第115話 なんで?

松葉杖生活を始めてからというもの、父さんの車で学校に送ってもらい、通学するように。


奏介はそれを聞き「俺も乗って行って良いっすか?」と聞いていたんだけど、父さんは「健康体のお前に乗り物は甘えだ」と言い切り、奏介は走って通学。


その代わり、朝のロードワークが免除され、奏介は毎朝9キロの距離を走って通学していた。



入院は、週末だけで済んだから、勉強に送れることはなかったんだけど、時々、カズ兄が車で迎えに来てしまい、女子生徒の間でちょっとした騒ぎに。


ギプスで固定されてしまったせいで、やることもなく、タブレットで何かを見る気もなくなってしまったせいか、教科書ばかりを眺め、テストの点数が一気に跳ね上がった。


時々、奏介に勉強を教えていたんだけど、心ここに有らずな感じだったせいか、点数は横ばい。



週末になると、父さんが「お前、確か本厄だろ? 厄払い行くぞ」と切り出し、家族全員で厄払いへ。


当然のように奏介も同行させていたんだけど、奏介は松葉杖を突く私の横で、不安そうにしているばかりだった。



何もできず、何もする気がないまま夏休みを迎えたけど、ギプスは外れないまま。


奏介は毎晩のように私の部屋にきて、いろんな話をしてくれたんだけど、『走れなくなる』の言葉を思い出し、気分は落ち込むばかりだった。



ある日のこと。


ベッドに足を延ばして座っていると、ドアがノックされ、苛立ったような表情の奏介が部屋に入るなり切り出してきた。


「徹に腕を引っ張られたんだって?」


「違うよ」


「なんで? なんで嘘つくの? 隠し事はしない約束だったろ?」


「ひったくりだって言ったじゃん」


「陸人に聞いたんだよ。 『千夏が言ってたんだけど、実は徹が引っ張った』って。 なんで本当のことを言わねぇの?」


「…言ったら殴るじゃん」


「あいつは殴られるだけのことをしてんだろ?」


「そうじゃなくて! 奏介、今はプロなんだよ? 殴ったら、ライセンス剥奪されるんだよ? 世界チャンプになるには必要なんだよ?」


「だからって、千歳が傷ついていいのかよ!」


「いいよ。 私、プロ目指してなかったし」


「ふざけんなよ! だったらなんでハードワーク続けてたんだよ!!」


奏介の怒鳴り声とともにドアが開き、カズ兄が奏介を部屋から連れ出していた。



なんであんなハードワーク続けてたんだろ… 


なんで父さんの言いなりになって、トレーニング続けてたんだろ…



改めて言われると、なんで続けていたのかわからない。



陸上部の期待に応えるため?


ううん。


それは絶対に無いって言いきれる。


断れば済んだことだし、現に春季大会は1度断って出ていない。



田中にリベンジすることが目的?


だったら、なんであいつが出ないとわかっていた試合に出たんだろ?



梨花ちゃんの期待に応えるため?


だったらなんで、梨花ちゃんが出ないとわかっていた試合に出たんだろ?



父さんの期待に応えるため?


ずっと試合に出ろって言ってたけど、ずっと断り続けてたし、トレーニングだって、一言言えば辞めることだって出来たはず。



『なんでこんななっちゃったんだろうな…』


ギプスで固められた右足を見ながら、ため息ばかりが零れ落ちた。

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