第122話 本音

徹君が号泣する中、みんなでドン引きしていたんだけど、徹君は泣き止むことなく「奏介と別れて俺とづき合ってよぉ…」と言い始める始末。


「絶対に嫌」とだけ言った後、階段を上り、教室に戻っていた。



そのまま女子陸上部のメイド喫茶を手伝っていたんだけど、バックヤードからは出ないまま。


しばらくすると、奏介が教室にきて「千歳、回ろうぜ」と切り出し、美奈の許可を得た後、教室を後に。


メイドと執事の格好のまま、廊下を歩いていたんだけど、周囲の視線が気になり「着替えたい」と切り出すと、奏介は「それもそうだな」と言い、陸上部の部室に向かっていた。


陸上部の部室内にある、ロッカーの陰に隠れ、着替えながら奏介に切り出した。


「徹君、脅してたの?」


「徹が『カラオケ行こう』って誘った後くらいだったかな? 『俺と付き合ってるから』ってめっちゃ脅した」


「あの頃って付き合って無かったよね?」


「付き合ってなかったけど、もし、千歳と徹が付き合い始めたら、何も言わないまま諦めるしかなくなるだろ? 奪うようなことをして、千歳が悲しむくらいなら、諦めた方がマシじゃん。 でも、諦めたくないし、だったら嘘をついて、警戒させたほうが良いかなってさ。 付き合う前はいろいろ考えてたんだよ。 もし、千歳に振られたら、ジムどうしようとかさ」


話をしながら着替え終え、奏介のもとに行くと、奏介はクスっと笑い「ポニーテール…」と呟いてきた。


「好きなの?」


「いや、昔の千歳思い出した。 俺が本気でボクシング始めようと思ったきっかけ」


「父さんじゃないの?」


「英雄さんと千歳がきっかけだよ。 最初はジムに入ることに躊躇してたんだけど『女の子でも出来るんだから、ジムに入れば俺も世界チャンプになれる』って思ったんだ」


「そっか。 奏介ならなれるよ。 あっという間に私の記録抜いたし、毎日頑張ってるもん」


ハッキリとそう言い切ると、奏介は急に立ち上がり、私を強く抱きしめてきた。


「行きたくねぇなぁ…」


小さく呟いてきたその言葉に、奏介の思いを感じてしまう。


『行かないで』


思わず口からこぼれそうになる言葉を飲み込み、奏介の背中に腕を回した。



「…行かなきゃだめだよ。 奏介がベルト巻いてるところ、見せて欲しいからさ」


「中田ジムじゃダメなのかな?」


「駄目だよ。 父さんも高校卒業と同時に海外行って、『ボクシング修行した』って言ってたし、『すごい勉強になった』って言ってたのを聞いたことがあるよ」


「そっか… もしさ、俺が世界チャンプになったら、ベルト巻いてみる?」


「あれはチャンピオンの特権だよ? 見るだけで十分。 指輪より、そっちのほうが嬉しいかもな」


奏介は私の言葉を聞くと、「変な奴」と言いながらおでこにそっと唇を落としてきた。



後夜祭の時、二人でライブを見に行ったんだけど、目の前には陸人と千夏ちゃんの姿が。


奏介にその事を言うと、奏介はすぐに陸人のもとへ行き、陸人に何かを告げた後、すぐに戻ってきた。


「陸人、ジンクス知ってるって」


奏介はそう言いながら私の腰に手を当てると、アップテンポの曲が始まる。


アップテンポの曲を2曲終えた後、バラードの曲が始まったんだけど、奏介は曲の途中からこめかみに唇を落とし始め、振り返った陸人はそれを見るなり、視線をそらし、明後日の方向を眺めていた。


シンバルの音と同時に照明が落とされ、真っ暗になると同時に、奏介の唇が唇に重なる。


抱き合いながら唇を重ね、室内がゆっくりと明るくなると同時に、唇を離したんだけど、ふと見ると陸人と千夏ちゃんは向かい合い、こちらを見て固まっていた。


奏介に小声で「陸人に見られた」と言うと、奏介はクスっと笑い「本音は羨ましいんじゃね? 照れて何もできないだけでさ」と言い、手を繋いで部屋を後にしていた。

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