第22話 本性
部活の後、昼食を食べ、すぐにカズ兄の店に行く。
バイト2日目ということもあり、昨日よりも動きがわかりつつあった。
特に、食器洗いのタイミングは、言われる前に動けるようになり、帰り際、オーナーから「正式にバイトで来ない?」と言われるほど。
ただ、部活もあるし、陸上部の大きな大会が秋に構えている。
返事は「父さんと相談させてください」と言うに留めていた。
翌日、陸上部の練習を終え、おじいちゃんの家に向かう途中、菊沢とすれ違ったんだけど、菊沢はすれ違うなり私の腕をつかみ「これから部活だろ?」と睨みながら言ってきた。
「もう終わった。 つーか触んな」
「キレる前に来い」
「もうキレてんじゃん」
「黙って来いっつってんの!」
怒鳴られたことにため息をつき、『めんどくせぇ』と思いつつも、黙って学校へ。
更衣室に行き、予備のTシャツとハーフパンツに着替えた後、ボクシング場に行くと、菊沢は私の前に立つなり、バンテージを渡してきた。
「洗濯ならかごに入れなよ」
「違ぇよ。 勝負しようぜ。 俺が勝ったら陸上やめろ」
「は? グローブないし」
「ってことは、やっぱり経験者なんだろ? 薫、10オンスのグローブ出してくれ」
菊沢はそう言いながらベンチに向かい、座った後すぐにバンテージを巻き始めた。
『あっそ。 やるまで帰さないってことね』
そう思いながら菊沢の隣に座ると、薫君が「中田さんに合うシューズないよ?」と、菊沢に向かい、不安そうに言ってくる。
「いいよ。 裸足でやる。 テーピング頂戴」
そう言った後、薫君はすぐにテーピングを手渡してきた。
すぐに裸足になり足首を固定し、バンテージを巻いた後、グローブをはめようとすると、薫君が手伝ってくれたんだけど、菊沢は『待ちきれません』と言わんばかりにリングに上がり、シャドウボクシングを始めている。
準備を終え、リングに上がると、菊沢が「ハンデやるよ」と余裕な感じで言い放ってきた。
「俺は右手を使わないし、左ストレートも打たない。 お前は何してもいい。 OK?」
「…ヘッドギアとマウスピース付けな。 死ぬよ」
そう言いながら、リングロープを使って全身の筋を伸ばしていると、薫君がすぐさまヘッドギアとマウスピースを菊沢につけていた。
谷垣さんが見守る中、菊沢に合わせ、サウスポーのファイティングポーズを取っていると、試合開始のゴングが鳴り響いたんだけど、菊沢は自分で提案したハンデが邪魔してるようで、動きがぎこちない。
『あほだ』
そう思いながら、菊沢のジャブを弾いていると、左ストレートが飛んできた。
ガードをすると同時に私の左足が菊沢の肩に当たり、菊沢は『パーン』という音とともに吹き飛ばされ、リングロープにもたれ掛かる。
「てめ… 汚ねぇぞ!」
「左ストレートは打たないって言ってなかった?」
「うるせぇ! ボクシングで勝負だろうが!!」
「私、キックボクサーだから」
菊沢はキョトーンとした表情をした後「え? キック?」と小声で聞いてくる。
「勝ったから好きにさせてもらう」
そう言いながらリングを降りると、菊沢は大笑いの後「やべぇ! マジかよ!!」と嬉しそうな声を張り上げ、浮足立った様子でリングを降りてきた。
薫君がグローブを外そうとしている中、菊沢は私の前に立ち「千尋、マジ最高! 愛してる!!」と言った瞬間、菊沢の左頬に私の右ストレートが食い込み、菊沢は吹き飛ぶ。
「千歳じゃボケ!!」
そう怒鳴りつけながらグローブを外し、苛立ったままボクシング場を後にしていた。
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