03話.[家にいるときは]
私は謎のプレッシャーを前に体を縮こまらせていた。
こんなことは初めてだ、少なくとも教室でこんなことになったことは。
あくまで中央では愛海や瑠奈が盛り上がっている。
本来はただただ賑やかで落ち着く時間だ、なのにこれは……。
横を見てみるとこちらを睨んできている女子が見えた。
いや、それはまだいいんだ、なにか不満とかがあったんだろうし。
けれどさ、机の横に膝をついてさ、顔が真横にあったら怖いじゃん?
「な、なに?」
と聞いても答えてくれないのが怖い。
仮に悪口であったとしても自由に言ってくれた方がまだマシだろう。
クラスのみんなが気づいている感じもない。
もしかして私にだけしか見えていない幻影なのだろうか? それとも幽霊?
「あ゛……あ゛……」
これ絶対に悪霊とかそういうのでしょ!
えぇ、特に心霊スポットとかに行ったわけじゃないのに。
昨日したことは愛海と夜に会って寝ただけ、お昼だってスーパーに行っていただけだ。
「美咲ちゃん、どうしてそんなに青ざめた顔してるの?」
「あ、愛海、ここにいるのって……」
「ん? 誰もいないけど?」
おわた、あとは生気を搾り取られて死ぬだけなんだ。
ああ、早い終わりだなあ、なんかなにも言わずに死ぬのは嫌だなあ。
「愛海、可愛くて好きだったよ……」
「へ……? ちょっ」
「はぁ……もっと一緒にいたかったなあ」
やられるだけなのも悔しいからぎゅっと幽霊の腕を掴んだらできてしまった。
そのまま教室から連れ去る、なんともまあ素直に付いてくる幽霊。
「あ、あなたなんのつもり?」
「え゛……だ、だって、あそこの席は私の席ですから」
よく見てみたら制服が全然違う。
つまりこれはその、過去に通っていた女生徒の幽霊か。
「というかさ、あなた前髪を上げた方がいいんじゃない?」
「あ、あのっ、恥ずかしいのでやめてください……」
「幽霊がなに恥ずかしがってるの」
見た目が優れているくせにわざと地味女っぽくしているやつが嫌いだ。
堂々としろよって思う、瑠奈とかもやっぱり化粧いらないだろって思う。
なんで素のよさを全面にアピールしていかないのかがわからない。
「ゆう……れい?」
「そうだよ、もう令和2年なんだから」
「え、じゃあ……死んでいるということですか?」
「そうだよ」
真面目に会話できているのすら不思議だよ。
あ、どんどんと雰囲気が怪しくなっていくよ。
「それならあなたも一緒に来てください」
「い、いや、私はまだ生きていたいか、なあ!?」
有りえないほどの力で掴まれてうぐっと声を漏らす。
それでも抵抗はやめない、諦めたら死ぬ。
ただで死ねるほど嫌な人生ってわけじゃないんだ、私は最後まで抗ってみせる!
「ふふふ、無駄ですよ、マイナスの方が強いに決まっています」
「そんな……」
教室っ、と見てみてももう真っ暗闇だった。
賑やかな声も聞こえてこない、初めて誰かの前で涙が出て。
数秒経過した頃、抵抗する気も失せてしまった。
でも、
「嫌だっ、私はまだ愛海や瑠奈といたいんだからあぁ!」
あのふたりの存在が私に力をくれた。
「いったぁ!?」
「え……」
これまた数秒経過した頃、おでこがじんじんと痛み始めた。
「もうっ、痛いじゃんっ」
「愛海……?」
「そうだよっ、放課後になったのにずっと寝ているから心配で声をかけたらさ……」
思わず抱きしめてしまった。
なにやってるんだと違和感しかなかったけど、主に愛海のおかげで悪夢から帰還できたわけだしと片付ける。実際に涙が出るような怖い夢を見たのは初めてだったから。
「ありがと、いてくれて」
「う、うん」
「帰ろっか」
あの幽霊には悪いがまだ死んでいられないのだ。
一般的な人生を送り、最後は天寿を全うして終わる。
それが理想だ、なにか特別なことがなくたって構わない。
が、
「こんにちは」
先程の幽霊にまた出会ってしまった。
呑気に挨拶もしてきやがったっ、あと、アドバイス通り前髪を切ってきてるっ。
ちょうど別れるところだったから愛海に挨拶をして距離を作る。
「あ、心配しないでください、もう悪霊じゃありませんから」
「へえ……」
その真っ白いワンピースはお洒落のつもりだろうか。
目が丸っこくて笑顔が柔らかくて、生きている私よりもすてきじゃんか。
「住むのでよろしくお願いします」
「嫌だ」
「い、いやあのっ、メリットもありますから!」
「じゃあ言ってみて」
「夏は少し涼しくしてあげられますっ」
なんだか限定的な能力だった。
大体、悪霊じゃないなら空間を冷たくしたりはしないと思う。
よって、この子は信用できない、道連れにしようとしたぐらいだしね。
「もう少しまともなメリットを用意してよ」
「び、美少女がひとつ屋根の下に」
「それなら愛海が住んでくれた方が嬉しい」
「あ、見た目も変えられますっ、ふん!」
目の前には偽物の愛海が出来上がったが無視。
そんなので満足させようとするのは違う、自分で仲良くならなければならないのだ。
「戻して、それは愛海を馬鹿にする行為だから」
「はい……」
気にせずに帰ることにする。
どうせ引っ付いてくるだろうから気にしても無駄だからだ。
貫通とかだってするだろうし、許可が下りなくても強硬するだろうし。
「で、あなた名前は?」
「美咲さんがつけてください」
「じゃあユウで、危害を加えないのであれば自由にしてくれていいよ」
なにかお金がかかるというわけでもなし、他の人には見えないというのも大きかった。
「なんでいきなり現れたの?」
「お腹が空いていたので人がたくさんいるスーパーを歩いていたら……って感じですかね」
「まさか悪いことをしていたんじゃないでしょうね?」
仮にそうだとしたら突き返すことになる。
無意味だろうけど受け入れてなんかはいられない。
「いやあの、た、多少は人からこうちゅうっと吸わないと残れないと言いますか……」
「それを続けられるとどうなるの?」
「多少の疲れが出る程度でしょうか。あ、で、でも、安心してください! 1回ちゅうと吸えば半月は大丈夫ですから!」
「はぁ、じゃあこれからは私だけにして。で、本当に死んだりしないんだよね?」
「死にませんよ、ふとした拍子に『疲れたな……』となるだけです」
普通にデメリットじゃん。
で、メリットは夏になったら涼しくしてくれるって?
割りに合わない、だってこれから私は何度も「疲れたな……」となるわけなんだから。
「メリットが弱いなあ」
「……わかりました、こうなったら体で払います」
「脱ごうとしなくていい、もういいから適当にしてて」
虚空に向かって話しかけるやばいやつになるということでもある。
あ、でも、どうしようもなく悲しいときなんかにはいてくれるだけで落ち着くかな?
「あの……早速吸わせてもらってもいいですか?」
「ま、いいよ」
選ばれた場所は唇とかではなく首筋だった。
見えていなかったら知らない内にこうされてるってことだよね?
ユウが女の子ではなくおじさんとかだったらゾゾゾと背筋がなっているところだなと苦笑。
「特になにも感じなかった」
「大抵は相手に見えない状態でするものですからね」
すっきりとしたような表情を浮かべながら「一応の配慮です」とユウは答えた。
「うーん、疲れてるのは元からだからわからないな」
「え、じゃあ日を改めた方がよかったですか?」
「いや、ユウのせいで疲れていたんだからね?」
「そんなっ……」
最初は完璧に悪霊モードだったんだから。
それから平気で道連れにしようとするし、……そのせいで愛海に抱きついちゃって恥ずかしかったんだから! まったく、もっとわかりやすくいいと言えるようなメリットを用意してほしいね!
「あ、肩揉んで」
「はい」
ああ、とても優しい力加減だ。
色々なことがありすぎて疲れていた体が癒やされていく。
これを最初からやっておけば私だって疑わずに済んだのに。
「ちょっと寝るね……」
「はい、おやすみなさい」
いまはただ……生きられていればいいかという思いしかなかった。
眠っている彼女を見てくくくと笑う。
「あははっ、人間とは本当に単純だっ」
ちょっとでも下手に出ていれば折れてくれる。
しおらしい態度を装っていれば簡単に吸わせてくれる。
おかげでもう困らない、あとは寄生して存在していればいい。
「うるさい」
「ご、ごめんなさい」
選んだのはたまたまだった。
弱そうだったから、ただそれだけでしかない。
事実、スーパーではへろへろだった。
いまは一応少しだけ強く見えるが、装っているだけに違いない。
ふふふ、後悔しても知らないからな!
「いま邪悪なこと考えていたでしょ?」
「そ、そんなわけないじゃないですか……って、きゃあ!?」
「ちゃんと吐くまでお尻ぺんぺんの刑」
「いたっ、痛いっ、痛いですよ!」
「ちゃんと吐きなさい、答えるまでずっとやるからね?」
約30分が経過した頃、私は解放された。
お尻はじんじんと鈍く痛んでおり、目の前の彼女は笑みを浮かべている。
「なにかしようとしたら必ずそうするから」
「ぼ、暴力反対――な、なんでっ?」
勝手に自分から被害に遭おうと移動し始めてしまった!
あ……もしかしてご主人様だから? 吸わせてもらった時点でそういう契約がなされたと。
「ねえユウ、本当になにも悪いことを考えていなかったの?」
「か、考えていません」
「はぁ、言ってくれると思ったんだけどなあ」
こちらの方が泣かされる羽目になった。
不思議だったのはこちらが泣いているのに美咲さんが笑っていたこと!
つまりこれはその、やばい人を選んでしまったということになる。
「ふふ、ま、なにも悪いことをしなければ私だってしないよ」
「うぅ……」
駄目だ、逃げなきゃ自由がなくなってしまう。
とりあえず今月は問題なく存在することができるようになったから問題ない。
「お、お世話になりました」
「あ、出ていくの? それじゃあね」
な、なんて冷たい人なんだろうか。
違う、なにもかも全て作戦だったんだ。
私みたいな弱い存在を利用するために装ったっ。
怖いっ……いますぐに出ていかないとっ。
「なんてね、行かせるわけないでしょ?」
「ひぃっ」
「まあそう怯えないでよ、悪いことをしなければあんなことやらないから」
慌てて出ていこうとして転んでいた私の上に座ってくる。
この時点で悪いことをしなければという限定的なものではなくなっている気がしますけど!
「それよりユウ、今日はどうせ疲れているからもっと吸っておけば?」
「い、いえ、あまりにも急激に吸うと問題があるんです」
「やっぱり死んじゃう?」
「あまりにも吸いすぎればですけどね。でも、仮に軽度であっても負担をかけることになるので」
「ふぅん、人間は単純とか言っておきながら心配してくれるんだ」
そりゃまあ安定して吸えなければ困るわけだからそうだ。
それに人間と一緒で食事を楽しんでいるタイプだから頻度が多い方がいい。
一気に吸えれば楽なのは確かだけど、なんか捨てられても嫌だし……。
「やめておきます、元気でいてくれた方が美味しいですから」
「へえ、味とかあるんだ」
元気な人は甘くて美味しい。
逆に疲れている人から吸うと苦いというか酸っぱい?
でも贅沢は言っていられないから我慢してきたことになる。
「ちなみに、美咲さんのはカラメルプリンみたいな味でした」
「なるほど、つまりちょっと苦い感じだね」
「はい、本当に疲れていたんですね」
「ユウのせいだけどね」
くぅ、自分のせいで質を落としてしまうとはっ。
「あの、本当にいてもいいんですか?」
「うん、まあいいよ」
くくく、容易い。
やっぱり人間――特に美咲さんは甘い。
本人から色々と許可を得ている、友達に手を出したりしなければ怒られないし。
「ほらっ、肩でもなんでも揉みますよ!」
「うん、よろしく」
容易い、こうしてあげればどんどん質が上がっていくのだから。
ん……なんか首筋を見ているとこう……くるものがある。
「雨?」
「あ、私の涎です」
「きちゃない……吸いたいなら吸えばいいじゃん」
もしかしたら幽霊ではなく吸血鬼なのかもしれない。
お言葉に甘えて吸わせてもらったら先程と違って甘さ全開だった。
睡眠とマッサージがよかったんだと思う、これぞ永久機関っ。
「んー、なんか絵面が酷そう」
「そんなことないですっ、美少女同士の戯れですよ!」
「私には似合わない言葉だ」
「そんなことないですよ」
とりあえず迷惑をかけないようにしよう。
基本的にここで生活することになるから……。
「あの、ゲームとかってありますか?」
「うん、下にだけど」
それだと利用するわけにはいかない。
本があるようだから読書をして過ごそうと決めた。
「わたしはね、許せないことがあるの!」
本から顔を上げたら瑠奈がそこにいた。
なにやら怒っているみたい、聞きたいような聞きたくないような。
あれから少し化粧を薄くしてくれたから気に入っているけれども。
「特に美咲!」
「ん?」
どうやら私に不満がある様子。
先程まで中心で盛り上がっていたのにどうしたのだろうか。
「な・ん・で・こ・な・い・の!」
なんでってそりゃ、見る方がいいからだ。
面白いことを言えるわけでもないからしょうがない。
みんなのためにしてあげているとかって認識はしていないけど。
「わたしはね、みんなと仲良くなりたいわけ!」
「うん、いいと思うよ」
素直になれないとかよりもずっと。
おまけにこういう子がいてくれれば教室だってギスギスしないし。
「なのに美咲は全然来ないっ」
「いや、話しかけてくれれば反応しているでしょ?」
「違うのっ、たまには美咲から来てほしいのっ」
愛海だってそんなワガママ言わないのに。
いまだってこちらのことなど気にせず盛り上がっているのに。
自分ばかりが行かなければならないのが嫌だということならしょうがないけど。
「なんでわからないかなあ!」
「私はいつだってここにいるよ」
好き好んで教室から出るわけでもない。
基本的に読書をするか、寝てるか、ぼうっと眺めているだけ。
これからも盛り上がっておいてくれないと困る、気に入っている光景なんだから。
「なら話しててよ、相手はするから」
「今度家に来てっ」
「別にいいけど、あ、というか私の家に来る? 愛海も好んでいるからさ」
「いいやっ、わたしの家に来てもらうのが先だから!」
ならユウも連れて行こうと思う。
部屋にこもっていたばかりだと悪いことを企みそうだしね。
後回しにするとまた怒られるから今日に実行。
「えぇ……いまいいところだったんですよっ?」
「来なさい」
「嫌だっ、本の続きが読みたいんです!」
駄目だ、本なんかいつでも読めるんだから。
「なら吸わせてあげるから」
「嫌だぁ……もう十分お腹いっぱいですよぉ……」
「はぁ……ならしょうがないな、解雇するしかないかもね」
「それも嫌ですよ!」
これまでどのように過ごしていたのかは分からないが新鮮さを味わえると思うんだ。
単純にしっかり見られる範囲にいてくれれば安心できる。
「行きます……」
「うん、愛海もいるからさ」
よし、これで私だけが怒られるということもなくなるな。
ふはは、ユウはたったこれだけで折れてくれるから容易いな。
「あの美咲さん」
「なに?」
「……寂しかったです」
「それはごめん」
家にいるときは可愛がってあげようと決めたのだった。
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