第116話 キラキラ

奏介に怒鳴られた日から、奏介は私の部屋に来ることがなくなり、顔を合わせるのは食事の時だけ。


『怒らせちゃった…』


そう思いながらも、ずっと部屋に籠っているせいか、話しかける言葉が思い浮かばなかった。



そのまま数日経ち、ある日の朝、自然と目が覚め、スマホを見るとまだ4時。


ボーっとドアを眺めていると、隣の部屋のドアが閉まる音と、階段を下りる音が聞こえてくる。


『奏介、トレーニング行ったんだ…』


そう思いながらゆっくりと起き上がり、松葉杖をついて1階へ行くと、無性に朝日が見たくなってしまい、物音を立てないように家を後にしていた。



松葉杖をつきながら通いなれた道を、ロードワーク時とは反対周りで歩き、土手沿いに出る。


自分の中で、一番綺麗だと思う場所に着いた後、土手に座り、朝日をボーっと眺めていた。



ゆっくりと朝日が昇ると同時に、朝日が水面に反射して、キラキラと光の粒を放ちながら、朝日の中に溶け込んでいく。



『この景色、久しぶりだな…』


左膝を抱き、ボーっとしながらキラキラと流れ、朝日に溶け込んでいく光を眺めていた。


しばらくボーっと眺めていると、「千歳?」と言う声がし、顔を向けると驚いた表情の奏介が駆け寄ってきた。


「こんなとこで何してんの?」


息を切らせながら聞いてくる奏介に、朝日を見ながら答えた。


「朝日見てんの」


「朝日? ああ、ここの景色、綺麗だもんな」


奏介はそう言いながら隣に座る。


「父さんは?」


「ボクシング部の合宿。 さっき出て行ったよ」


「そっか…」


そう言いながら視線を朝日に向けると、奏介が切り出してきた。


「この前ごめんな。 千歳の言う通り、今はプロなんだし、殴ったらライセンス剥奪されて、世界チャンプの挑戦権すらなくすもんな… 『自覚がなさすぎだ』って、カズさんに怒られちった。 トレーニングのことも…」


「奏介に言われて、ずっと考えてたんだよね。 なんであんなハードワーク繰り返してたんだろうって。 でも、答えが見つかんなくて、なんとなくここに来て、『走り続けたのは、朝日が見たいからだ』ってわかったんだ。 ここまで走るには、体力も筋力も必要じゃん。 この景色が見たいから、トレーニングして走ってただけだよ」


言葉を遮りながらそう言うと、奏介は私の手を握り、切り出してきた。


「指輪、買いに行こう」


「ファイトマネー、入ったの?」


「そっちじゃねぇよ。 愛してるの上」


「わかりにくいよ」


そう言いながら奏介の目を見つめると、朝日に照らされた奏介の顔は、朝日と同じくらいにキラキラと光って見える。


『ここにも朝日があったんだ…』


奏介はゆっくりと立ち上がった後、私の前に手を差し出し「帰ろ。 また今度、見に来ようぜ」と切り出す。


黙ったまま頷き、奏介の手に手を乗せ、ゆっくりと立ち上がった。


水面に散りばめられた、キラキラと光る川の流れを横目で見ながら、ゆっくりと肩を並べて歩き続けていた。

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