第106話 寂しい

秀人さんに切り出され、みんなと話している間も、卒業後のことが頭から離れなかった。


父さんは酔った勢いで「秀人、今度スパーするか!」と言い、秀人さんも酔った勢いで「いいっすねぇ! 世界タイトル戦、やり直しましょうよ! 次は絶対に勝ちますよ!!」とノリノリ。


みんなは歓喜の声を上げていたんだけど、『酔っ払いども…』と、一人冷静になっていた。



梨花ちゃんはそれを悟ったのか、帰り際、ラインを交換した際「私、卒業後はキックやめようと思ってたんです。 最後の試合、千歳さんの分も頑張ってきます!」と言い、右手でこぶしを作り、差し出してくる。


「全力で突っ走れ」と言いながら、拳でタッチすると、梨花ちゃんは嬉しそうな表情を浮かべ、秀人さんと共に家を後にしていた。



翌日からは、奏介と二人で初詣に行き、初めて屋台で食べ物を買い、歩き食いをしたり、ゲームセンターで遊んだりと、普通の恋人同士のようにデートを重ね、三が日が終わると同時に、奏介はトレーニングを再開。


それと同時に、カズ兄からもらったタブレットを使い、スポーツ用品の開発について調べまくっていた。



新学期が始まる前日。


奏介と父さんの車に乗り、おじいちゃんの家に向かっていたんだけど、父さんはいきなり「奏介、ちーの部屋が空いたから、そこに暮らせ」と切り出してきた。


「え? でも…」


「わざわざ通うより、隣のほうがトレーニングしやすいだろ? このまま荷物持って帰るぞ」


「そんな、通いで大丈夫ですよ」


「ダメだ」


父さんの言葉を聞き「寂しいんじゃない? カズ兄とヨシ兄は相手にしてくれないし」と言うと、父さんは不貞腐れたように黙り込む。


奏介はクスっと笑った後、「わかりました。 後で親父に連絡します」と言い、父さんは嬉しそうに笑いながら運転していた。



おじいちゃんの家に着いた後、おじいちゃんからカギを受け取り、ベッドに座っていると、妙な寂しさがこみあげてくる。


『奏介、今頃荷物の準備してるんだろうな…』


そう思いながらスマホを眺めていたんだけど、鳴ることはなく『ですよねぇ。 トレーニングしてますよねぇ』と思っていた。



翌日から、毎朝4時のモーニングコールを再開したんだけど、奏介はいつも起きているようで、眠そうな「ぁぃ」という声は聞けずにいた。


毎日、おじいちゃんの家の前で待ち合わせ、バスに乗って学校へ。


放課後になると、奏介は部活へ行き、私は病院に行ってリハビリをしたり、検査をしたりと、完全に別行動をしていた。



数週間後の週末。


迎えに来たカズ兄の車に乗り、自宅に帰ったんだけど、奏介は私の部屋で荷物を準備し、隣に座りながら話しかけた。


「気合十分?」


「ああ。 絶対受かるよ」


「ところで、部活動するの? プロになったら試合出れないよね?」


「出ないよ。 部長も薫に変えてもらった。 これからはプロとして記録出すよ」


「がんばれ」


そう言いながら顔を近づけ、奏介の唇に自分の唇を重ね、奏介の体を抱きしめた。


『好き』


気持ちが伝わるように奏介を抱きしめ、唇を重ね続けていた。




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