02話.[散々たる結果だ]

 散々たる結果だった。

 まず最初に行った映画館では濃密なシーンを見せられ。

 次に行ったカラオケ店では無理やり歌わされ、笑われ。

 お昼ご飯はともかく、夕方頃までずっとウインドウショッピングだった。

 全くデートではなかった、ふたりには悪いけど地獄の時間だった。


「おわた……」


 だけどなんと言われようとこれで終わりだ。

 ああ、いつもはとぼとぼと帰るのは嫌いなのにいまはただそれをしていたい。

 幸せだ、外を歩けていることが単純に。


「ちょっと、なに帰ろうとしてんの?」

「え……?」

「この後はひたすらお喋りタイムだよ!」


 そんなっ、帰って母の作ったご飯が食べられると思ったのに!

 こんなことってあるかっ、先程まで私のことなんてほっぽって商品にばっかり意識を向けていたというのに!


「あ、私はここまでかな、今日は楽しかったよ!」

「そかっ、じゃあまた月曜日にね!」


 あの……? なんで愛海だけ解散の流れになっているのかな?

 瑠奈はこっちの腕を掴んで帰そうとしない、おかしいなあ。


「ちょっとっ、もうちょっと楽しそうにしてよっ」

「私はこんな感じだから、諦めてもらうしかないかな」


 愛海もそれを了承して一緒にいる。

 ある程度は合わせてもらうしかない、こちらだって合わせているし。

 文句も言わず途中で抜け出さなかったのは合わせているからこそだ。


「それに邪魔をしたくなかったんだよ、ふたりは楽しそうだったし」


 愛海の友達ではいたいけどずっといられなくたって構わない。

 休日の間に仲を深めておいてくれるのならそれに越したことはない。


「ま、いいか、お喋りしよ」

「うん、いいよ」


 大きな広場に設置してあったベンチに座って話すことになった。

 空は暗く染まっており、もう帰ろうとしている人がたくさんいる。

 土曜日だというのに制服を着ている子や、スーツを着た人まで。

 反対に家族で楽しそうに歩いている人たちや、友達といる人もいた。

 やはり私は見る方が好きなようだ、ぼうっとしていると幸せだ。

 ん? 視線を感じて見てみたら瑠奈がこちらを見てきていた。

 いつもの笑顔は引っ込めて真面目な顔、真顔とも言えるという感じで。


「愛海はさ、いつもあんな明るいの?」

「うん、基本的にね」


 時々やかましいって感じるぐらいには。

 けど、あの子が元気ないと調子が狂うからそれぐらいがいい。

 彼女は前方を見ながら「すごいな」と呟いていた。

 長い髪を弄りながら言う様はなんだか不思議だったけれど。

 全体的にしっとりとしている気がする、先程とは別人すぎた。


「不思議だったのはさ、なんで美咲と関係が続いているのかってことなんだよね」


 それは私も聞きたいことだ。

 どこに魅力を感じて一緒にいてくれているのかわからない。

 可愛げのないことだって平気で言うし、優れているところがあるわけでもない。

 他人の悪口を言っているつもりもないが、その可愛げのない言葉の中に他人を傷つける言葉もあるかもしれない。つまりおおよそ好かれる要素がないわけ。

 

「あの子がおかしいのかもね、それか底抜けに優しすぎるか」

「いや、美咲に秘密があると思うんだよね」

「私はなにもできてないよ?」


 その日その日を私らしく生きているだけ。

 求めてきたら手をつないだりぐらいはするけど、まさかそれだけが理由ではないだろうし……盲目的に愛しているからだとも考えづらい。


「わたしははっきり言ってくれるところがいいと思ってるよ」

「そうかな、愛海にはよく怒られるけど」


 その度に失礼かなって反省するものの次に活かせないでいる。

 毎回出る、我慢しておくというのができないのかもしれない。


「でも、愛海が言ってくれたことも嬉しかったなあ」

「まあ、私個人が化粧いらないと思っているだけだから」


 せっかく可愛いのを台無しにしまっている。

 仮にそれが人避けのためであるのなら正しい対応かもしれないけど。

 でも、誰かといるときに幸せそうな顔をしている瑠奈はそんなこと考えてもいないだろうから、つまり単純に化粧が好きなのかな?

 私からすれば濃すぎるけど一般的に見れば普通レベルの可能性もある、とにかくとやかく言えるようなことではないと判断した。


「見たい?」

「無理しなくていい」


 どうせ見られても可愛いとぐらいしか言いようがないし。

 なにかが発展することもない、それでもなお化粧を続けてくるということはそちらに重きを置いているということだから寧ろ否定に近いことだ。


「歩こうか、お嬢さんをあんまり遅くまで連れ歩いていたら不味いし」

「うん、瑠奈が言うなら」


 生温い夜風が彼女の金色の髪を揺らした。

 辺りの電灯やらお店の明かりやらでキラキラ輝いて綺麗だった。

 ひとりだけもうクリスマスになった気分だった、は大袈裟かなと苦笑。


「少しだけ不安だったんだ、途中で高校が変わるのって。でもさ、愛海や美咲がいたから不安も吹き飛んだし、これからも楽しくやれそうだよ。だから」


 彼女はこちらを振り返って笑った。


「転校先の高校にいてくれてありがとうね」


 同性の笑顔を初めて綺麗だと思った。

 ぼうっと正直に言って見惚れていたら「行こっか」と彼女は前を向いて歩きだしてしまう。

 なんだかなあ、なんでみんなそんなに気持ちのいい笑顔を浮かべられるんだろ。

 こっちがぶすっと無表情(愛海談)の間にも楽しそうにしてくれていて。

 たまに一緒にいるのが苦しくなるときがある、こんな私がいてもいいのかと。

 けれど誘ってくれるのならなにもなければ断らない性格だ。


「ねえ、愛海と真剣にそういうつもりで仲良くしてみたら?」

「それはできないかな」

「なんで?」


 あんなに優しくて魅力的な子なのに。


「内緒っ、もっと仲良くなったら教えてあげるっ」

「えー、なにそれ」


 不満があるのならちゃんと言ってほしい。

 ずっと長くいたんだ、そうじゃないって全部に答えてあげるのに。

 あの子と一緒にいればわかる、一緒にいられることのありがたさが。

 嫌いなんかじゃない、ただただ自分と違って眩しいだけなのだということが。


「あ、愛海に不満があるとかじゃないからね?」

「わかってるよ、不満があるって言ったら怒るし」

「あははっ、美咲は愛海の保護者かな?」

「違う、友達」


 ずっとこのままがいい。

 あの子が楽しそうにしているのが1番だった。




「うへぇ……」


 初めてあんなに長時間遊んだ結果、翌日は筋肉痛になった。


「こらぁっ!」

「うるさーい……お母さんはお買い物に行かなくていいの?」

「まだ安くなっていませんからっ」


 何度も繰り返していればそのたったの十数円が大きいと。

 私もひとり暮らしを始めたりしたらしっかりするようになるのかな?

 あまり引き継がれていなさそうだけど、……ちゃんとやるようになってほしい。


「それより昨日は楽しかったの?」

「うーん、なかなかに過酷だったよ」


 母の戦場であるタイムセールのときよりも。

 なんであんな長時間平気で、笑顔でいられるのかがわからない。

 なにが違うんだ、女子好きな女子はそれぐらい強いと言いたいの?


「お母さんはさ、ずっと笑顔を浮かべてた?」

「んー、いや、美咲みたいに無表情でいることが多かったかな。でも、お父さんと出会ってからは少しずつ変わっていったと思う」


 恋かあ、そういうの興味ないんだよなあ。

 でも、母にとっての父みたいな存在が現れれば急に変わるのかな?


「それまでは一切異性に興味なんかなかったんだけどね」

「え、ということは同性に?」

「あ、恋愛に興味なかったの、だから急に変わって驚いたかな」


 まんま同じルートをたどっている気がする。

 だけど恐らく、いや、どうなんだろう。

 なんにも想像ができない、ぼへっと過ごしている自分だけは容易にできるけど。

 とりあえずいまはあのふたりと仲良くしていくことぐらいかな、できるのは。


「……っと、いたた……でも、たまにはお買い物に一緒に行くよ」

「覚悟してよ?」


 結果を言えば覚悟が足りなかった。


「も、もうむりぃ……」

「まだあと3つのスーパーに行かなければならないんだから!」


 本当に戦場だった。

 筋肉痛の状態で挑むこと自体が失礼な気がする。

 まだ足を踏み入れていい領域ではなかった、修行が全然足りないんだ。


「これで、終わりっ!」

「やったぁ……」


 とはならない、なぜなら家まで帰らなければならないから。

 まあ、将来のために経験しておいてよかったかもね。


「美咲、ご褒美としてなにが欲しい?」

「なにかが欲しくてしたわけじゃないよ、たまにはって娘なりのお礼」

「うっ、いまので泣きそうになった、だからこの荷物全部持って」

「それはむり!」


 なんとか地獄の時間より地獄の帰り道を歩ききった。

 が、そのおかげで母が作ってくれたご飯が凄く美味しく感じた。


「「いつも、いつも、ありがとうございます」」

「ふっ、感謝しなさい!」


 父と一緒に土下座。

 お世話になってばかりだ、たまにはこちらからもしないとねえ。


「美咲、たまにはゲームでもするか」

「うん」


 選ばれたのはレースゲーム。

 敢えて遅い車を選んでの勝負だ。

 父は最速の車を選んで大人げないところを見せてくれた。

 ただ、ここはくねくねと細かい操作が要求されるコース、分がないわけでもない。

 なにより自分からこれを選んでおいて微妙な結果にはしたくなかった。

 負けず嫌いという点は母から引き継がれているようだ。


「あー……」

「そりゃ負けるだろ、俺が何年これをしていると思っているんだ?」

「大人気ないなぁ……」

「敢えて遅い車を選ぶところは面白いけどな、それに言い訳もできる」

「言い訳なんかしない、完璧な負けだよ」


 汗もかいたからお風呂へ。


「ふぅ」


 なんで瑠奈はいきなりあんなことを言ったんだろう。

 まだまだこれからだ、めっちゃいいと盛り上がっていたのにおかしい。

 けど、外野はなにも言えないしなあ、普通に友達として仲良くしてくれればいいけれどもさ。

 ……なんか愛海の声が聞きたくなった。


「もしぃもしぃ?」

「いま大丈夫?」

「ん、うんっ、お菓子を食べてたところだからっ」


 食後でもこれだから太らないか不安になる。

 が、心配も虚しく彼女はずっと細いままだ。

 しかも胸だって私よりも大きい、つまりこれは食べた方が成長すると?


「この後って暇? 暇ならちょっと相手してほしいんだけど」

「暇だよっ、いいよ、相手をしてあげる!」


 適当に喋っていてほしいと頼んでベランダに出た。


「ふぅ」

「お疲れなの?」

「うん……昨日のあれで筋肉痛でさ」

「え、弱すぎだよ美咲ちゃんっ」


 そう言われてもしょうがない。

 ずっと走っていても呼吸すら乱さない子には負ける。


「んー、いまから走る?」

「走らない」


 犬みたいに駆けつけてくれるのは好きだからそのままでいてほしい。


「ね、星が綺麗だよ」

「え、愛海もベランダにいるの?」

「うん、ベランダでお菓子を食べてたんだ」


 ほぅ、なかなか悪くないかも。

 たーだ、そんなことをしたら母に叱られるからこちらは飲み物だけにした。


「なんか会いたくなるよ」

「そう? 私はこれだけで十分だけど」

「ね……会おっか」

「え、面倒くさいよ、明日になったら会えるじゃん」


 声が聞きたかっただけなんだ。

 おまけにもう満足しつつあった、向こうだってお菓子欲全開だろうし。


「お願い、いまから……」

「じゃあ……中間地点で」

「うんっ」


 あんまり夜に出てほしくないんだけどな。

 できるだけトラブルが起きないようにしたいんだけど。


「こんばんはっ」

「うん」


 休日モードのようで髪を下ろしていた。

 いつもは適当なところで結んでいるからなかなかに新鮮かも。

 いつか、愛海の笑顔を綺麗だと感じるときがくるのだろうか?

 そのときがもしきたのなら全てが終わった後のことのように感じる。 


「美咲ちゃん?」

「どうするの? ここで突っ立って話す?」 

「んー、それなら美咲ちゃんのお家に行きたい」

「結局それ……」


 そうだと思った。

 こうして夜に会って大人しく家に帰ったことがないし。

 で、放置もできないから結局こうして連れ帰ることになる。


「わーい、美咲ちゃんのお部屋ー」

「あ、いま気づいたけど頬についてるよ、じっとしてて」

「うん、ありがとう」


 うーん、恋愛対象と言うよりも妹みたいなものだ。

 常ににこにこにこ、元気いっぱいで大変よろしい。

 私としてはたまにこうして側に帰ってきてくれればよかった。


「あ、このぬいぐるみまだ残していてくれたんだ」

「当たり前じゃん、愛海から貰ったものなんだから」

「え、なんで私から貰ったものだから残しておいてくれるの?」

「そもそも捨てるものじゃないってこと」


 そりゃ友達から貰ったものを捨てるわけないじゃん。

 そんなことをする意味がない、それにぬいぐるみとかを捨てたら呪われそうだ。


「いいから寝よ、早く寝て筋肉痛を治さないといけないし」

「うんっ」


 なんだかなあ、いつも負けるんだよなあ。

 甘くしないと考えていてもいつも愛海のペースになっている。

 これを避けるために瑠奈を利用しようとしてしまったのは私が悪いけど。


「昨日瑠奈と話してたんだけどさ、化粧やめなくていいって言ってくれて嬉しかったんだって」

「だって……誰かに言われてやめることじゃないから」

「うん、いまとなっては反省しているよ、愛海が正しかった」


 だって、化粧が濃い状態でも綺麗だと思えたんだから。

 それでももうちょっと薄くてもいいと思う、あれではもったいない。

 素を隠すために目立ちたいということなら正しい、かな?


「私もお化粧したら可愛くなれるかな?」

「もう十分だよ」


 ありのままの愛海のままでいてほしかった。

 変わってしまったら嫌だ、いまの愛海がいい。


「え……」

「反応が遅すぎる、十分可愛いよ」

「ゆ……めかな?」

「いや、昔から可愛いとは言ってきてたでしょ」


 自分より優れているところばかりだから嫌いだったのだ。

 憎んだってなにも変わらないどころか虚しいだけなんだけども。


「寝なよ」

「……ドキドキして寝られないよ」

「大丈夫、愛海はそう言って即寝だから」


 逆にこちらが即寝とも言える。

 その結果、気づいたら朝だったし、隣の愛海は涎垂らしまくり。


「き、きちゃない……」


 服の袖で拭ってあげたけどまるで滝のようだった。

 これを止めるにはもう起こすしかない、私にできるのはこれだけだ。


「ふぁぁ~……おふぁよー」

「うん、おはよ」


 顔を洗って、歯を磨いて。

 私は母の朝食作りをいつも通り手伝う。

 愛海はその間自分の家みたいに寛いでいた。


「愛海ちゃん、なにかしないと朝食抜きだよ?」

「ええ!? そ、それは困るよぉっ」

「それならこれを着なさい、エプロンよ!」


 ああ……また母の悪い癖が。

 手伝わせるのではないのに、ただ着させたってしょうがないのに。

 愛海も朝食のためならと着ちゃうし……朝からカオスな感じだ。


「おかえりなさいませご主人様よ、はい!」

「お、おかえりな、なさいませご主人様……?」

「ああもう可愛いっ! 愛海ちゃんは最高!」

「は、恥ずかしいよぉ……」


 ……くそ、可愛いじゃん。

 やっぱりこういうところが母から遺伝しているのかもしれない。

 だってもっとしろとか思ってしまって、いま猛烈に後悔中だ。

 あくまで友達としていてくれればいいんだってと何度も唱え続けたのだった。

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