俺のせいで国が乗っ取られたみたいだけど、何か文句ある?

霜月琥珀

“反転”の前ではすべてが逆転する

 この世界で生きていくには『力』が必要である。それは単純な武力を指していて、財力という暴力的でない『力』はこの世界において、ほぼ意味をなさない。

 というよりも、『力』を持つ存在こそがあらゆる『力』を有しており、どれか一つだけ持っているなんてことはまずありえないのだ。


 人々の上に立つ者は、武力でその地位に顕在しているのだから。


 故に、『力』を持たない人間は存在価値が無く、人々から疎まれ卑下される。

 それはこの世の摂理であって、個々人が悪いわけではない。

 すべては一方が得をして、その一方が損をする世界を創り上げた創造主が悪い。

 そういう考え方が人々に植え付けられていて、悪いことをしていたとしても、罪の意識は芽生えないし、反省するなんてことは絶対にない。


 だから、弱者は弱者として生まれてしまったことを悔いて、死んでいく。反抗しようという意思は、『力』の前にねじ伏せられる。


 それが――当たり前だった。


 しかし、この世界は捨てたものではなかったようで、勇気ある者が国家の反逆を企てているらしい。と言っても、大体の結末は予想できてしまうのが悲しい現実ではあるが、弱者に勇気を――生きる希望を与えたことには違いなかった。


 それは辺境の村に住む少年――ノロア・ゼータにも同じことが言えた。


 ノロアはこの世界では珍しい無能力者で、何の『力』も与えられていない『異端者』である。

 その単語が持つ意味は――『神に祝福されていない、人ならざる者』。

 神はこの世に生まれたすべての人間を愛するとされており、神の寵愛を受けていない人間は『ヒト』ではないとされている。


 故に、ノロアが村八分にされるのは至極当然のことだが、家族にすらいない者として扱われるのだから、本当にタチが悪い。

 それでも、彼がまだ生きようと前を向いていられるのは、この腐った世界を正そうとする勇気ある者――『勇者』の存在があるからだ。


 きっと、『勇者』が現れることがなければ、命を絶っていた。

 それほどまでに、『勇者』の存在は弱者にとっての希望だったのだ。


 しかし、最近になって、その希望が霞み始めた。


 原因としてはイジメというほかないが、その規模はイジメの範疇を逸脱しており、もはや殺傷事件である。もっと言えば、殺人未遂もあり得る。

 とにかく、流血は当たり前で、骨折、皮膚が爛れるなんてことも普通だった。


 だから、いっそ殺してくれた方がノロアにとっては苦しまずに済んだのだが、イジメの主犯格――アルシュ・マグナスはそうしてくれなかった。

 アルシュにとって、ノロアは調子のいいサンドバッグだったからだ。

 いい声で泣き喚いて、加虐心を煽る表情で『助けて、やめてください』と懇願してくる調子のいい人形でもあった。


 しかし、アルシュはいつも数人の取り巻きを引き連れていて、絶対に一人ではやってこない。あれだけ剣で、魔法で痛めつけておきながら、何て臆病なことか。

 ノロアは復讐や報復など、今のところ考えてはいないし、それを決行したところで返り討ちにされることぐらいわかっている。

 だから、ここまで臆病になれる意味が理解できなかった。そういうこともあって、ノロアはアルシュに対し、恐怖や憎悪のほか、憐れみすら抱いていた。


 が、『力』の差は歴然で、ノロアはいつもやられる側に他ならない。今後も一生、そういう力関係なのだろうと諦めていた。


 そんなある日のことだった。食料を調達するために森に入っていたノロアは、全身が黒いローブで隠れている、いかにも怪しげな人間を発見した。

 距離にして、およそ一〇メートル離れているため生死の判断はできないが、地面にうつ伏せで倒れている状態である。


 さて、森に入ることが日常になっていたノロアではあるが、人間を見つけたのは初めてでどう対処すればいいかわからない。

 それもそのはずで、もしその黒ローブがノロアに敵対心を向けるようなことがあれば、必ず殺されるのが目に見えているからだ。『力』があればとりあえず近づいて、安否の確認ぐらいはするのだが、弱者であるノロアではそれすら難しい。


 なので、今回はこの距離を保ちつつ、生きているのか、死んでいるのかを確認することにした。幸いなことに森には小石や木の枝が無数に落ちているので、それらを黒ローブに投げつけて、反応があるかどうかを確かめるのだ。


 そうして、ノロアは手ごろな大きさをした石を見つけては投げる。

 それを何度も繰り返しているうちに、黒ローブから反応があった。


「おい、さっきからなんだ。話があるなら、面と向かって言え。陰湿だぞ、遠くから石を投げつけてくるなんて」


 おや、身動き一つ取らないから元気がないのかと思っていたが、そうではなかったらしい。


 さて、安否が確認できたわけだし、ここらでお暇しようかな。

 そうノロアは考えて、その場から立ち去ろうとする。

 だって、黒ローブが良い人なのか判明していないどころか、近づいた瞬間に取って食われる可能性がないわけではない。というより、むしろ高いとすら思っている。


 だから、自分の身を案じるならば、ここから離れた方がいいに決まっている。


「……え? まさか、我を見捨てる気か……? こんなにも弱っている我を……? 貴様には血も涙もないのか……っ!」


 何でバレた。足音を立てていなかったのに……。


 しかし、ノロアは足を止めなかった。

 だって、『我』なんて一人称を使う奴がまともなわけがない。

 いや、それは黒ローブ姿で、地面に倒れていた時点でわかっていたことではあるのだが……。


「本当に見捨てる気か……っ!? 可愛いげのある女だぞ、我は!」


「自分でそれ言う!? あ、やば……つい、反応してしまった」


「その声は男か。男ならば、困っている女がいれば、手を差し出すのが当たり前なのではないか……んん?」


 うわっ……、この人、めんどくさっ! 内心、ノロアはそう思うのだった。


 そもそも、男が女を助けなければならない道理はない。

 この世界では『力』こそがすべてで、性別というものは男か女かを区別するものでしかないはずだ。


 一体、この人は何を言っているのだろうか? 


 ノロアは全く理解のできない黒ローブから距離をより取ることにする。

 今すぐにでもこの場から立ち去りたいが、そうした場合、這ってでも追いかけてきそうな気がして正直怖い。


「……正気か? か弱い女が、強い男に助けてくれとお願いしているのだぞ。それでも、貴様は我を見捨てるのか?」


「え、見捨てるが?」


「ええ――っ!? 本当にか!? 何か悪い冗談を言っているのではないか?」


「…………」


「何か喋れ! こうまでして我を拒絶する理由はなんだ? 特に理由もなく、我をイジメているだけだろう? このサディスティック男!」


 うん、これで黒ローブとは関わらない方がいいと確定した。


 理由として、黒ローブはこの世界における反逆因子に他ならないからだ。

 それ故なのか、この世の摂理を理解していないようにも思える。世間知らずでは通らないほどに、世間を知らなすぎるのだ。


 そして、何よりも疑問に思うのが、この世界で生を受けたにも関わらず、どうしてそのような考えに至るのか、だ。普通に生きていれば、教えられることはなくとも、強者と弱者の在り方を知ることになるのだが……黒ローブは普通ではないらしい。


 故に、見捨てる方が賢明な判断だと言える。

 しかし、この黒ローブ、先ほどおかしなことを言っていた。

 それを聞き出すためだけに、助けるというのは合理的ではないが、間違った判断をしているわけではないだろう。


「わかったよ、黒ローブ。でも、助ける代わりに聞きたいことがある」


「おおっ! なんだ、話のわかる奴じゃないか。しかし、黒ローブと呼ばれるのは些か不本意だ。我にはルビノアという名前があるのだからな」


「ふうん、やっぱりおかしな奴だな。俺に名前を教えるなんて」


「何がおかしい。名前を教えるなんて当たり前のことだろう。だから、貴様の名も教えろ。我だけ教えるのは不平等だ」


 とか言っているが、未だに地面に倒れ伏している辺り、どうにも格好がつかない。


 可哀想に思ったノロアは近づいて、起き上がらせようとした。のだが、ルビノアの顔を見て、動きが止まる。率直に言うと、可愛すぎたのだ。『我』という高圧的な一人称には似つかわしくない、可愛らしい表情をしていて、つい見惚れてしまった。


 そのほかに、汚れを知らない生糸のような白髪と鮮やかな色をした紅眼に目を奪われるという、何とも初心な反応をしてしまった。


 その様子が気になったのか、ルビノアは、


「我の顔に何かついているか? 初対面の、それも男にそうマジマジ見られては流石に恥ずかしいからやめてくれ」


 といった感じで、まんざらでもなさそうだった。


 しかし、そんな反応をされてしまっては、女に興味が無いノロアでも意識してしまう。ノロアは「ご、ごめん」と慌てて、すぐに視線を逸らした。

 そして、なるべく顔を見ないようにして、ルビノアを起き上がらせて、近くの木にもたれかからせる。


「……それで、貴様の名はなんだ?」


「俺はノロアだ。ノロア・ゼータ。……聞きたいことを聞いていいか?」


「ああ、助けてくれると言ってくれたからな」


「ルビノアはさっき自分のことをか弱い女と言って、俺のことを強い男と言った。それは、何の冗談だ? 俺の目から見れば、ルビノアの方が一〇〇倍は強く見えるんだが……」


「ノロアこそ面白い冗談を言う。貴様のステータスで、“反転”の能力を使ったら、文字通り最強だぞ? 我との力関係など、一気にひっくり返る」


「……“反転”?」


 それは《スキル》の名前か? しかし、ノロアには何の能力もない。ルビノアの表情を見る限り、嘘を言っているわけではないようだが……。


 それではなぜ、今まで《スキル》の所有を知らなかったのか。


 知らされなかったというわけではないだろうし……まさか、“反転”は《スキル》として認識されていない? それとも、先天性のものではなく、後天性のもの? 

 いや、どちらにせよ、力関係が逆転するのであれば、一人では何もできない臆病者のアルシュを懲らしめることができる。


「お、おい。なんだ、その恐ろしい顔は……。何を企んでいる……ッ! まさか、我に乱暴するつもりか! そうなったとしても、心まで奪えると思うな!」


「何を言ってるんだ、ルビノアには何もしないよ? でも、ちょっと今までのツケを払ってもらおうと思ってな」


「そ、そうなのか。なら、いい。しかし、どうして貴様は“反転”のことを知らなかったんだ?」


「誰にも教えてもらえなかったからだよ。それとも、誰も知らなかったから、教えられなかったのか。まあ、こんな『力』がすべての世界で、“反転”なんて能力、チート以外の何物でもないからな。知っていても、教えられなかっただろうな」


「そういうものか。我は何も知らなかったんだな」


 明らかに声のトーンを落とすルビノア。なぜ、こうも落ち込んでいる様子なのか、ノロアはわからなかった。が、何となく頭に手を置いて、撫でてあげる。


「な、なんだ、急に。我の頭に何かついているか?」


「いや、何も……? 何となくだよ、何となく。それとも嫌だったか?」


「嫌ではないが、久しぶりだったのでな。驚いただけだ」


「そっか。じゃあ、ルビノア。そろそろ家に帰りたいから――ほら」


「我は何をすればいいんだ?」


「おんぶだよ、おんぶ。ルビノア動けないみたいだし、おぶってあげようと思って」


「そ、そうか。なら、失礼するとしよう」


 そうルビノアは言ったが、言葉とは裏腹に遠慮気味に腕を回してきた。そのせいか、体との距離が遠く、背中に手を回すことができない。


「ルビノア、もう少し密着してくれ。これではおんぶができない」


「わ、わかったぞ!」


 今度は少しうわずった声で了解を示したルビノアは、ノロアが思っていた以上にくっついてきた。そのせいで、ノロアの顔がゆでだこのように真っ赤になった。

 それは言うまでもなく、ルビノアの豊満な胸が背中に押し当てられていることが原因にある。今まで黒いローブで体形が定かではなかったため、その衝撃が大きかった。そして、それを認識してしまったら、背中に腕を回すことができなくなった。


「ど、どうした、ノロア。我、そんなに重いか……?」


 なかなか動こうとしないノロアを不思議に思ったのか、ルビノアは不必要な心配をしてくる。こういうときは『そんなことないよ』的なことを言うのだろうが、今のノロアにそんな余裕はないので、


「ははっ……大丈夫、大丈夫。何のこれしき……だよ。絶対に家にはついて見せるから」


 という、何とも気の利かない返答をして、ようやっと立ち上がり、歩き始めた。


 そうして、全神経を歩くことだけに集中させたノロアだったが、家を目前にして理性が限界を迎えてノックダウン。次に目が覚めた場所はルビノアの膝枕の上だった。




 しばらく時間が経過して、アルシュ・マグナスとその取り巻きによるイジメが始まろうとしていた。


 しかし、ノロアの様子はいつもと違い、どこからでもかかってこいと言いたげな表情である。


 すべては“反転”という《スキル》を有していることが明らかになったからだが、不安もある。だって、そうだろう? 今まで知りもしなかった《スキル》だ。上手く発動するのかもわからない。


 基本的に≪スキル≫は使うという明確な意思があれば使用可能という話だが、嘘という可能性もある。


 しかし、今さら逃げ帰るなんてことはしたくない。

 それに、万が一“反転”が発動しなくても、いつも通りのイジメが起きるだけ。

 そう心に決めたノロアは“反転”の発動を願う。


 すると、アルシュが使った“ファイア”という火魔法の火力がマッチ程度しかなかった。


 通常なら一〇メートル離れていようが、熱が届くという馬鹿げた火力だったはずなのだが、“反転”の前では息を吹けかけるだけで消えそうな乏しい火しか起こせないようだ。


「な、何で――ッ!」


 発動者のアルシュもそんなはずはないといった表情で、酷く困惑している。

 しかし、ノロアにはそんなこと知ったことではないので、今までの鬱憤を晴らすべく、拳を振り下ろした。


 その拳は鈍い音を立てながらアルシュの頭に直撃し、勢いよく地面に顔面を叩きつける結果となった。

 それを見たノロアは不敵な笑みを浮かべて、取り巻きにも制裁を与えていった。


 そうして、弱者に成り下がってしまった同年代の子供たちは皆、ノロアの手によって粛清され、復讐は完了されたのだった。


 次の日から、アルシュたちはノロアの姿を見るなり逃げ出すようになった。


 ようやく平穏な生活を手に入れたノロアは、ルビノアと一緒に楽しい毎日を過ごすようになるのだが……ある日、村にこのような話が広がった。


 ――王都が勇者によって占領された。近辺の街や村も次々に占拠されている――と。


 その話を聞いたノロアは少々思考を巡らせた後、こう思うのだった。


『俺のせいで国が乗っ取られたみたいだけど、何か文句ある?』


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