第112話 声

陸人の悩みを聞いた後、すぐにチャイムが鳴ってしまい、答えを出さないまま教室へ。


『手のつなぎ方ねぇ… 奏介と初めて手をつないだ時は、奏介が強引に握ってきたのか… 陸人には無理っぽいな…』



そう思いながら迎えた放課後。


久しぶりにボクシング部の様子を見に行くと、谷垣さんが「今日はリハビリないのか?」と切り出してきた。


「うん。 週2になった」とだけ言い、陸人の動きを見ていたんだけど、足の動きがぎこちない。


奏介の隣で見ていたんだけど、奏介も同じことを思ったようで「硬いよな」と呟くように言ってきた。


そのまま陸人の動きを見ていたんだけど、特に、バックステップの動きがぎこちない。


首をかしげながらその場で肩幅に足を開き、ステップを踏もうとした瞬間、右膝がカクンと抜けるような感覚がし、その場に座り込んでしまった。


「バ… 何してんだって! まだ無理なんだろ?」


奏介は慌てたように私を立たせ、ベンチに座らせる。


「ごめんごめん。 自分でやってみないとわかんなくてさ…」


そう言いながらも、ステップすら踏めない自分が、少しずつ嫌になってきていた。


「とにかく座ってじっとしてろ!」


奏介に怒鳴られてしまい、かなり凹んでいると、薫君が「手伝ってもらえるかな?」と言い、洗いたてのバンテージが入ったかごを、ベンチの上に置いてきた。


バンテージを巻きながら薫君と話していたんだけど、薫君は「奏介君、今日は気合が違うねぇ」と、小声で切り出してくる。


「気合?」


「うん。 千歳ちゃんに良いところを見せたくて仕方ない感じ。 あんな大声出して怒鳴るところは初めて見たよ。 よっぽど心配してるんだね」


「そっか…」


そう言いながらバンテージを巻き直し終えると、奏介が学相手にミット打ちを始めていた。


しばらく見ていたんだけど、だんだん我慢ができなくなり、ゆっくりと立ち上がり、リングサイドに立った後、学に向かい「ガード下がってる! 足! 踵上げろ!!」と怒鳴りつけると、奏介は嬉しそうな表情をしながらパンチを受けていた。



部活を終えた後、怒鳴りすぎたせいかのどが痛い。


奏介と肩を並べて歩きながら「喉痛い…」と言うと、奏介はクスっと笑い切り出してきた。


「最近、ジムも来ないし、大声出すの久しぶりだろ?」


「うん。 おじいちゃんたち、19時には寝ちゃうから、話すこと自体があんまりないんだよね」


「そっか。 千歳、元々、そんなに喋る方じゃないしなぁ。 そういや今週末、バイトないんだよな? 俺もトレーニングないし、どっか行かない?」


「そうだね。 陸人と千夏ちゃん誘ってどっか行こっか」


「えー… 俺、二人がいいんだけど…」


「後輩が悩んで相談してきたんだよ? 助けになってあげたくない?」


「放っておけばいいじゃん。 時間が解決すんだろ?」


「でもさぁ… あんな抱き着いて泣くって、相当不安なんだと思うんだよね…」


奏介はため息をついた後「わかったよ。 けど、途中で二人になるからな」とだけ。


黙ったまま頷き、不貞腐れた様子の奏介の横顔を眺めていた。

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