第92話 違和感

翌日。


以前、奏介と二人で行ったスポーツショップに行き、シューズコーナーをうろうろしていた。


どんなに探しても、奏介が買った赤と黒のシューズを見つけることができず、店員さんに聞いてみると「生産終了しちゃって、もう売ってないんですよ」と言われてしまった。


紐だけでも何とかしたくて、靴紐の色を聞いてみると、店員さんはバックヤードに行った後「赤ですね。 近い色ならこれかな?」と言いながら、近い色の紐を差し出してきた。


その後も少しウロウロし、黒と赤のリストバンドや、バンテージを買った後、自宅に戻っていた。



赤いリストバンドを着けた後、部屋でストレッチをしていたんだけど、普段なら聞こえてくる、威勢のいい声は聞こえず、セミの鳴き声が聞こえてくるばかり。


『合宿か… 京香も行ってるよなぁ…』


そう思いながら窓の外に目を向け、漂うように流れる白い雲を眺めていた。



ボクシング部の合宿以降、ジムがお盆休みに入ってしまったため、奏介と会うことはなく、奏介にあげようと思って買った靴紐とリストバンドは、結局渡せないまま、引き出しの中に。


毎日のようにラインは来ていたけど、返事をすることも、既読をつけることすらもしないままでいた。



翌週。


陸上の大会があり、奏介にもらったミサンガを左足に付け、靴下の中に隠し、みんなの待つ学校へ向かっていた。



バスに揺られて会場につき、早苗にお願いし、サイドの髪を編み込んでもらった。


早苗は私の髪を編みながら「結構伸びたね。 伸ばしてるの?」と聞いてきた。


「切る暇がないだけ」


「トレーニングばっかりで忙しいもんね。 故障しないでよ?」


「大丈夫だよ。 父親に似て頑丈だから」


そう言い切ると、早苗はクスッと笑い、「出来たよ」と切り出してきた。



大会が開始され、スタート地点に並び、大きく伸びをする。


軽く足首を回していると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえ、目を向けると香澄ちゃんが笑顔で手を振っていた。


『店は? 休んだ?』


そう思いながら小さく笑い、軽く2回ジャンプする。


大きく息を吐いた後、「よーい」の掛け声と同時に体勢を低くし、スターターピストルの音と共に勢いよく駆け出した。


2000メートルを超えた辺りから、右膝に違和感を感じていたけど、スピードを落とすことなく走り抜ける。


9分14秒の記録を叩き出し、堂々の1位に表彰されたんだけど、右膝に疼くような違和感を感じていた。


みんなの居る場所に戻った後、千夏ちゃんに「アイスバックある?」と切り出すと、千夏ちゃんはすぐに準備をしてくれた。


右膝を冷やしていると、早苗が不安そうに「痛むの?」と聞いてくる。


「いや、痛くはないよ。 疼くだけ」


「病院行ったほうがいいんじゃない?」


「疲れだから大丈夫だよ」


そう言いながら膝を冷やし続けていた。



部長の走った短距離と、私の長距離で表彰をされた後、大会を終えると同時に部長が引退。


すぐに冷やしたせいか、膝の違和感は消えていた。



『気のせい気のせい』


そう思いながらジムに戻り、父さんに結果を報告すると、父さんは興奮したように「初防衛か!!」と声を上げ、みんなの視線が私に集中する。


「連覇! 防衛はしてない!」


「そうか! 今日明日はゆっくり休め!!」


黙ったまま頷き、自宅へ戻った後、浴室に直行。


シャワーを浴びた後、自室で膝を冷やし続けていた。

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