第91話 紐

奏介にキスマークをつけられた数日後。


陸上部のみんなはプールに行っていたんだけど、私は一人でロードワークに。


土手沿いを走りながら、胸元いっぱいに付けられたキスマークを思い出し、ため息をついていた。



その翌週には、陸上部の合宿があり、朝から大きな荷物を持って学校へ。


昨日は、奏介にキスマークを付けられなかったけど、うっすらと跡が残っている。


『お風呂、どうしようかな…』


そう思いながらバスに揺られ、合宿先に向かっていた。


練習を終え、入浴の時間になったんだけど、みんなとは時間をずらし、一人で入ることに。


鏡に映った胸元を見て、ため息をついていた。



夕食後、布団の上でストレッチをしていると、千夏ちゃんが「隣に寝てもいいですか?」と言いながら顔を赤らめてくる。


背筋にゾクゾクっと寒気が走ったけど、断るのもどうかと思い、「…どうぞ?」とだけ。


美奈はそれを見て「モテ期到来?」と早苗に聞き、早苗は「同性でもモテ期っていうの?」と、不思議そうな顔をしていた。


まったく同じ場所で2度目の合宿ということもあり、どこに何があるかも把握していたし、流れが頭に入っているせいか、何不自由なく過ごし、走り続けることができたんだけど、千夏ちゃんが後を追いかけるように動いていることに、少しだけ鬱陶しさを感じていた。



3泊4日の合宿を終えた最終日。


昼前に学校に到着し、自宅に帰ると誰もいない。


ジムに顔を出すと、ヨシ兄と智也君がスパーリングをしていて、吉野さんが凌君のミット打ちをしていた。


ガラーンとしたジムのベンチに座ると、吉野さんが私に気が付き「戻ってたのか?」と声をかけてきた。


「うん。 なんか寂しいっすね」


「英雄さんがいないからなぁ。 他のメンバーは午前中でトレーニング終わったし、このメンバーが終わったら閉めるよ」


「ミットの手入れやっときますよ。 吉野さんもたまには早く帰りたいっしょ」


「泣けること言ってくれるじゃん。 嬉しいねぇ」


吉野さんはそう言いながら立ち上がり、智也君に向かって声を上げていた。



練習用グローブの手入れをしていると、3人は練習を切り上げ、ヨシ兄は智也君と自宅へ。


凌君は私の隣に座るなり、グローブの手入れをしながら切り出してきた。


「陸上部1本になったんだって?」


「うん。 来週大会」


「ふーん。 いい加減仲直りしてやれば?」


「何を?」


「奏介。 あいつ、優しすぎるんだよなぁ… 俺だったら、シューズの紐切られた時点で殴ってるわ」


「紐? 切られたの?」


「え? 知らねぇの? すげー気に入ってた黒と赤のシューズの紐、準決勝終わった直後に切られてたんだよ。 『スマホ弄ってた俺が悪い』って言ってたんだけど、そういう問題じゃ無くね? 部長が急遽貸してたんだけど、決勝前にかなり凹んでたんだよね」



『私とラインしてたからだ…』


そう思うと、何とも言えない気持ちになってしまい、小さなため息が零れ落ちた。

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