第99話 悪質

文化祭を終えた翌週から、キックボクシングのトレーニングを再開。


と言っても、毎日ではなく週に4日。


時々、カズ兄にお願いをし、スパーリングをしたり、吉野さんにミット打ちをしたりと、試合前の2週間、汗を流しては膝を冷やす日々を過ごしていた。



試合前夜に荷物をまとめていると、ドアがノックされ、奏介が部屋の中へ。


奏介は私の隣に座るなり「また先に行きそうだな…」と落ち込んだように切り出してきた。


「先に?」


「記録。 やっと追いつくって思ったら、また離されそうだなってさ」


「そのうち追いつくんじゃない?」


そう言いながら荷物をまとめていると、奏介は私の頭をグシャグシャっと撫で、おでこにキスしてきた。


「勝ったら口キスな」


「んじゃ負ける」


「負けたら最後までする」


「んじゃドローにする」


「公式戦なのにドローで終わるわけないじゃん。 したいからってわざと負けるなよ?」


「誰がわざと負けるか!」


「その調子」


奏介は満足そうにそう言った後、ゆっくりと立ち上がり部屋を後にしていた。



翌朝、父さんの車に揺られ会場に行ったんだけど、梨花ちゃんも田中もおらず、小さな寂しさを覚えていた。


試合直前に軽くアップをし、リングに上がった途端、相手選手が謎の棄権を申し入れたため不戦勝。


第2試合では、何度かパンチを食らいつつも、左ミドルキックが綺麗に決まり、KO勝ち。


第3試合も、相手選手が謎の棄権をしたため、そのまま決勝に進んだんだけど、右肘にサポーターを付けている、相手の田島弥生という選手が、どこかで見たことのあるようなないような感じ。


セコンドを務める吉野さんに「あの人、どっかで見たことある…」と告げると、吉野さんは「今は違うけど、元々広瀬に居たらしいよ。 それでじゃないかな?」と切り出してきた。


妙に納得をしながら迎えた決勝戦。


ゴングと同時に田島は重心を後ろにしていた。


『ディフェンス重視のアウトボクサー?』


そう思いながら前に行くフェイントをかけると、田島は右フックを出してきたんだけど、なにかがおかしい。


本来であれば、フックは弧を描くように打つはずなのに、中途半端な状態で手を引っ込めてしまう。


『癖? ケガしてるから? なんなんだろ?』


そう思いながらジャブを打ち、右ハイキックを放った瞬間、田島のフックが膝にぶつかり、そのまま肘をぶつけてきた。


その瞬間、右膝からブチっという音がし、膝から下の感覚がないまま、足を振りぬいたんだけど、足を着くことができずにそのまま崩れ落ちる。


不思議と痛みはなく、膝から下が吹き飛ばされたように、感覚がなくなっていた。



『立たなきゃ!!!』


そう思っていると、ゴングが鳴り響き、レフェリーストップで試合終了。


田島の攻撃は、レフェリーに悪質な反則攻撃とみなされ、即反則負け。


私の勝利が決まったんだけど、立ち上がることができず、右膝は見る見るうちに腫れあがり、徐々に痛みが込み上げてきた。


「ちー! 大丈夫か!!」


父さんの叫び声にも反応できず、ただただ痛みにこらえるばかり。


周囲が慌ただしく動く中、我慢しきれないくらいの痛みに、悶え苦しむことしかできなかった。

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