01作品目

Nora

01話.[女の子が好きっ]

「はぁ……疲れた」


 両膝に手をつきながら呼吸を整えている彼女を見て思った。

 私はこの子が嫌いだ、なのにどうして一緒にいるのかがわからない。


「待ってくれてありがとう」

「べつに、いきなり来たから困惑していただけだよ」

「あはは……そっか、でも、ありがとね」


 意味のないところでお礼を言ってくるのも嫌だった。

 だってそうでしょ? ただぼうっとしていただけなのにお礼を言われたら困る。

 この子の負担だって半端ないものになるだろうし、ぼうっとしている人なんてたくさんいるからね。

 なぜかこうしてふたりで帰ることも多いのも嫌かな。


「美咲ちゃんは聞いた? 今度、転校生が来るってこと」

「へえ」

「楽しみだよね、女の子って話だからさっ」


 そうでなくても男子より多い女子のクラスなのにこれ以上はいらないでしょ。

 なんかギスギスしているときもあるぐらいだから困る。

 そういう場合は仮に本を読んでいても集中できないからやめてほしい。


「そういえば女の子が好きなんだったよね」

「え? あ、うん……」


 同性同士での恋愛なんていまはなんも珍しくない。

 それでも親の立場だったらやめておけと言うのかな?

 少なくとも彼女――愛海あみの両親は特に言ってきていないみたいだけど。


「いい子だったらいいね」

「うん、その方がみんなも楽しく過ごせるもんね」


 いや、そうじゃなくてさ。

 同性が好きなくせにそれっぽいアピールをしていないから気になるんだ。

 つまりそれはビビッとくるような人間と出会えていないということになるから、その転校生がそうだったらいいねって言いたかったんだけど……。


「あ、もうここか」

「じゃあね」

「え……」


 立ち止まって彼女を見つめる。

 毎日こうしてくるのも嫌なところだ。

 なにを言うわけでもない、少し寂しそうな表情でこちらを見てくる彼女。

 そのくせ、こちらが動くとまた「あ……」と小さく声を漏らす。

 少し面白いのは近づくと表情が笑顔に段々と変わっていくこと。


「言いたいことがあるならはっきり言って」

「……手」

「はぁ、だったら最初からそう言いなよ」


 ただ手をつないでいるというだけなのになんだその顔は。

 それになにより、どんどんと赤くなっていくのが気になるところだった。

 だから決まって少し時間が経過すると、


「か、帰るねっ」


 こうして彼女の方が終わらせてくる。

 差し出していた手をポケットに戻して帰路に就く。

 先程はあんなことを言ったが、できることならその転校生がビビッとくる人であってほしいと心から願っている。

 つまりまあ、あの子は私のことをそういう目で見ているということだ。

 でもこちらはずっと友達のままでいたいから困ってしまっているというわけ。


「なのに手をつないでいたりしたら逆効果か」


 明日からは気をつけようと決めた。




 率直に言えば転校生は微妙だった、そういう候補としては、ではあるが。

 とにかく派手、金髪、巨乳、そこそこの身長、無意味とも言える化粧の濃さ。

 愛海が嬉々として近づくような子ではない、それが私の感想だった。


「茅野さんっ」


 って、行ってるし!

 近づきたくないとかそういう感情はないようだ。

 他の子だって他人を寄せ付けないオーラを前に遠慮しているというのに。


「なに?」

「私、榎本愛海、よろしくね!」

「うん、茅野瑠奈るな、よろしくっ」


 え、なんか普通に良さそうな子だ。

 コミュ力の高い愛海はもう連絡先を交換していた。

 私は予想外の展開に驚きつつも、もしかしたらワンチャンもあるかもしれないと喜ぶ。

 興味の対象が完全に茅野さんに移ってくれれば私は普通に友達を続けられるから。

 愛海と楽しそうに会話しているのがきっかけになったのかみんなが集まった。


「人気だな」

「加納先生も行ってきたらどうですか?」

「……正直に言って派手な生徒は苦手でな」

「でも、大丈夫みたいですよ?」


 仮に相手がどんなのでも愛海は行ってしまうんだ。

 そういう点は嫌なところでもあった。

 こちらが臆している間にも平気で友達を作って遠くに行ってしまう。

 友達ではいてほしいんだからどこかに行ってほしくないと願うのは間違っていないはずだ。


「中川こそ行ってきたらどうだ?」

「私は見ているだけで結構です」


 先生は「なんだそれは」と困ったような表情を浮かべてこちらを見てきた。

 いくらよさそうな子でも話が合わないだろうから、コミュ力おばけとは違うのだ。

 が、


「美咲ちゃん、この子が瑠奈ちゃんだよ!」


 放課後、なぜだか私たちは飲食店で集まっていた。

 茅野さんの隣に愛海、その対面に私ひとりという構図になっている。

 私はどうせ頼んだのならとジュースをちゅうちゅうストローで飲んでいた。

 その間も愛海は楽しそうに茅野さんと話をしていて、幸せそうで眩しかった。

 だからって帰ろうだなんて思わない。

 見ているだけで結構というのはこういうことでもあるのだ。


「あー……っと、中川ちゃんは愛海と仲いいの?」

「え、あー、どうだろ」


 愛海は「断言してよ!」と怒っているが、嫌いだしな。

 でも、友達ではいてほしいという矛盾。


「茅野さんはなんで引っ越してきたの?」

「ママの実家がこっちだったからかな、離婚したんだ」

「へえ、そうなんだ」


 離婚か、うちの両親も喧嘩するけどその心配はなさそうだ。

 また愛海が叫んでいたが茅野さんが止めていた、そこまで気にすることじゃないと。

 こういうところで変に謝ったら余計に惨めな気持ちになるだけだろうから謝らなかった。

 性格が悪いかな? もしそうなら今後は気をつけたいと思うけど。


「もう……美咲ちゃんはいつもこうなんだから」

「本人が気にしてなさそうだったからだよ」


 それは本人が指摘してくれればいいだけの話だ。

 他の人間に指摘されて変えるのは違う、ちんけなプライドかもしれないけどね。


「でも、ちょっと寂しいけどね」

「そうなんだ、だからそうやって派手さで覆っているの?」

「ちょっ、美咲ちゃんっ」

「これは舐められないためにかな」

「へえ、そんなの必要ないと思うけどね」


 幸い、あの教室では苛めの類とかはないし。

 そういう派手さが逆に注目を集めてしまうように思える。

 

「もう美咲ちゃんは黙っててっ」

「わかった」


 こちらはジュースのおかわりを注ぎに行く。

 コーラとメロンソーダを混ぜて禍々しいのを完成させて席に戻った。

 こちらを頬を膨らませて睨んできている愛海の視線をスルーしちゅうちゅう。


「愛海、わたしは別にいいから」

「でも……」

「大丈夫、ありがとね」

「あ……」


 頭を撫でられただけでメスの顔をしている。

 よしよし、もっと仲良くなれなれ、そうすれば問題もなくなるから。


「あ、そんな顔をしていると好きになっちゃうよ? わたしは女の子が好きだからね」

「奇遇だね、私も女の子が好きっ」

「えっ、めっちゃいいじゃん!」


 おぉ、いい感じに進展しているー。

 こんなことなかなかないから至近距離で見られるのは最高だ。

 

「中川さんはどう?」

「え、そういうの昔から興味ないかなって」

「えぇ、もったいないじゃん」


 そんなに恋愛脳で生きられる人間ばかりではないということ。

 私はね、ただのこの平和な学生生活を楽しんで、卒業したら今度は社会で働くだけ。

 そもそも願ったところでなにも変わらない、その証拠に愛海に彼女はできたことないわけなんだから。無駄なことに努力し、時間を消費するのはもったいないのではないだろうか。


「ふたりで付き合っちゃったら」

「「え?」」

「え、いまめっちゃいいって言ったじゃん」

「「さすがに初日に好きにはなれないよ」」


 と、至極最もなことを言われてしまい撃沈。

 包容力が高そうだからお似合いだと思ったんだけどな、単純じゃないんだな。

 珍しくなくなったとはいってもそこそこレアなことには変わらない、なんでも挑戦して一緒にいてみればいいのに。


「んー、美咲はノンケなのかな?」

「多分そうだと思うよ、美咲ちゃんは全然ドキドキしてくれないもん」

「そっかあ、でも逆にこういう子を照れさせられたら達成感凄そう」

「難しいよ、美咲ちゃんを攻略するのは」


 こういう人間の名前呼びにする速度が怖い。

 べつに名前で呼んでくれたってなにも弊害はないからいいけれど。


「美咲、そのカオスなやつ飲んでいい?」

「いいよ」


 さすがにストローを狙ったりはせずグラスに口をつけて飲んでいた。

 なかなかにいい笑みを浮かべて「美味いね、わたしもやってみよ」と向こうへ行く。


「嫉妬してくれた?」

「え? いや、寧ろ仲良くしてくれればいいなって思ったけど」

「えぇ、私を取られたくないって言ってよ」


 なんにもしていないのに気に入られているなあ。

 なんだろうね、どこに魅力を感じてくれているのか。


「ドーンッ」

「わっ、なんでこっちに来るの?」

「いいじゃん、美咲とも仲良く話したいしっ」


 ああ、この化粧を全て落としたい。

 そうしてくれたらいいと言ったら普通に従ってくれた。


「え、可愛いじゃん」

「えっ、あ、あははっ、まさかそんなこと言われると思ってなかった……」

「だから言ったじゃん、必要ないって」


 やたらと童顔だった。

 そこに金色の髪の毛だから子どもが無理して背伸びしているように感じる。


「ね、愛海も思うよね?」

「あ……うん」


 今度は別の意味でメスの顔になっている気がした。

 これはビビッときたか!? もしそうなら理想の流れだけど!


「……無理して変えなくてもいいんじゃないかな?」

「「え?」」

「お化粧、したいならしていてもいいと思うよ、だってそれで誰かに迷惑をかけているわけじゃないでしょ? そういうのって誰かに言われて変えるものではないだろうし……」


 まあ、愛海の言っていることも正しい。

 不快に感じたわけじゃない、ただもったいないと感じただけで。

 それだけ可愛ければ他にもいるかもしれないじゃないか、女の子の中にも見た目で気になって近づきたくなる子もいるかもしれない。ちょっと派手だったりすると近づくのを躊躇ったりしてしまいそうだからというのもあったんだけどな。


「急に話は変わるけどさ、誰かに迷惑かけているわけじゃないからおかしいと言われても女の子好きなのは変えたくないもん、誰だって貫きたいことがあると思うんだよね」

「愛海は優しいね、いままでキミみたいなことに出会ったのははじめてだよ」

「ううん、結局勝手に自分を重ねちゃっているだけだから」


 ということはおかしいと言われたことがあるのか。

 私としては愛海が自由だからということで片付けている。

 あからさまな態度を見せられてもまたやっているなぐらいにしか感じない。

 けど、そういう対象に選ばれてしまうのは困ってしまうのだ。

 その子の期待通りの行為はできないから、正直に言ってつまらない人間だからだ。


「押し付けはしないけどね、それなら自由かなって」

「うん、それならなにかを言われる謂れはないよ」

「だよねっ、よかったー……」


 そういう意味でも茅野さんの存在は愛海にとって大きいかも。

 ひとりよりふたりだ、なんならお互いをそういう対象として見られるかもしれないし。

 そちらの意味で女子トークというものを楽しむことができる。


「茅野さん、高校に来てくれてありがとう」

「へ? なんで? あ、もしかして美咲もそっちの気だったり?」

「いや、愛海も安心できるだろうからさ、一緒にいてあげて」

「それは任せてっ」


 ついでに付き合っちゃって。

 何度も言うが、私は愛海とただの友達でいたい。

 そうすれば真っ直ぐに好きになれる、問題なのはあんまり嫌えていないということか。

 ある程度のところで茅野さんと別れて帰路に就いた。


「ぎゅー!」

「茅野さんに嫉妬されるよ?」

「だって嬉しいんだもんっ」


 だったら茅野さんにしてあげればいいのに。

 べつに嫌ではないんだよなあ、これは昔からずっとそう。

 嫌なら握らせたりしない、実は私もそっちの気があったのかな?


「これから楽しくなりそうだよねっ!」

「いまでも十分だけどね」


 ギスギスしていなければ自分以外が全員同性愛者でも問題ない。

 賑やかなのはこれでも結構好きだ、輪に加わりたいとすら思えてくるし。

 そしてその中心が愛海と茅野さんならなおさらいい、実現は難しいだろうけれど。




「って、なんかどでかいグループが形成されているな……」


 2週間後、実現されてしまっていた。

 最後までごねていた女子グループの頭も折れたようだ。

 私は盛り上がるみんなを眺めつつ、加納先生と話をしていた。


「すごいな」

「はい、特に愛海のおかげだと思います」


 あの子ほどのコミュ力の高さを持つ人は見たことがない。

 加納先生だって授業以外では積極的に話そうとはしないわけだから、その異質さがより細かく分かるというものだ。


「中川、私を殴ってほしい」

「嫌です」

「が、外見だけで判断してしまったっ、教師として許されることではないだろう!?」

「私も偏見を持ってしまいましたから責めることはできません」


 やっぱり金髪ってイメージがよくない。

 まだまだ私の中で金髪=が出来上がってしまっている。

 昔と違って金髪の人も減ったというのにな。


「中川はいつも冷静だな……私も見習わなければならないな」

「いえ、驚いていますよ」


 これだけすぐに中心メンバーになれるとは思わなかったんだ。

 なんで愛海はあんなに明るく真っ直ぐでいられるんだろう。

 そういう点も嫌かもしれない――というか、自分と違う部分がとにかく刺さるのかも。

 こちらに気づいた愛海が手を振ってきたから小さく振り返す。

 あの笑顔は好きだ、こちらにも等しく同じように向けてくれるから。


「不思議です、見ていられるだけでいいと考えているはずなのにあれを見ていると……」

「そうだな、私も加わりたくなるよ」

「行ってきてください、それでどうすればいいのか教師として教えてください」

「む、無理だっ、力になってやれなくてすまない……」


 自分のことを棚に上げて責める性格でもないから席に戻る。


「こら美咲っ」

「へっ、な、なに?」

「わたしも手を振ったのに気づいてくれなかった!」

「あ、それはごめん」


 いま振り替えしたら笑われてしまった。

 なんかボケキャラみたいに見られたら嫌だぞ私が。


「あと、可愛いってずっと思っててよねっ」

「え、その濃い状態だと思えないかな、もったいないって思う」

「でもしてなかったら?」

「普通に可愛いよ、きっかけも増えると思うけど」

「やだもー、真顔で言われたら照れちゃうじゃん!」


 求めていたんじゃないのかそれを……。

 同性が好きな子の心ってわかりづらい。

 わかろうと努力してあげたら喜ぶのかな?

 べつに気持ちが悪いなんて感じたことなんてないからできそうだけど。


「わたし、美咲のこと気に入っちゃったよっ」

「そうなの? 物好きだね」

「いやいや、実際は美咲もこっち側だと思うんだよねー」

「へえ」


 ま、それで困ることもないしな。

 誰かに悪く言われても好きならいいはずなんだ。

 もちろん相手が嫌がっていたら駄目だけど、相思相愛なら邪魔するべきではない。

 押し付けはしないからそっとしておいてほしいと考える、はず。


「というわけで今週の土曜日、つまり明日3人でデートしましょっ」

「遊びに行くぐらいならいいよ、暇だからね」

「やったっ、約束だからねっ」


 どこまでも元気いっぱいな茅野さんだった。

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