第76話 バカ

ヨシ兄の提案で始まった試合なんだけど、奏介は凌君との4ラウンドを終えた後、ヨシ兄と対戦。


奏介は疲れ切っているはずなのに、何度もダウンしては立ち上がり、圧倒的に格上であるヨシ兄に食らいついていく。


周囲のことなんて気にせず、ずっと奏介のことだけを見続けていた。


8ラウンド目を終えたとき、奏介は立っているのがやっとの状態。


ヨシ兄も肩で息をし、コーナーに座っていたんだけど、突然、シューズを履いたカズ兄がリングに上がり「ヨシ、降りろ」と切り出した。


慌ててカズ兄に駆け寄り「ダメだって! 死んじゃう!!」と叫ぶように言ったんだけど、カズ兄は「このままじゃ、かわいくねぇ妹を持っていかれんだろ?」と言い切る。


「かわいくないならいいじゃん」


「バカやろ… ベルト代わりにお前を賭けたなんて親父に聞かれてみろ。 俺らが殺されんだろ? この場で潰して口止めする」


「ええ…」


気のない声を出すことしかできなかったんだけど、奏介はクスっと笑い、立ち上がってカズ兄の前で構え始めた。


合図と同時に試合が開始されたんだけど、リング横から動くことなく、ずっと奏介のことを見守り、時々「立て!! 足!! 動かせ!!」と、怒鳴るように声を出していた。


奏介は疲れが出てしまい、足は動いてないし、かろうじてパンチを出せる程度。


奏介とは反対に、カズ兄は体力が有り余っている状態だから、次々にパンチを躱し、的確に急所を狙ってパンチを叩き込み、奏介は何度もダウンしていた。


すると、父さんが私の横に駆け寄り「奏介! 立て!!」と、掛け声をかける始末。


父さんと二人で奏介に声をかけていると、奏介の右手がカズ兄のボディに突き刺さったんだけど、カズ兄は怯むことなく奏介の顔面に右ストレートを叩き込み、そのままダウン。



父さんと私の叫び声もむなしく、奏介は横になったまま立ち上がれずに、20カウントを迎えていた。



カズ兄はマウスピースを外すなり「やべぇ!! こいつめっちゃおもしれぇ!!」と満足げに笑った後、奏介に向かって「またやろうぜ」と拳を突き出す。


奏介は横になったまま、力なく右手を上げ、軽くグローブを合わせていた。


父さんはリングに上がり、奏介の様子を見た後、「で、なんでカズとやりあったんだ?」と聞き、カズ兄は「奏介、ちーの部屋行くぞ。 起こしてやる」と言い、奏介の腕を肩に回し、奏介の体を引きずり起こす。


何度も父さんがカズ兄に声をかけていたんだけど、カズ兄は完全に聞こえないふりをし、奏介に向かって話しかけ、桜ちゃんは奏介の荷物を持って、カズ兄の後を追いかけていた。


「ヨシ、なんでカズがリングに上がった?」


「いや、あの… 奏介が負けて悔しいだろうからって…」


「あいつがそんな気を使うと思うか? 正直に言え」


「これは本当っす! カズ兄がバイクで連れてきたんっす!!」


「で? お前と凌も奏介とやったのか? なんで?」


「いや… あの…」


「お前、またバカなことを言ったのか?」


父さんは低い声で言いながらゆっくりとヨシ兄に詰め寄り、ヨシ兄は怯えたように後ずさりをしている。


『あ… これ絶対やばい奴だ…』


身の危険を直感で感じ取り、後ずさりをしながらジムを後にし、自宅に駆け込んでいた。

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