第129話 おまけ②
『ったく…』
そう思いながらふと見ると、千歳は縄跳びを終えたようで、こちらを睨むようにじっと見てくる。
千歳に近づき「終わったのか?」と聞くと、千歳は黙ったまま頷くだけ。
「次、いつも何やってる?」
「父さんに聞かなきゃわかんない」
「あ~…」
そう言いながら振り返ると、親父は相変わらず男の子の相手をしている。
キック用のミットを持ち「蹴ってこい」と言うと、千歳は無言でシューズを脱ぎ、右のミドルキックを繰り返す。
しばらく蹴らせていると、親父が駆け寄り「違う違う。 この前からファイティングポーズ教えてるんだよ」と言い、千歳の腕を掴んで動かし、構えさせていた。
その間、男の子はずっと千歳を見ては、それを真似してファイティングポーズをとっている。
「親父」と呼んだあと、顎で男の子のほうを指すと、親父は男の子に駆け寄り、少し話した後、男の子の頭をグシャグシャっと撫で、裏口から外に出していた。
その日以降、男の子は数人の同級生を引き連れて、毎日のように群がる人の間に潜り込み、表口から中を見るようになったんだけど、視線の先にはいつも千歳の姿。
翌日になると、親父は消毒をしたことも、ミットを打たせたことも忘れてしまったようで、何も気にすることはなく、トレーニングを繰り返し、時々千歳やヨシを相手にミット打ちをし、怯むことなく向かってくる二人を、ミットで殴りまくっていた。
その数日後、親父のファンが自宅に押し寄せ、千歳が大怪我をしてしまい、男の子の名前を知らないままに、逃げるように引っ越しをしていた。
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『まさか、あの時のガキが奏介だったとはねぇ… あいつ自身、ほとんど覚えてなかったし、俺も最近思い出したんだけど…』
昔のことを思い出しながらリングを眺めていると、桜が「やばいって! 千歳まだ来ない!」と騒ぎ始める。
「放っておけって! あいつももうガキじゃねぇんだぞ?」
「だって… 千歳…」
桜は今にも泣きだしそうな表情で訴えてくる。
桜はいつもこうだ。
千歳を実の妹のように思っているのか、千歳のこととなると余裕がなくなる。
千歳が入院中も、仕事を休んで付き添おうとし、親父と二人でそれを必死に抑えていた。
千歳が高校卒業した翌日に、いきなり家を飛び出した後だって、桜は俺たち以上に千歳の心配をし、探し回ってくれた。
奏介の住んでいたアパートの前で、桜が千歳を見つけ、そのまま桜の家で居候させていたし、千歳が桜のアパートを出て行こうとした時だって、必死に引き留めていた。
『やっと出ていけたのが半年前だもんな… たまには千歳以外も見ろっつーの』
そんなことは言えないまま、千歳にラインをしても反応はないし、光くんにラインをしても連絡なし。
『光くん、セコンドに付くって言ってたな… 裏にいるのは吉野さんか』
そう思いながら吉野さんにメールをすると、送信ボタンを押した途端、照明が落ち、会場内が暗闇に包まれる。
「やばい!!!!」
歓声に紛れながら、桜が叫び声をあげると、昔、よく聞いていた曲が流れ、奏介が入場してくる。
慌てて立ち上がり、どこかに行こうとする桜を無理矢理座らせ、切り出した。
「桜、賭けようぜ。 俺、奏介に賭けるわ」
「OK。 あたしヨシ君ね。 勝ったほうがおごる」
「OK」
桜は千歳のことを忘れたように声を上げ、「奏介! くたばれ!!」と叫びまくり、思わず吹き出してしまった。
『この切り替えし… ほんと、こいつ最高に面白れぇわ。 奏介と飲みに行く約束だったけど、ちーの家を教えればいいだろ』
奏介とヨシが入場した後、二人はリングの上で笑いを堪えるばかりで、レフェリーの話を全然聞いていないことがわかる。
『あいつら、なんか良いな… 羨ましい…』
思わず笑みが零れそうになると、ニュートラルコーナーの前で立つ奏介が、ジッとこっちを見てくる。
顎で千歳の座るはずだった席を指すと、奏介は力強く頷いてきた。
「奏介、千歳に会ったっぽい」
桜に声をかけると、桜は「マジ!?」と言いながら立ち上がろうとし、慌てて腕を掴んで座らせていた。
『奏介、絶対勝てよ… お前に賭けてんだからな… お前が勝ったら、今度こそ桜に…』
祈るように奏介を見つめ
ゴングが鳴り響く中
光の中へ吸い込まれるように
近づく二人を見ながら
グッと拳を握りしめていた。
~fin~
光の中へ のの @nonokan
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