第21話 バイト

カズ兄に言われ、急遽バイトに行ったんだけど、とにかくカップルが多い。


中には制服姿の高校生カップルが、一つのケーキを二人で食べていて『バカップルの温床だな』と思いながら、慌ただしく動いていた。


厨房に入り、食器を洗っていると、沙織さんがオーダーを厨房に伝え、カズ兄とオーナーがケーキを作り、そして俊君がドリンクを作る。


食器を洗い終え、所定の場所に戻していると、カズ兄が「ちー、これ7番テーブル」と言い、それを運んだんだけど…


5番テーブルに、菊沢とその彼女が座っていた。


思わず「げ」っと言ってしまうと、菊沢はちらっとこっちを見た後に固まり、不機嫌そうな顔をする。


『見ない振り。 見ない振り』


自分にそう言い聞かせながら7番テーブルに飲み物とケーキを運ぶと、菊沢の彼女が嬉しそうな笑顔で「あーん」と言いながら、菊沢の口元にケーキを運ぶ。


『うへぇ… バカップル…』


そう思いながらすぐ横を通り過ぎ、慌ただしく動いていた。



しばらく動いていると、沙織さんが「ちーちゃん、休憩入って」と切り出し、裏に行く。


俊君から手渡された飲み物を飲んだんだけど、程よいフルーツの甘さと紅茶の香りがし、思わず俊君に聞いてしまった。


「これ、なんて飲み物ですか?」


「アイスフルーツティだよ。 おいしいでしょ」


「めっちゃおいしいです! スポドリ最強だと思ってたけど、こんな飲み物もあるんですね」


それを聞いたカズ兄が噴出し「こいつ鉄格子の箱入りアスリートだから気にしないで」と、俊君に声をかけていた。


なにも言い返すことができないまま、アイスティを飲み干し、すぐにコップを洗い始める。


「え? もういいの?」


「インターバルは1分あれば十分です」


そう言った後、沙織さんの横に立ち、説明を受けながら動いていたんだけど、菊沢の姿がなく、ホッと胸を撫でおろしていた。



19時になると同時に閉店し、店内の掃除を手伝っていると、沙織さんが「本当に助かったわぁ! 明日も来れる?」と切り出してきた。


「明日は午前中に部活があるので、午後なら大丈夫です」


「じゃあ明日、待ってるわ。 ご褒美食べてから帰ってね」


笑顔でそう言いながら、ショーケースに入っていたプリンアラモードを厨房に運び、5人でそれを食べた後、更衣室に向かっていた。


着替え終えた後、カズ兄と店を後にすると、カズ兄が「乗ってくか?」と切り出した。


「プリン食べたし走る」


「プリン出るぞ?」


「んじゃ乗る」


そう言った後、ヘルメットを手渡され、カズ兄のバイクの後ろに跨っていた。



カズ兄と夕食を食べているとき、カズ兄が父さんに説明してくれたおかげで、殴り合いに発展することもなく、シャワーを浴びた後、すぐに就寝していた。



翌日、陸上部の練習を終え、更衣室に行こうとすると、薫君が一人で大量の荷物を運んでいる姿が視界に飛び込んだ。


早苗に「先行ってて」と言った後、薫君に近づくと、薫君は「あ、中田さん!」と声を上げた。


「どうしたの?」


「合宿の時、臨時コーチの中田さんに怒られちゃって… グローブとミット、全部クリーニングに出したんだ」


「ああ。 臭かったもんね」


そう言いながら荷物を抱え、ボクシング場に運んでいると、薫君が切り出してくる。


「午後からボクシング部の練習があるんだけど、来れないかな?」


「あ… ごめん。 午後からバイトなんだ」


「そっか… あ、大会の話聞いたよ。 2位だったんだってね。 おめでとう。 バイト、頑張ってね」


「サンキュ」とだけ言った後、すぐに更衣室に向かっていた。

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