第127話 光の中へ

父さんは中に入るなり「時間だ。 ちー席に着いとけ」と切り出してくる。


「ここでモニター見てるからいいよ」


「カズの隣空いてるぞ? 桜も来てるし」


「ここでいい」


ハッキリとそう言い切ると、奏介は光君と高山さんにグローブを嵌めてもらい、シャドウボクシングを始める。


シャドウボクシングをしている奏介は、以前よりも体格がよく、体が大きく見え、まるで別人のように感じてしまう。


『本物だよね? 本当に本物? 実はケイスケとか、そんな名前じゃない? つーかケイスケって誰?』


そんな事を思っていると、奏介は軽く体を動かした後、「しゃ!」と言いながらグローブを合わせ、『パン』と音を立てる。


奏介は父さんたちと部屋を出ようとすると、いきなり立ち止まり、私に切り出してきた。


「なぁ、指輪買いに行こう」


思わず吹き出してしまい、立ち上がりながら告げた。


「指輪よりベルトが良い」


「わがまま言ってんなよ」


奏介は笑いながらそう言い、右手を差し出してくる。


奏介に歩み寄りながら右手でこぶしを作り、「全力で突っ走れ」と言いながらグローブに軽くタッチすると、奏介はクスっと笑い、「いつも雑なんだよ。 終わったら飲みに行こうぜ」と切り出してきた。


「おごってね」


「当たり前だ。 ベルト取ってくるから待ってろ」


朝日と同じくらいに輝く笑顔で言い、通路の先にある光の中へ、ゆっくりと歩き始める。


『本物だ… 本物の、大好きな奏介だ…』


思わず笑みがこぼれてしまうと、残っていた吉野さんに「どっちが勝つと思う?」と切り出された。


「奏介って言いたいけど、こればっかりはわかんないですよね…」


そう答えながら、小さくなっていく背中を見つめていた。



吉野さんとベンチに座り、しばらくモニターを見ていると、会場の照明が落ち、リングアナウンサーがスポットライトに照らされる。


青コーナーである奏介が紹介されると、無数の光に包まれた奏介の姿が、モニターいっぱいに映し出され、昔、私と奏介が好きだったオルタナティヴ・ロックの曲が流れ始める。


『古い曲… 懐かしいな…』


モニターを眺めていると、奏介はリングの上に立ち、両腕を掲げていたんだけど、そのすぐ近くにある観客席最前列には、カズ兄と桜ちゃん、そして母さんの姿が…


『あそこで見たくねぇ… 行かなくて良かったぁ…』


少しホッとしながらモニターを見ていると、赤コーナーであるヨシ兄が紹介されたんだけど、奏介が使った曲と同じアーティストの、違う曲が流れ始める。


『打合せした? 偶然? 相変わらず仲いいなぁ…』


ヨシ兄の腰にはピカピカでキラキラしたベルトが着けられ、ヨシ兄はリングに上がるなり、それを見せつけるように奏介の前へ。


「挑発してますね」


思わず笑いながら吉野さんに言うと、吉野さんは「あいつら、昔っから仲良いからなぁ」と、少し呆れ顔。


試合直前、二人は中央に立ち、顔を合わせていたんだけど、レフェリーの話を全く聞かずに、笑いを堪えるばかり。


『睨みなさいよ』と思っていると、二人は全く同じタイミングで右腕を突き出し合ったまま、名残惜しそうにニュートラルコーナーへ。


父さんから何かを言われる中、奏介はカズ兄の方を見て頷き、カズ兄もそれに応えるように頷く。



見た目は少しごつくなったけど、中身はあの頃のままだ…


大好きだった、あの頃のままだ…



『自分らしく、あるがままに… 後悔のないように全力で突っ走れ』


テレビに映される奏介を見ながら、祈るようにそう思っていた。



まばゆいばかりの光の中で


幼いころからの夢を実現させるために



ゴングが鳴り響いた…




~fin~

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