第26話 習慣

グローブとシューズを背後に隠すと同時に、薫君が駆け寄り切り出してきた。


「中田さん! キックボクサーだって言ってたけど、中田ジムに通ってたの!?」


目を輝かせながらそう言われ、苦笑いを浮かべながら頷く事しかできなかった。


『やばい… やばすぎる…』


隅にあるベンチに座り、シューズを履いていると、薫君が「キックボクシングって裸足じゃなかったっけ?」と…


空笑いしながら『習慣って怖い…』と思いつつも、言い訳の言葉が思い浮かばず、黙って紐を結んでいた。


紐を結んでいると、リングから『パーン』と言う高音が響き渡り、リングサイドにいた父さんの「よーし! いいぞ! 良いパンチだ!!」という、興奮した大声が聞こえてくる。


『何がいいんだよ…』


軽く不貞腐れながら立ち上がり、ふと気が付くと手にはバンテージを持っていた。


『習慣…』


そう思いながらがっかりと肩を落としていると、父さんの「次! 千歳!! 来い!!」と言う叫び声が…


「いや… あのさ…」


「早くしろ!!」


「あのですね… 話を聞い…」


「さっさとしろっつってんだろ!!」


「聞けっつってんだろ!!!」


思わず怒鳴りつけると、ジムの中はシーンと静まり返る。


『やべ…』と思った瞬間、父さんは顔を真っ赤にし「てめぇ… 父親に向かってなんて口の聞き方をしてやがんだ!!」と怒鳴りつけてきた。


『終わった…』と思いながらも「黙って待っとけ!!」と怒鳴り返し、苛立ったままバンテージを巻いていると、父さんもバンテージを手に巻き、グローブを嵌め始めた。


すかさず、凌君と智也くんが駆け寄り、グローブを嵌めてくれたんだけど、智也君は小声で「次はどこに引っ越しかねぇ…」と。


「さぁね。 何度目だっつーの…」


そう言った後、マウスピースを着け、リングの上へ立ち、待ち構える父さんの前で、右利きのファイティングポーズを取っていた。



ゴングの後、父さんから放たれるパンチを躱し、ガードで受け止めつつ、こちらも間合いを詰めながらパンチを繰り出し続ける。


3分後にゴングが鳴り、肩で息をしながらコーナーに置かれた椅子に座ると、菊沢が「お前だったんだな…」と小声で呟くように言ってきた。


「千尋じゃない」と言った後、リング中央に行き、父さんとグローブを合わせる。


容赦のないラッシュをガードで受け続け、隙を見てボディに入れると、父さんの闘争心に火がついてしまい…


現役時代を思い出させるような、怒涛のパンチが繰り広げられ、周囲はどよめき始めていた。


次第に周囲の声が聞こえなくなり、父さんのパンチをガードで受けながら、ジャブを繰り出していると、父さんがつけていた青いグローブが、スローモーションのように視界を覆い尽くす。


無我夢中で右手を振りぬいた次の瞬間、視界に飛び込んだのは、宙を舞う二つのマウスピース。


リングの上で大の字になり、ぐるぐると回転する天井を眺めながら『何してんだろ?』と思っていた。


次第に名前を呼ぶ声が聞こえ、ジンジンと顔に痛みが走り出す。


「ちー!!!」


ヨシ兄の怒鳴り声が聞こえ、視界が定まると同時に飛び込んだのが、ヨシ兄と菊沢の心配そうな表情だった。


「…父さんは?」


「伸びてる。 ナイスアッパー」


「…そっか」と言いながらゆっくりと体を起こすと、父さんは顎を抑えながら私に向かい「ベルト狙え」と…


「嫌だ」と言った後、ゆっくりと立ち上がろうとすると、足が絡まり、倒れそうになったんだけど、菊沢が体を支えてくれたおかげで、倒れることはなく、ゆっくりとリングを降りていた。

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