第98話 ジンクス

カズ兄と一緒にボクシング場に行くと、陸人君と他校生の子がリングに立ち、父さんは奏介の隣に座り、リングの上を睨むように見つめていた。


私の姿を見るなり、ジャージ姿の梨花ちゃんが駆け寄ってきたんだけど、梨花ちゃんは「メイドだ… なんかイメージ変わる…」と、呆然としながら切り出してきた。


苦笑いを浮かべながら話していると、梨花ちゃんが「実は… 大会出れなくなっちゃったんです…」と切り出してきた。


「え? 急に?」


「はい… おじいちゃんの七回忌があって、田舎に行かなきゃいけないんです… 日程調整してくれてたんですけど、お寺の都合でこの日しかダメみたいで… でも、トレーニング中に捻挫しちゃったから、休むチャンスかなって。 どうしても直接言いたくて、マネージャーさんにお願いしちゃいました」


「それでたまたま居合わせたカズ兄が来たのか… んじゃ来年の春季大会、楽しみにしてるね」


梨花ちゃんと笑いながら話していると、カズ兄が父さんを引き連れ「店だから帰るな」と切り出してきた。


「え? 車じゃないの?」


「車検出してきたからバイク」


カズ兄はそれだけ言うと、父さんと二人でボクシング場を後にし、梨花ちゃんと少し話をしていると、奏介が近づき「バンテージ、巻いてくんない?」と切り出してきた。


「自分で巻けって」


「千歳が巻くと勝てるんだよ。 俺の中のジンクス」


「気のせいでしょ?」


「時間無いから早く!!」


奏介に急かされ、仕方なくバンテージを巻き終えると、奏介は感触を確かめるように、グっと拳を握り締めた。


「やっぱり千歳が巻いてくれるとしっくりいくんだよなぁ…」


奏介はそう言いながらベンチに戻り、梨花ちゃんはクスクス笑っていた。


そのまま試合を見ようと思ったけど、早苗から【早く戻って!】とラインが来てしまい、奏介の試合を見る前に教室へ。


教室に戻った後、バタバタを動いていたんだけど、美奈たちは「千歳のお兄ちゃん、マジイケメンじゃない?」と小声で騒ぎ続けていた。



文化祭を終え、後片付けを終えた後、更衣室で着替えていたんだけど、みんなは急いで着替え終えるなり更衣室を後に。


不思議に思いながらものんびり着替え、更衣室を後にすると、奏介が歩み寄ってきた。


「後夜祭行こうぜ」


「後夜祭? そんなんあるの?」


「軽音部がライブやるんだって。 みんなそれ見に行ってるよ」


「ふーん…」と言いながら奏介と歩き、ライブ会場に行ったんだけど、どこもかしこもカップルだらけ。


ざわついた会場内で立っていると、ライブが始まり、会場は歓声で包まれていた。


ステージに上がるバンドが、アップテンポの曲を2曲演奏した後、バラードの曲を披露していたんだけど、周囲のカップルはぴったりと寄り添いはじめ、奏介も私にぴったりとくっついてきた。


曲は終盤になると同時に盛り上がり、シンバルの音で曲を終えると同時に照明が落ち、真っ暗になった瞬間、唇に柔らかい感触がぶつかり、強く抱きしめられる。


『奏介?』


ステージからゆっくりと光があふれると同時に、奏介は唇を離し、優しく微笑んできたんだけど、名残惜しそうにもう一度、一瞬だけ唇を重ねてきた。


「帰ろっか」


奏介に切り出され、二人で学校を後にしたんだけど、奏介は歩きながら「聞いてなかった?」と切り出してきた。


「何を?」


「後夜祭の時にキスしたカップルは、ずっと一緒にいられるってジンクス。 周りもあれ目当てで来てるって聞いてない?」


「だからみんな着替えてすぐ帰ってたんだ! 知らなかった」


「やっぱり知らなかったか。 それよりあのメイド服、今度借りれない?」


「なんで?」


「じっくり見たいから。 あれ着て飯作ってよ」


「借りれないし料理もできない!」


ハッキリとそう言い切ると、奏介は私の手を握り「作ってよ」と切り出してくる。


「無理。 できない」と言ったんだけど、奏介は手を離してくれず、そのまま手をつないで歩き続けていた。


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