第75話 賭け

シーンとしたジムの中、カズ兄の帰りを待っていると、吉野さんが2階に上がり、高山さんと父さんを連れて1階の事務所へ。


それと同時に、カズ兄のバイクの音が近づき、奏介と奏介のカバンを持ったカズ兄がジムの中に入ってきた。


奏介は何も考えられないといった感じでうつむき、呆然としているだけ。


ヨシ兄は奏介を見るなり「奏介、凌とやりあえよ」と切り出してきた。


奏介は「いや… そういう気分じゃ…」と口ごもりながら言ったんだけど、ヨシ兄は「早く準備しろ」と急かすばかり。


「だから、そういう気分じゃないんすよ!」


「あ? お前さ、カズ兄の部屋で酔っ払って、『世界チャンプになりたい』っつってたよな? たった1回の負けで凹んでどうすんの?」


「だって… 俺、勝ってたはずなんすよ?」


「だから? だから凹んでいいの? 試合中、たまたま肘がぶつかっただけで反則とられたら? ぶつかっただけで反則負けしたら、そうやってグチグチしてんの? んなんじゃ、世界チャンプになれねぇよ。 今すぐ辞めちまえ」


吐き捨てるように言ってきたヨシ兄の言葉を聞いた後、奏介はため息をつき、その場で着替え始めようとし、桜ちゃんは「ちょっと出てよう」と言い、私と一緒に外へ。



しばらく外で待っていると、カズ兄がドアを開け「いいよ」と声をかけてくる。


中に入ると、奏介と凌くんがリングに上がっていたんだけど、智也君は二人の真ん中に立ち、リング下にいるヨシ兄が切り出した。


「2分4ラウンドの試合形式な。 あーでも、ベルトが無いと燃えないか… よし! ベルトの代わりに千歳をやる」


「はぁ!? 何言ってんの!?」


「ベルトと同じで世界に1つしかないし、女がいないお前らにはちょうどいいだろ? いらなかったら受け取り拒否していいよ。 ちなみにあいつ、普段ナベシャツで隠してるけど、Dカップあるし、飽きたら捨てていいから」


「な!!?? ヨシ兄!!!!」


私の言葉も聞かないままに、ヨシ兄の合図で試合が開始されてしまい、奏介と凌君は試合開始。


さっきまで凹んでいたはずの奏介は、合図を聞いた途端、目の色を変え、凌君に襲い掛かっていた。



4ラウンド目が始まっても、奏介の勢いは止まらず、パンチのキレも落ちていない。


それだけではなく、スタミナがだいぶ上がってるし、パンチの威力も上がってる。



『世界チャンプになるって本気で言ってたんだ… トレーニング量増やしたんだろうな…』


そう思っていると、最終ラウンドの2分が過ぎ、智也くんが二人を止め、奏介の勝ちを宣言していたんだけど、ヨシ兄は笑いながらリングに上がり「次、俺な」と言いながらグローブをバシバシっと合わせる。


奏介は智也君にマウスピースを外してもらい、肩で息をしながら切り出した。


「4ラウンドって言ってたじゃないっすか…」


「お前さ、世界チャンプ戦が何ラウンドあるか知ってるよな? 12あるんだぜ? 世界に1つしかないものを手に入れようとしてんだから、それなりの試練があってもおかしくねぇだろ?」


ヨシ兄は嬉しそうにそう言った後、マウスピースを口に含んで構える。


奏介はクスっと小さく笑った後、マウスピースを口に含み、ヨシ兄の前で構え始め、5ラウンド目が開始していた。



『鬼だ… ヨシ兄、本領発揮してんじゃん…』


ヨシ兄の機敏な動きを見ながらそう思い、リングで戦う奏介の姿を、必死に目で追いかけていた。

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