第25話 伝達
菊沢の話を聞いた日から、春香は毎日のように門の前に立ち、ずっと菊沢を待っているようだった。
毎日来ているものだから、自然と話題に上がるようになり、「やばくね? ストーカーなんじゃね?」という声が上がるほどに。
たまに、冷やかしのつもりなのか、男子生徒が話しかけていたけど、春香は一切応じることなく、ただただ黙って菊沢の事を待っているようだった。
そんなある日の事。
陸上部での部活を終えた後、更衣室で早苗と話しながら着替えていた。
すると早苗が「この前の春香って子、今日も来てたね。 ここのところ、毎日来てるけど、学校行ってるのかな?」と、興味津々な感じで聞いてきた。
「さぁね。 無関係なんだし、放っておけば?」としか言わず、着替え終えた後、学校を出ようとすると、門の前で春香に話しかけられた。
「あの…」
「知らないよ」
言葉を遮るように言い切ると同時に、背後から「いい加減しつけぇよ」と言う声が聞こえ、振り返ると菊沢がうんざりした表情で立っていた。
春香は今にも泣きだしそうな表情で、菊沢に向かい、何かを言い出そうとしていたんだけど、菊沢は見向きもせずに歩きだそうとしていた。
「話くらい聞いてやれば?」と切り出すと、菊沢は振り返り、八つ当たりをするような口調で言い放つ。
「はぁ? なんで? こいつは俺を騙したんだぞ?」
「謝ってんだし別に良くね? だいたい、英雄と千尋はあんたと関係ないっしょ?」
「あるんだよ。 英雄さんも千尋も俺の憧れ。 あの二人がきっかけでボクシングを始めたし、二人のファイティングポーズほど、かっこいいものはない」
はっきりとそう言い切る菊沢に、呆れて何も言えなくなっていた。
『ファイティングポーズねぇ… 憧れてる割には、名前間違えてるんだよなぁ…』
口論を始める二人を眺め、呆れかえりながらその場を離れていた。
その日は父さんと顔を合わせる前に就寝し、翌朝起きると父さんが来ない。
部活も学校もなく、珍しく1日休みなのに、父さんが起きてこないため、仕方なく、一人でロードワークに出ていた。
朝のロードワークに出た後、筋トレをし、朝食とシャワーを済ませた後、ベッドで横になり、少しだけ休憩していた。
いつの間にか眠っていたようで、ふと気が付くとジムの方から、威勢のいい声が聞こえてくる。
『やべ! みんな来てる!!』
慌てて自分のグローブとシューズを持ってジムに行ったんだけど、挨拶をしながら中に入り、言葉を失っていた。
リングの上には、菊沢のパンチをミットで受ける智也君の姿があり、その周囲には、ジム会員から個別にレッスンを受けている部員たちの姿…
思わず「げ」っと言ってしまうと、カズ兄が近づき「遅かったな。 今日、特別トレーニングでボクシング部のみんなを呼んだんだって」と、小声で話しかけてきた。
「…なんでもっと早く言わない?」
「早い時間に寝てたから言えなかったんじゃね?」
カズ兄はそう言った後、一人でジムを後にしてしまい、嫌な汗をかき始める。
『やばい! これはやばい!!』
部員たちの刺すような視線を感じ、さりげなくシューズとグローブを背後に隠していた。
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