丈夫だということだったので向かう。


「それじゃよろしくね」

「はい、わかりました」


 こういう単純で地味な作業が好きだったりもする。

 誰にも邪魔されない、コミュニケーションを必要としないのがいいかも。

 午後18時までに終わらせればマイペースにやっていても怒られないのもいい。


「あの子またサボったのね」

「え……」

「ちゃんと疑った方がいいわよ、なんでも受け入れていたら駄目ね」

「でも、やることもないですから」

「甘い、そんなことを続けていたら本当に過ごしたい子と一緒にいられなくなるわよ」


 その人は「ま、手伝ってくれてありがと」と残して受付に戻っていった。

 べつにこれぐらいなんてことはない、愛海の誘いを断ることになったのはあれだけど。

 黙々とやって10分前には終えることができた。


「あ、もう暗いな」


 段々と気温も冷たくなってきているから早く帰らないと。


「お疲れ様」

「え……なんで?」

「帰ってもやることないしね……って、これなら手伝った方がよかったかな?」

「いや……それは私が頼まれたことだから」

「ふふ、偉いねっ、帰ろっか!」


 やばい、地味にどころかかなり嬉しい。

 もう……こういうことを平気でやるから嫌なんだ、矛盾しているけどさ。


「瑠奈ちゃんはまた女の子と一緒に帰っちゃってさ」

「気に入ったのかもね」

「うーん、そうなのかな?」


 誰とでも仲良くするタイプだからなにもない可能性もある。

 家が近所だからとか、そういう些細な理由かもしれない。

 けれど頻度が高まってくるとやっぱりそういう風に考えてしまう。

 恋愛に興味がないとか言っておきながら恋愛脳なのは微妙だなあと苦笑した。


「んー、瑠奈ちゃんが他のところに行っちゃうのは寂しいなあ」

「遠慮しないで行けばいいじゃん」

「実はその子に睨まれちゃったのでした」

「それで遠慮するとからしくないじゃん」

「でも、もし本気だったら邪魔したくないしさ」


 そんなの関係ない、結局決めるのは瑠奈なんだから。

 特になにも言ってないのに勝手に遠慮されたら嫌だろう。

 私がそうだから……自分だったらしてほしくないと考えてしまうだけかもしれないけど。


「そっか、そうだよね!」

「うん、愛海がしたいようにすればいいよ、瑠奈が注意してきたら聞かないとだけど」

「ありがと!」


 べつに、これぐらい普通だ。

 いちいちお礼なんか言わないでよ、なんか虚しくなるからさ。

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